「推しキャラのトレーナー着て何が悪い」服装自由を貫く22歳新入社員を黙らせた”憧れの先輩”の「残酷な本音」

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「勤務時の服装自由」──求人票にそう書かれ、入社前の説明会でも「ラフな社風」を強調された都内のIT企業。今年4月、その言葉に惹かれて新卒入社した22歳の男性は、プログラミングの飲み込みの早さから本採用の前倒しが検討されるほどの「期待の新人」だった。ところが4月中旬のある日を境に、彼の出社時の服装が一変する。推しキャラを大きくプリントしたトレーナーを着用し始めたのだ。

前編記事はこちら→「期待の新人」22歳の服装が、ある日を境に一変…同僚も"目のやり場に困った"出社スタイル

隣席の同僚は目のやり場に困り、上司が再三注意しても改める気配はない。はたして企業は服装の乱れを理由に新入社員を解雇できるのか、事例をもとに、社会保険労務士の木村政美氏が解説する。

本記事の登場人物

A山さん:22歳。 今年4月、都内のIT企業・甲社(従業員300名)に入社し、システム開発課に配属。プログラミングの飲み込みの早さから期待されていたが、4月中旬のある日を境に、推しキャラの美少女が大きくプリントされた派手なトレーナーやスウェットパンツで出勤するように。上司の再三の注意にも応じず、D上部長に対しても求人票の「服装自由」などを盾に反論した。

B川さん:25歳。 甲社システム開発課でA山さんの隣席の同僚。4月中旬のある朝、出勤してきたA山さんの派手なキャラクタートレーナー姿に目のやり場に困り、驚いて声をかけた。

C田課長:35歳。 甲社システム開発課の課長で、A山さんの直属の上司。A山さんの服装がマナーに欠けると何度も注意したが改善されず、D上部長に相談した。

D上部長:50歳。 甲社の総務部長で人事・総務の責任者。4月下旬にA山さんを呼び出し服装について注意したが、求人票や会社説明会での発言、就業規則に服装規定がないことなどを根拠に次々と反論され、「厄介な新入社員」と判断。社長と相談のうえ試用期間満了での退職も視野に入れ始めた。

服装に関する規定の法的根拠

企業が定める服務規程(服務規律)とは、従業員に求める勤務態度や行動基準、職務遂行上のルールをまとめた社内規則のことで、就業規則の一種である。多くの場合、この服務規程には服装に関する内容も明記されている。従業員の服装を制限できる根拠は、主に「企業秩序の維持」にあり、労働契約法第7条(労働者は労働契約に伴い、使用者の指揮命令に従い、企業秩序を維持するための規律に従う義務がある)などにより、企業が円滑な運営のために従業員へ一定の規律を求める権利(企業秩序維持権)を認めている。

これに基づき、就業規則等で服装の基準を定め従業員に順守させることは、その理由が一般的な常識の範囲内であれば正当性があると判断される。また、従業員には「職務専念義務」があり、勤務時間中は職務に全力を注ぐことが求められる。(これも一般的には就業規則等に明記がある)A山さんが勤務中に着用している『ボディラインが目立つ女性キャラが描かれたトレーナー』のように、周囲の従業員が目のやり場に困るなど、不快感や動揺を覚えるような服装は、職場全体の集中力を削ぎ、生産性を低下させる要因にもなりえる。

つまり、服装の乱れが個人の自由の範疇を超え、組織全体の業務遂行を阻害する「企業秩序の攪乱」とみなされた場合、当事者がたとえ内勤であっても、会社は正当な業務命令として是正を求めることが可能である。

服装自由の契約解釈

では、採用時に「勤務時の服装自由」という条件を提示していた場合はどうなるのか。このケースでは、労働契約上従業員に対して、原則服装選択の裁量を認めることになる。近年の「多様性(ダイバーシティ)」の尊重という観点からも、個人のアイデンティティ(自分が自分であるという自己認識や、他者や社会から認められているという感覚)を反映した服装を、合理的な理由なく一律に禁じることは難しい。(例えば単に上司の好みだからなどの理由は合理的とはいえない)しかし、この「服装自由」はあくまでも「職場秩序」や「公序良俗」の範囲内で判断されるものであり、決して無制限な「放任」を意味するものではない。

特にA山さんのようなボディラインが目立つ女性キャラが描かれた服装を勤務中に着用することは、前述の服務規程違反のみならず、たとえ本人にそのつもりがなくても、「他の従業員に対して性的な不快感を与える」すなわち、環境型セクシャルハラスメント(セクハラ)と判断されやすい。企業側にはセクハラ対策を行う義務があるため、指導・改善を求めるのは正当な行為である。

従って、企業は「勤務時の服装自由」という契約条件を維持しつつも、職場環境を健全に保つために、公序良俗に反する意匠や過度な露出を制限する合理的な指示を出す権利を有する。ダイバーシティの尊重は、他者の権利や不快感への配慮とセットであって初めて成立する概念であり、この「自由と責任の境界線」を就業規則等で具体化しておくことが、トラブルを未然に防ぐ上で重要になる。

段階的処分のプロセスと試用期間中の解雇権乱用

服装の乱れを理由とした解雇を検討する場合、まず「解雇権濫用の法理」(客観的にみて合理的な理由がなく、社会通念上の相当性を欠く解雇は無効であるというルールのこと)への留意が不可欠になる。

新入社員など「試用期間中」である場合、企業側に通常の解雇よりも広い範囲での「留保解約権の行使」(雇い入れ後一定期間勤務し、問題があれば本採用をしないとする権利のこと)が認められている。しかし、広範な裁量があるとはいえ、無制限に認められるわけではない。

実際はA山さんのように「服装が奇抜である」という一点のみをもって即座に解雇することは、企業側が教育指導義務を怠ったものとして、権利濫用とされ解雇は無効になるリスクが高い。

この場合、まずは口頭による「改善勧告」を行い、それでも応じない場合は「指導書」の交付や、就業規則に基づく「譴責」などの懲戒処分を段階的に積み重ねる必要がある。

試用期間の本旨は、企業側から見た場合従業員の適格性を判断することである。企業が粘り強く是正を求め、弁明の機会を与えたにもかかわらず、業務命令に従わないなど、「改善の見込みのないこと」が客観的な記録として証明されて初めて、試用期間満了に伴う本採用拒否や解雇の法的正当性が担保されることになる。

企業が取るべき対策

従業員の服装の乱れに関して企業が取るべき対策としては次のようになる。

(1)服装に関する内容を具体的にする

「清潔な服装」といった抽象的な表現では、判断が個人の主観に左右されやすい。そのため、就業規則には「過度な露出の禁止」や「特定の思想・性的意匠を含む衣服の禁止」など、客観的にNGと判断できる基準を明記することが望ましい。なお、具体的な基準は企業の事業形態によって異なり、甲社のようにラフな服装で可能なところもあれば、制服の着用やスーツにネクタイ着用を義務化しているところもある。

(2)職場文化の明文化と周知をおこなう

勤務時の服装について単なる禁止や制限を示すだけではなく、 「なぜその規律が必要なのか」(例:他者への配慮、職場の生産性維持、企業の信用性を保つなど・・)という理念を共有し、日頃から周知しておくことが重要である。こうした理解が浸透すれば、価値観のズレによるトラブルを未然に防ぐことができる。周知のタイミングとしては、新入社員研修など入社時に組み込む方法が最も効果的である。

(3)指導記録を残す

上司が従業員の指導をする場合、口頭注意及び指導書、職務命令、懲戒処分へと段階を踏むプロセスを記録し保存することで、企業の教育指導義務の正当性が担保できる。

甲社の問題点

C田課長の再三の指導やD上部長の注意にもかかわらず、服装を改める様子がないA山さん。甲社のどこにトラブルの原因があったのだろうか。

(1)採用時に「勤務時の服装自由」を掲げながら、その許容範囲を具体化せず、就業規則等への明記もなかった。そのため、A山さんに「労働契約違反」という反論の隙を与えてしまった。

プログラマーという職種の特性上、一定のカジュアル化はよしとしても、企業秩序やハラスメント防止の観点からの制約を具体化し、就業規則に明記する必要があった。

(2)C田課長やD上部長の指導が「マナー」という主観的な説得に終始しており、教育指導義務を果たしていない。

もしA山さんが自発的に勤務時の服装を改めなければ、会社側は法的に極めて不利な状況で試用期間満了による解雇を強行していた可能性がある。

A山さんに心境の変化が…

D上部長の注意にもかかわらず、その後一週間、A山さんの「社内推し活」はエスカレートするばかり。服装だけではなく、デスク周りにはフィギュアが並び、彼の周囲だけが異様な空間と化していた。その様子にC田課長とD上部長はあきれ返り、言葉を失っていた。

しかし、変化は意外なところから訪れた。 5月中旬の昼休み。A山さんが給湯室へ向かう途中、廊下の角から話し声が聞こえてきた。声の主は総務課のE元さん(28歳)だった。新入社員研修で講師を務めた彼女は清楚な雰囲気で、推しキャラとは違うタイプだが、A山さんは密かに好意を持っていた。

「ねえ、システム開発課に来た新人さん、どう思う?」

一緒にいた女性社員がE元さんに尋ねると、彼女は笑いながら答えた。

「あんなに身体の線を強調した女の子の絵を職場で見せられるのは気持ち悪い。彼に近づきたくないっていうのが本音かな……」

「それ、わかる。彼、仕事はできるみたいだけど、ああいう感覚の人とは、プライベートはもちろん、仕事でも関わりたくないよね……」

E元さんの言葉は、盗み聞きしてしまったA山さんの心に深く突き刺さった。彼にとって、その服装は純粋な「推しへの愛」の表現にすぎなかったが、憧れの女性に不快な感情を抱かせていたとは……。ショックだったが、この時を境にA山さんは自分の服装が他人からどう見られているかを考えるようになった。

翌週の月曜日。 D上部長は目の前に現れたA山さんの服装に目を疑った。 彼は茶色の長袖無地ポロシャツ姿で濃紺のスラックスを履いていた。

「A山君、さては心境の変化かな?」

驚きを隠せないD上部長に、A山さんは視線を落としたまま静かに答えた。

「部長、申し訳ありませんでした。自由とわがままを勘違いしていました。自分が何を大事にするかは勝手ですが、他人がどう感じるかを無視していい理由にはならないと気づきました」

頭を下げたA山さんに、D上部長は「やれやれ……」といい、ほっと胸を撫で下ろした。

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