「韓国の人、いい人ばっかりやん」の正体…Xの自動翻訳が可能にした日韓交流の裏で、専門家が指摘する「時差のなさ」が生む奇妙な連帯と、エコーチェンバーの罠
Xの自動翻訳が崩した「日韓の壁」
2026年3月30日、X(旧Twitter)にGrokによる自動翻訳機能がデフォルト搭載された直後、日本語と韓国語のタイムラインには、これまでの「日韓対立」のイメージを裏返すような投稿が次々に流れ始めた。
「イーロン・マスクが言語の壁をぶち壊してくれてから気づいてしまった。韓国の人と繋がったら、いい人ばっかりやん。日本のこと、全然嫌ってへんやん」(日本語ユーザー)
「リアルタイム翻訳で言語間の壁が崩れ去ると、数十年解けなかった複雑微妙な日韓間の誤解が一夜にして解けてしまったような気分だ」(韓国語ユーザー、自動翻訳)
さらに4月8日、国会前に約3万人(主催者発表)が集まった改憲反対デモ「平和憲法を守るための緊急アクション0408」では、参加者たちが韓国の大統領退陣要求デモを参考にペンライトを手に集結し、韓国・民族問題研究所の金英丸(キム・ヨンファン)氏がステージから「東アジアの平和を守ろう」と訴えた。
私たちはずっと「嫌い合っている」と思っていた。自動翻訳が崩した壁の向こうに見えるものを、どう受け止めればいいのか。日韓関係研究の第一人者である神戸大学大学院・木村幹教授に聞いた。
「こんなもんでしょ」--選択バイアスの当然の帰結
開口一番、教授の見立ては慎重だった。
「自動翻訳がデフォルト化されていろいろ皆さん言っていますが、私には『こんなもんでしょ』という感じがするんです。SNSですから、選択バイアスが必然的に働く。似た人同士がつながれる仕組みです。ミクロで見れば、日本にも自分たちと同じ考え方を持ってくれている人がいるよね、韓国にもいるよね、というのが残るのは至極当然。ただ、それをもって『日本人全体』『韓国人全体』だと思うと、痛い目に遭う」
「嫌い合っていなかったじゃないか」と感激する人の目に映っているのは、日韓全体の姿ではなく、似た人同士がつながった“自分の周りの世界”にすぎない。
“旅行”の比喩と、世論調査の現実
実際の韓国側の対日感情はどうか。
「ある程度良くなってきているのは事実です。ただ、『日本が好きですか』と聞いて『好き』が『嫌い』を大きく超えるかというと、そんなこともない。『好き』が多数派の世論調査のほうが、まだ少ない。多くの人はやっぱり『好きじゃないけど、わだかまりはある』と答える」
若い世代についても留保がつく。「『良くなっている』というより『過去の問題に関心がない』と言った方が正しい」
教授が繰り返すのは「旅行」の比喩だ。
「SNSで見えてくる世界は、旅行と一緒なんです。旅行に行って『韓国人は優しかった』と言うでしょう。でもそれは、優しい人が優しいだけなんですよ。日本語ガイドさんに会って、美味しいものを食べて、店の人が親切だったら、『韓国の人、いいじゃん』となる。でも僕らから見れば、その後ろで韓国語で『日本人うるせえよ』と怒鳴っているおやじの声が聞こえていないだけだよ、と思うわけです」
この現象は、実は繰り返されてきた
教授はこれを「新しい現象」とは捉えていない。
「インターネット上で何回も繰り返されてきたことなんですよ。以前は韓国の新聞の日本語版が一斉に出た時期があって、相当なインパクトがありました。中央日報のヤフコメ欄なんかで、翻訳機能を使ってバチバチやっていたりね。新しいメディアが一つ出てくると、必ず出てくる現象です」
可視化されるのは好意だけではない。K-POPアイドルの政治的発言をめぐる衝突は、その典型だと教授は言う。
「日本のことが好きだと思っていたアイドルが、いきなり原爆投下を模したTシャツを着ていたり、BTSが政治的な発言をしたら一通りみんな引いてしまったり。大事なのは、『日本が好き/韓国が好き』という画一的な発想そのものが、実はあまり意味を持たない、ということなんです。好きなものは好き、嫌いなものは嫌い」
日本のアニメ好きの韓国人に「竹島は日本の領土でいいね」と聞けば答えはノー。植民地時代の話をすれば日本はダメというに決まっている。そういう当たり前の輪郭が、自動翻訳で一気に可視化されていく。
日韓で目立つのは、“時差のなさ”
なぜ日韓でこの現象がこれほど目立つのか。教授の指摘はきわめて実際的だ。
「タイムラグがないからですよ。SNSを使うのは夜中心。日韓は時差が合う。パンパンパンと答えが返ってくる。昔の言い方で言えば“Twitter廃人同士”がつながりやすい。中国が相手だと政治的な話は難しいし、台湾は人口が韓国ほど多くない。即レスで本気で相手をしてくれるのは、結果として韓国人になるんです」
日韓の“パンパン”とした応酬が目立つのは、感情以前に構造の問題でもある。「両言語できる僕らから見ると、お前ら両方とももともと似た者同士やからな、という感じなんですけどね」と教授は笑う。
国会前デモへの韓国からの応援--その裏にある分断
4月8日のデモで韓国のペンライトデモのスタイルが参照され、韓国の市民運動家が登壇したことも、教授にとっては「前からある」光景だ。
「SEALDsの頃から、韓国ではデモが成功して楽しそうだという見方がありました。僕のところにも、当時の関西SEALDsの中心メンバーだった院生が『韓国ではどうやってデモをやっているんですか』と聞きに来ていたんですよ。尹錫悦(ユン・ソンニョル)前大統領の弾劾過程で行われたペンライトデモも日本で報道され、関心を持っている人は多い」
新しいのは、日本の団体が直接韓国側にアプローチしづらかった状況をSNSと自動翻訳が埋めた点だ。だが、ここにも落とし穴がある。
「韓国は今、左派と右派にくっきり分かれていて、右派はそういうデモを応援しません。違う種類のデモを応援している。去年も韓国の親日ユーチューバーが、中国に関するデマを流し、それが日本の反中的なネットでウケたりしましたが、彼はフェイクニュースを流した嫌疑で在宅起訴されることになりました。でも、そういう人たちが韓国にいる、というのも事実なんです」
韓国の進歩派には「日本人は単に正しい韓国の姿を知らされていないだけだ。話せば分かってもらえる」という素朴な考えがずっとある、と教授は言う。「でも…だったら苦労しないんですよ」。日本側で「応援してくれる韓国の人がいる」と感じる裏側で、韓国の進歩派も「日本に仲間がいる」と考える。でもそれが日本や韓国のすべてだと考えるなら錯覚にすぎない--どちらもエコーチェンバーの中にいるからだ。
「高市早苗はけしからんよね、と日韓で盛り上がったとしても--ごめん、その高市と李在明(イ・ジェミョン)はお互いの計算から仲良くしている現実はそこから見えないんです」
教授自身、尹錫悦弾劾後の韓国をNHKと取材した際、「大統領支持派のデモも必ず見てほしい」と伝えたという。片方だけを見て民主化運動を美化すれば、現実の半分を見落とすからだ。
“若い夫婦の離婚劇”にしないために
教授の言葉でもっとも実感を伴うのは「失望」への警戒だ。
「ナイーブな期待を持たれると、失望のほうが大きくなる。失敗する若い夫婦と一緒なんですよ。『あなたは私のことを全部わかってくれていると思っていたの?』と言われても、全部わかっているわけがないでしょう、と。もっと早い段階で気づけよ、と思うんです」
Xで「韓国の人、いい人ばっかりやん」と感激している人は、お見合いパーティーで自己紹介に成功した段階にいる。自分も何も知らないし、相手も結局何も知らない--その前提から始める方が、関係はむしろ長続きする、というのが教授の見立てだ。
半径3メートルから、どう外へ出るか
では、エコーチェンバーの中で踊らされないために、SNSをどう使えばいいのか。
「何に使うか、でしょうね。言葉が通じない同士で友達が見つかる、デモのやり方や活動のアドバイスを交換できる--非常にいい。ただ、自分が見えている世界は常に狭いという前提を持っておくことです」
教授は東京を例に挙げた。
「渋谷に行っているから東京を知っていると思っている人がいたとして、じゃあ巣鴨にも行ったことがあるか、と。巣鴨に行けば渋谷とは全く違う東京の姿があるけど、知らなかったりする。自国の街ですらそうなのに、外国のことになると、なぜか『全部知っている』つもりになる。外国人と向き合うときは自分が日本代表のようなつもりにもなる」
「あなたがSNSを使おうと韓国語を読もうと、見ている範囲は、古い言い方でいえば自分の“半径3メートル”以内。意図的に動かない限り、オンラインでもオフラインでも半径3メートルのまま。結局、SNSのオーナーの手のひらで踊っているだけになる」
加えて、教授が強調するのは翻訳そのものの限界だ。
「結構、誤訳があるんですよ。『すごいことをこの人が言っている』という日本語なんだけど、原文を見たら“いつもの韓国人”じゃん、ということが結構ある。僕の業界で一番わかりやすいのが、韓国語の『正しい歴史(올바른 역사)』。あの『正しい』は『事実に合った』ではなく『本来あるべき』という意味が入るので、日本語に訳すと意味がまったく違ってくる。翻訳は翻訳なんですよ」
だから気になる投稿は韓国語は韓国語で、英語は英語のままで読む、と教授は言う。便利さゆえに訳された言葉を“元の言葉そのもの”と錯覚する--そこもまた見えない壁の一つだ。
「日韓」から「ポジ/ネガ」へ
それでも、と教授は付け加える。
「最終的に見えてくるのは、日本人と韓国人がどうこうではなく、『お互いの国の関係に対してネガティブな人とポジティブな人がいる』ということです。民族や国で分かれているんじゃない。日本の中にも韓国の悪口を言う人がいるし、韓国の中にも日本の悪口を言う人がいる。もっと言えば、普通の人はそんなことには全く関心がない。あなたが見ているのは“韓国人”や“日本人”ではなく、韓国人の○○さん、日本人の○○さん、なんですよ」
“嫌い合ってないじゃん”の発見は、素朴な喜びとしてはいい。だがそれは入口にすぎない。自分も相手も完全にはわかり合えない--その前提を引き受けてなお、「相手のなかの個」とつながれるか。自動翻訳が開いた扉の向こうで問われているのは、そのレベルの成熟だ。
■木村幹(きむら・かん)
神戸大学大学院国際協力研究科教授・研究科長。1966年、大阪府生まれ。京都大学大学院法学研究科修士課程修了。博士(法学)。愛媛大学を経て1997年神戸大学、2005年より現職。専門は比較政治学、朝鮮半島地域研究。サントリー学芸賞、読売・吉野作造賞ほか受賞多数。近著に『全斗煥 数字はラッキーセブンだ』(ミネルヴァ書房)など。
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