『風、薫る』『ばけばけ』『カムカムエヴリバディ』 朝ドラが描く“英語”の役割とは
NHK連続テレビ小説『風、薫る』(2026年度前期)は、いよいよトレインドナースへの道が見えてきた。日本初のナース誕生にはやはり西洋の風が関係していて、アメリカ帰りの貴婦人・大山捨松(多部未華子)の強い意志によって学校が設立されるという流れのようだ。2人の主人公のうち大家直美(上坂樹里)はキリスト教の教会で育ったために英語が堪能、もう1人の一ノ瀬りん(見上愛)も舶来品の商店に勤め、英語を習得しているところだ。
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これまでの朝ドラでも、英語が物語のキーになっている作品はいくつかある。筆者が最も印象に残っているのは、『花子とアン』(2014年度前期)だ。主人公の安東はな(吉高由里子)は、『赤毛のアン』の翻訳家として知られる村岡花子をモデルとしている。山梨の貧しい農家に生まれた少女が、東京の女学校に奨学生として進学したことで、運命が大きく動き出す。校長をはじめ多くの西洋人教師が在籍し、英語は必修科目だった。
最初は故郷の訛りさえ抜けず、落第寸前だったはなだが、ある日、外国語の歌の美しさに心を奪われ、それを機に英語にのめり込むようになる。わからない単語があれば、当時は貴重だった英英辞典を求めて、図書館へ一心不乱に走っていくといった青春時代を送る。
やがてはなは、英語力と文才を武器に出版社で働き始める。夫となる村岡英治(鈴木亮平)との縁もまた英語の辞書がきっかけだった。印刷所を営む村岡の励ましを受けながら、児童文学の翻訳家として頭角を現していく。第二次世界大戦中は、敵国の書物を持っているとして石を投げられることもあったが、東京大空襲の炎の中でも英語の原書を胸に抱えて逃げる。その姿は、英語と英語の物語がはなにとって生涯の宝物となったことを物語っていた。
はなは、一度も海外へ渡ったことがない。英語との出会いは、あくまでも学校だった。それでも、教育を通して海外の教養を身につけ、本を媒介に文化の橋渡し役を担った。「ラジオのおばさん」として親しまれ、子ども向けラジオ番組の司会者にもなった。一人の少女が英語に魅了されたことが、やがて多くの子どもたちの視野を広げていくのである。
英語といえば、忘れられないのが『カムカムエヴリバディ』(2021年度後期)だ。NHKラジオ放送100周年を記念した作品で、ラジオの英語講座が重要なモチーフになっていた。物語の主人公は、昭和・平成・令和の三世代にわたる祖母・母・娘。激動の昭和を生きた橘安子(上白石萌音)は、戦時中に英語が流暢な大学生・雉真稔(松村北斗)と恋に落ち、ラジオの英語講座を通して親しくなっていく。
結ばれた喜びも束の間、夫はすぐに戦地へ赴き帰らぬ人となってしまう。それでも安子は、夫との思い出が詰まった英会話の勉強を、生まれた娘と二人で続けていく。英語が話せたことで、戦後は進駐軍の中尉・ロバート・ローズウッド(村雨辰剛)と交流し、仕事も得ることができた。しかし、家族や嫁ぎ先をめぐるさまざまな事情が重なり、最終的にロバートとともにアメリカへ旅立ってしまう。
母に出奔された娘のるい(深津絵里)は心に深い傷を受け、長年母を許せないでいた。それでも、ラジオの英会話を絆として続けている。そしてその娘の大月ひなた(川栄李奈)は、母に習って英語を学ぼうとはするものの何度も挫折。映画村に就職したことで訪日外国人の案内を担うようになり、必要に迫られて英語を学び始める。気づけばハリウッドの一行をもてなすまでに成長し、その中に行方知れずの祖母がいて……という点と線がつながる展開に、涙した視聴者も多かったことだろう。
移民として日本語を手放し英語を習得した祖母、英語を憎みながらも憧れ続けた母、そして英語によって自信を得て、通訳として世界での活躍を手にした孫娘。三者三様の英語との関係が、それぞれの時代と重なりながら丁寧に描かれた作品だった。
そして、記憶に新しい『ばけばけ』(2025年度後期)にも英語が登場した。小泉八雲ことラフカディオ・ハーンとセツ夫妻をモデルにしたこの物語では、日本人の目を通した西洋ではなく、西洋人の目を通した日本が英語で語られた。英語を学ぶことで、女性が世界を切り拓いていった今までの作品とは少し趣を異にしている。ヒロインのトキ(髙石あかり)自身の英語はほとんど上達せず、むしろ日本の文化と精神を体現する存在としてヘブン(トミー・バストウ)の前に立っていたように思う。
従来の朝ドラのヒロインたちが英語を通して海外の考えを取り入れ、新しい扉を開き、日本の枠を飛び越えて活躍してきたとすれば、『ばけばけ』はその逆を描いた作品とも言える。ちなみに、『ばけばけ』では、錦織友一を演じた吉沢亮の英語の上達にも注目が集まった。俳優たちが英語のセリフに奮闘するところも見どころのひとつかもしれない。
『風、薫る』の時代は、トキが生きていた時代に近い。主人公のりんもまた、士族の娘として生まれながら武士の世の終わりとともに職業婦人への道を歩み始めており、その境遇が重なる。西洋の思想や言葉と、どのように向き合い、何を手に入れていくのか。英語を通したこれからの学びと成長がどう描かれるのか、注目していきたい。(文=尾崎真佐子)
