認知症の母親を看取った脳科学者が訴える「認知症になってもできることがたくさんある事実は知られていない」

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GW中、実家への帰郷を計画している人も多いかもしれない。高齢の親と久々に会うと、「ずいぶんと歳を取ったな……」と実感する人も多いだろう。その中で、薬の飲み忘れや、部屋の散らかり、会話の端々で感じる物忘れなどで、「もしやして認知症では……」という気づきもあるかもしれない。親が認知症になることを恐れる人は多い。そして、自分が将来認知症になったら……。

厚生労働省の2022年も調査の推計では、65歳以上の認知症の人の割合は約12%、認知症の前段階と考えられている軽度認知障害(MCI※)の人の割合は約16%とされ、両方を合わせると、3人に1人が認知機能にかかわる症状がある。

そして、「認知症になったら終わり」「認知症になったら何もわからなくなってしまう」――そう思う人は、今も少なくない。だが、本当にそうなのだろうか?

母親の介護をしながら脳科学者として観察を続けた恩蔵絢子さんは、そういった認知症に対する思い込みこそが当事者を追い詰めてしまうと語る。今から13年前 39歳で若年性アルツハイマー型認知症と診断された当事者である丹野智文さんとの対談本『認知症の進行を早める生活、遅らせる習慣』(中央法規出版)が2025年末に発売され、今も話題を集めている。著者である恩蔵さんに、認知症の「進行」の本当の意味と、家族にできることについて、認知症の父親を持つライターの田幸和歌子さんが話を聞いた。

※MCI: Mild Cognitive Impairment。記憶障害などの軽度の認知機能の障害が認められるが、日常生活にはあまり支障がないため、認知症とは診断されない状態。MCIの人のうち年間で10%から15%が認知症に移行するとされている。(政府広報オンライン「知っておきたい認知症の基本」より

認知症は本当に「何もできなくなる」のか?

丹野さんと恩蔵さんとの対談本は、2人が認知症の「進行」という言葉に違和感を持っていたところから始まった。

「ポーランドで開催された認知症の国際会議で、丹野さんと食事をする機会があったんです。そこで認知症の『進行』という言葉について、お互いに違和感を持っていることがわかりました。

この国際会議には丹野さんを中心に、世界中から認知症の当事者の方々がいらしていたのですが、どの方も本当にお元気で、いっしょに街歩きもしました。そういう方々に実際にお会いすると、『進行ってなんだろう』という疑問が湧いてきたんです」

恩蔵さんが認知症について深く考えるようになったのは、母親がアルツハイマー型認知症と診断されたことがきっかけだった。

「母が認知症と診断されたのは2015年でしたが、亡くなる間際の最終的な状態でも、私がイメージしていたような悲惨な『何もできない』状態とは全く違いました。豊かな感情が最後まで残っていて、母は母のまま変わらないんだなということは生活の中でわかっていきました

それに、もともと思い描いていたような認知症の『重度』の状態って、みんながなるのだろうか、という疑問もありました。『進行』についていろんな思い込みがありそうだよね、私たちみんな惑わされているんじゃないか……。丹野さんとそんな話を食事中にしていたんです。その後、その話を書籍の編集の方にしたところ、本にしませんかというお話をいただきました。丹野さんに実例を出していただき、丹野さんのお気持ちや考えていることを聞かせていただいて、私が脳科学者として解説するという形になりました」

認知症の正しい認識が広まっていない現状

認知症は多くの人がなる可能性があり、診断された後にも、頭がすっきりしているときもあれば、調子が良くないときもある。また、認知症になっても新たに覚えることもある。にもかかわらず、「なったらおしまい」という思い込みは未だに根強い。これは日本人特有の悲観論なのだろうか。

「いえ、日本に限った話ではなく、世界的に医学的な説明の仕方がそうなっているんです。私もそうでしたが、母を初めて病院に連れて行って診断されたときに見せられる脳の萎縮や、認知症の進行を示すグラフが右肩下がりなんですね」

確かに、診断時にそんなグラフを見せられたら、「これからどうなってしまうんだろう」と不安になるのも当たり前だ。脳のメカニズムを冷静に理解している恩蔵さんですら、不安になるのだから、医学知識がない人であればなおのこと悲観的に思ってしまうだろう。

「そうですね。脳に問題が起こることは文化を問わず誰でも嫌なものですから、『何%萎縮しています』と言われたら、もうそれだけでダメだと思ってしまう。実際には縮んでいくのは少しずつだったとしても悪いことだ、と誰だって思いますよね。

でも、考え方を変えれば、ある機能がうまくいかなくなっても、他のところで補えるんです。萎縮した部分を周囲が補えば能力を発揮できるようになる。ですが、これまでの認知症の捉え方では、そういう発想には、なかなかなれなかったのだと思います」

できることがたくさんある事実は知られていない

認知症は治らない、なってしまったらダメになる一方と思い込みがちだが、脳には、お互いを補い合う力があるとは、どういうことなのだろうか。

「認知症と診断される時点で、脳のどこかに問題が起こっているのは確かです。でも、問題があるのはその一部だけで、他は大丈夫な可能性があるんです。でも、どこかのパーツがうまくいかないことで、他の能力も発揮しにくくなっている。だから新たに方法を工夫しなければいけなくなるんですね。

にもかかわらず、『以前のようにできないから自分はダメなんだ』と思ってしまったり、周囲もできないことばかりを指摘してしまう。どうしたらできるのかの工夫の仕方がわからないと、どんどん『自分はもうできないんだ』と落ち込んでしまいますよね。

でも、こうすれば今まで通りにできるんだという方法を見つけて、それを毎日のルーティンにしたり、周囲のサポートがあったりすれば、失われたと思っていた能力が発揮できるようになるんです」

実は、私の90代の父親も、いろいろ忘れてしまう症状が出ている。でも、その一方で、都道府県を北から順にすべて言えたり、将棋に興じることはできる。デイサービスに通うようになってから、施設のスタッフや仲間の影響なのか、突然マイブームのように頻繁に使うようになった言葉や言い回しもあった。

介護施設への入所は認知症を悪化させ、本人が落ち込んでしまうのでは、と家族が躊躇するケースも多いと聞くが、私の父親のように施設に入所することで、人との交流が深まって、QOLが向上するケースもあるとも聞く。実際にはどうなのだろうか。

「それはよくあります。トイレの失敗が続いていた方が、施設ではいいタイミングで声をかけてもらえるので失敗がなくなる。食事も、家では決まったものしか食べなかった方が、施設では何でも残さず食べて健康状態も良くなる。ちゃんと栄養が取れて、規則正しい生活を送って、人とのコミュニケーションがあるだけで、90代でもこんなに変わるのかと驚くことがあります。

ただ、それは脳が『戻った』わけではなく、環境が整ったことで残っている能力が発揮できるようになったということなんです。それは施設の専門職の方々の接し方のすごさでもありますよね」

家族がよかれと思ってやったことが逆効果の場合も

認知症の当事者である丹野さんとの対談を通して、「進行」について改めて感じたことや発見したこと、考えたことはあったのだろうか。

「本を作っていく中で、これは介護をする側の人だけでなく、認知症になりたくない人、進行させたくない人にこそ、読んでもらいたい話だと思うようになりました。そういう人たちにとって一番ほしいのは、進行を遅らせる方法や認知症予防の情報なんですね。メディアの発信の仕方も『予防』『ならないためには』という切り口が多い。認知症を恐ろしいものとして扱い、そこにならないように、という記事が中心です。

でも本当は、多かれ少なかれ歳を取ればみんな認知機能は衰えていきます。ほとんどの人が何かしら脳の機能は衰えるのに、恐ろしいものとして未だにとらえられています。だからこそ、そういう人たちに『そうじゃないんだよ』と伝えたかったという思いはあります」

私自身、恩蔵さんの著書を読んで、家族が良かれと思っていろいろやってしまう行為が、認知症当事者ができることを奪ってしまうことを知った。また、ありがちだが、認知機能が蘇るようにと家族が一方的に本やドリルを勧め、本人を追い詰めてしまうこともある……。

「家族だからこそ、難しいところがたくさんあります。介護の専門職の方たちのようには割り切れない。自分の一番大切な人、好きな人だと、何でもやってあげたくなっちゃうんですよね。でも、やってあげすぎることで、お互いが苦しくなってしまうということがあります。おっしゃるようにドリルをやらせるとか、本を強制的に読ませるとか、家族がいろいろと良かれと思って“やらせる”ことで、本人が追い込まれたり、不安になってしまうことは見過ごされがちですよね。

認知症と診断された後も、いっしょにいて楽しい友だちがいるか、そういった人に会えているか……。家族が一生懸命になる、ということ以外の、かかわりかたの秘訣があるんです」

丹野さんは、当事者として生活をしている。対談で、恩蔵さんにとっては新鮮なエピソードも多かったという。一体どういう事柄だったのだろうか。

「お話をして最初に衝撃だったのは、お財布の問題でした。認知症の初期によくあるトラブルですよね。お金は大事なものだから、家族は『管理してあげよう』と思う。認知症になると同じものをたくさん買ってしまう人もいますし、財布を持っていることを忘れてしまい『持っていない』と言う人もいます」

たしかに、トラブルが起こらないよう、家族が管理するということで、つい取り上げてしまいがちだ。

「でも、丹野さんのお話を聞いて気づいたのは、お財布は支払いをするためだけのものじゃないということ。お財布を持っているということ自体が、自分で意思決定ができる、自分で選べるという尊厳の象徴でもあるんです。

例えば「1000円くらいあれば簡単な飲み物・食べ物も買えるし、駅からタクシーにも乗れるだろう」「落としても困らない金額だけ持っていてもらおう」という発想で本人にお金を持ってもらえば、一人で出かけることもできる。挑戦したい気持ちにもなるかもしれない。財布がなければ、私たちはそもそも何かが買える、できる、という発想を持つことができないんですよね。財布を取り上げてしまうと、その人から可能性を奪うことになりかねない。私自身が親のそういった可能性を奪っているとは思わなかったんです。そういうことをたくさん教えていただきました」

◇後編『脳科学者が語る重度認知症の母親の介護。「出来ないことの確認」や「脳トレ」よりも母親の気持ちが蘇った出来事』でも引き続き、恩蔵さんと母親の経験談などを織り交ぜながら、「認知症になったらおしまい」ではない知識と関係性の気づき方についてお伝えする。

恩蔵絢子(おんぞう・あやこ)

1979年神奈川県生まれ。脳科学者。専門は自意識と感情。東京工業大学(現・東京科学大学)大学院博士課程修了(学術博士)。東京大学大学院総合文化研究科特任研究員。2015年に65歳の母がアルツハイマー型認知症と診断され、介護しながら観察を続けた。2023年、NHKスペシャル『認知症の母と脳科学者の私』が放映。同年5月、母を看取る。著書に『脳科学者の母が、認知症になる』(河出書房新社)など。

【後編】脳科学者が語る重度認知症の母親の介護し「出来ないことの確認」や「脳トレ」よりも母親の気持ちが蘇った出来事