ナイキ 看板撤去騒動に学ぶ、アシックス&エコーのインクルーシブな価値訴求

記事のポイント
ナイキの「ウォーカーは大目に見る」という看板が炎上し、ボストンマラソン直前に撤去される事態となった。
アシックスは対抗メッセージを掲出し、エコーは日常的なムーブメントを再定義した。
ウォーキング文化の台頭を背景に、ブランドは製品訴求からインクルーシブな価値訴求へとシフトしている。
ボストンマラソンをめぐるナイキ(Nike)の炎上を受けて、競合各社はこの機会を捉え、マラソンランの枠を超えた「ムーブメント」の意味を、自社なりの言葉で再定義しようと動き出した。
ナイキ看板の炎上と即時撤去
4月20日のボストンマラソンを目前に控えた数日のあいだ、ナイキは同社のニューベリー・ストリート店付近に複数の看板を設置した。そのうちの1つには、「ランナーは歓迎、ウォーカー(歩行者)は大目に見る(Runners welcome, walkers tolerated.)」と書かれていた。
このメッセージはオンライン上でただちに批判を浴び、ランナーたちはこの言い回しを排他的だと指摘した。レベルを問わず多くの参加者がマラソンの一部区間を歩くことは、ごく当たり前のことだからだ。
4月17日、ナイキはこの看板を撤去した。同社は同日に発表した声明で、次のように述べた。
「我々はより多くの人々に、ペースや経験、距離にかかわらず、ランニングのなかで歓迎されていると感じてほしいと考えている。ボストンでのレース週間中、ランナーを応援するために一連の看板を設置した。しかし、そのうちの1つは意図した効果を発揮しなかった。我々はそれを撤去し、この機会を生かして改善に努め、すべてのランナーのために尽力する」。
アシックスとエコーが打ち出した対抗メッセージ
ランニング業界の競合からの反応は素早かった。
日本のランニングシューズブランドであるアシックス(Asics)は、レース週末にあわせてボストンに独自のメッセージを掲出。看板には「ランナー、ウォーカー、どなたでも歓迎(Runners. Walkers. All Welcome,)」と書かれ、その横には「身体を動かせば、心も動く(Move your body, move your mind.)」というコピーが添えられていた。
このフレーズは、運動による精神的なメリットを強調する同ブランドの幅広いキャンペーンを反映したものだったが、そのタイミングはナイキのつまずきへの直接的な対抗軸として位置づけられた。
一方、デンマークのシューズブランドであるエコー(Ecco)は、この機を活用して、ムーブメントの語り方そのものをより長期的に変えていく取り組みを打ち出した。
マラソンの週末に同ブランドはボストンで「Walk Your Walk」を発表した。これは、競技スポーツではなく日常的なムーブメントに焦点を当てたグローバルキャンペーンだ。
同キャンペーンは「走るつもりはない。あなたの歩き方で(No run intended. Walk your walk.)」というコピーを軸に据え、ウォーキングを副次的なものではなく、シューズの主要なユースケースとして位置づけている。
エコーのグローバルCMOであるエズラ・マーティン氏は、このタイミングは偶然ではなかったとしながらも、ブランドの狙いはナイキの看板を直接批判することではなかったと語る。
「我々は常に、カルチャーで何が起きているかに注意を払っている」と、マーティン氏はGlossyに対して述べた。
「ほかのブランドがこの領域で何をし、何を語っているかを、我々はみな目にしていた。あのとき、ウォーキングは文化の象徴的なキーワードになった。だからこそ、我々が何らかの視点を打ち出す場として自然だったのだ」。
ウォーキングブームが示す消費者意識の変化
ウォーキングは近年、よりカルチャー的な存在感を増している。その背景の1つには、パンデミック中にTikTokで生まれた「ホット・ガール・ウォーク(hot girl walks)」のようなトレンドや、高強度ワークアウトカルチャーやルックスマクシング(looksmaxing)からの大きな揺り戻しがある。
同時に、サカーナ(Circana)をはじめとするアナリストは、コンフォート重視の日常的なフットウエアへの需要が高まっていると指摘する。
消費者が、高のパフォーマンスを発揮する瞬間だけではなく、日々のルーティンに溶け込む製品や、よりやわらかなフィットネスへのアプローチを求めているからだ。
「ウォーキングは、手の届くウェルビーイングの象徴になりつつある」と、マーティン氏は述べ、その身体的、精神的、社会的な恩恵を挙げた。
米国国立医学図書館(National Library of Medicine)によれば、1日に9000歩から1万歩を歩くことで死亡リスクは約40%、心血管疾患のリスクは20%以上低下するという。
さらに、1日10〜30分の早歩きであっても、心臓の健康、メンタルのウェルビーイング、長寿を後押しするとされる。「消費者は、長寿と生活の質を優先するようになっている」と、マーティン氏は語った。
「Walk Your Walk」に見るブランド主導への転換
このキャンペーンはまた、エコーにとって新たなブランド構築のアプローチを示すものでもある。
「これは、より強くブランド主導の対話へと意図的に踏み出す動きだ」と、マーティン氏は述べた。「単に製品中心のストーリーテリングを行うのではなく、ファネルの上流段階におけるブランド価値を高めていきたいと考えている」。
初動データから、メッセージが響いていることを示している。「我々のサイトには記録的な数のトラフィックが流入しているのを目にした」と、マーティン氏は述べた。「人々は単に何かを『いいね』するにとどまらず、シェアし、保存し、サイトを訪れ、購入していたのだ」。
同ブランドによれば、ローンチ投稿はソーシャル上で12万3000件以上の「いいね」を獲得し、エンゲージメントの急増をもたらしたという。同ブランドはインスタグラムで65万8000人のフォロワーを抱えている。
ボストンの現場では、エコーはこのキャンペーンに商品体験の機会など、さりげないプロモーション活動を展開した。
「人々は、メッセージのシンプルさとインクルーシブさ(包括性)に本当に共感してくれた」と、マーティン氏は語った。
「我々のシューズの魔法は、テクノロジーが目に見えないところにある。ホカ(Hoka)のように目に見えるエアバッグや誇張されたアウトソールを備えているわけではない。あの種のシューズは、目にしたとたんに『快適そうだ』と思わせる。一方、我々のシューズは見た目こそ『よくデザインされた靴』に見えるので、それをもっとも理解する方法は実際に履いてみることだ」。
[原文:Nike's marathon billboard backlash inspires new Asics and Ecco campaigns]
Zofia Zwieglinska(翻訳、編集:藏西隆介)
