400年の歴史と風格 阿南市に知られざる名庭園【徳島】
阿南市に400年を超える歴史を誇る、知られざる名庭園があります。
阿南市中心部の、ある町名の由来など、奥深き歴史の世界を私が訪ねてきました。
最初に訪ねたのは、阿南市富岡町にある牛岐城址公園。
ここで、今回の案内人と待ち合わせです。
現れたのは、阿南市文化振興課の向井公紀係長。
遺跡など、歴史にまつわる調査研究を行うエキスパートです。
さっそく、くだんの庭園に案内してもらいますが、でもその前に。
(森本アナウンサー)
「きょうは、ここは牛岐城址公園。ここに新たな何かが見つかったってことですか」
(阿南市文化振興課・向井公紀 係長)
「ここではないが、牛岐城址は江戸時代から富岡という(ようになった)」
「名前が変わった由来の碑というものがある場所がありまして…」
というわけで阿南市の中心、富岡町の牛岐城址公園を出発して、「富岡」の由来が分かる石碑があるお寺へと向かいます。
今回の目的地である日本庭園も、同じお寺の敷地内にあるそうです。
(阿南市文化振興課・向井公紀 係長)
「だいたい車で10分くらいですかね、牛岐城址から」
(森本アナウンサー)
「なんていうお寺ですか?」
(阿南市文化振興課・向井公紀 係長)
「桂國寺です」
(森本アナウンサー)
「桂國寺さん、この中に碑があるんですか?」
(阿南市文化振興課・向井公紀 係長)
「もうすぐあちらに」
(森本アナウンサー)
「あれ?」
こちらの石碑が「富岡町由来碑」。
もともと、富岡町の中心部にあったお寺に置かれていましたが、そのお寺がなくなったため、ここ桂國寺へと移設されました。
(阿南市文化振興課・向井公紀 係長)
「こちらに、文字がたくさん彫られているのが分かりますかね?」
(森本アナウンサー)
「これは、私ではわからない」
(阿南市文化振興課・向井公紀 係長)
「公、これ実は蜂須賀家政公のことなんですよね。公の命」
(森本アナウンサー)
「公の命により牛岐、牛岐だ宜しく名を富岡とする」
向井さんによりますと、徳島藩の藩祖・蜂須賀家政が阿波へ入国した際、渭津と呼ばれていた場所に城を築き、渭津の名を徳島と変えました。
この碑には、それと同時期に牛岐を富岡に改名したことが書かれています。
石碑が置かれた桂國寺は、1413年に創建された曹洞宗の寺院です。
戦国時代、土佐の長曾我部元親に二度にわたって焼かれましたが、家政がこれを再興するなど、蜂須賀家とは深いつながりを持っています。
本堂の裏に作られた日本庭園は、国の名勝に指定されている旧徳島城表御殿庭園と同じ、上田宗箇により作られたと伝わっています。
(森本アナウンサー)
「おお、こんな…庭?」
(阿南市文化振興課・向井公紀 係長)
「庭ですね、庭園になります」
(森本アナウンサー)
「えー」
静かな佇まいの中に、力強さを感じさせる庭園で、訪れる人に落ち着きと安らぎを与えてくれます。
1999年にその文化的価値が認められ、阿南市の名勝に指定されました。
こちらが『桂國寺庭園』。
今では、全国から愛好家が訪れる名庭園です。
(森本アナウンサー)
「えー戦国時代っぽい感じなのかな?武将が心を静める、休めるみたいな」
「派手さはもちろんないんですけど、すごくいい」
(阿南市文化振興課・向井公紀 係長)
「見てダイナミックさを感じていただければ。岩盤が急角度で池の方に入っているのが見て取れる」
「実は、滝を表現していると言われている」
(森本アナウンサー)
「なるほど」
(阿南市文化振興課・向井公紀 係長)
「左手の方に小高く作山状になっている、真ん中に石があって中型の石が点々と配置されている」
「天然のダイナミックさと(左側の)奥ゆかしさ、人工で作られた状況が見事にマッチした庭園になっている」
「左右の広がりと、奥がすぐ山になっているので、見た風景全てが庭園として実際の感覚よりも広く感じると思う」
(森本アナウンサー)
「みなさん、ご存じなんですか?裏に庭があるのは」
(桂国寺・山本和哉 前住職)
「あんまり分かってないと思う」
(森本アナウンサー)
「もったいない、見て欲しいですよね」
(桂国寺・山本和哉 前住職)
「見て欲しいけど、それだけまた手入れも(せなあかんから)」
知る人ぞ知る桂國寺の名庭園は、心の安らぎを与えてくれる素敵な空間でした。
400年間、変わらぬ静謐な空気が悠久の時の流れを伝えます。
