●2人が見せる装飾ない表現と人間味
政界を追い出された星野茉莉(黒木華)が、市井に生きる政治素人のスナックのママ・月岡あかり(野呂佳代)をスカウトし、東京都知事選に挑む姿を描く、カンテレ・フジテレビ系ドラマ『銀河の一票』(毎週月曜22:00〜)の第1話が、20日に放送された。

SNSでは、「期待以上」「さすが、『エルピス』のプロデュースをされた方のドラマ」と絶賛の声が上がっている。

(左から)野呂佳代、黒木華 (C)カンテレ

○【第1話あらすじ】何もかも奪われた茉莉が運命の出会い

茉莉は、与党・民政党の幹事長をつとめる父・鷹臣(坂東彌十郎)の秘書。周囲から父の後継者と目され、当たり前のように政治家を志し、忙しい日々を送っていた。

そんなある日、父宛てに差出人不明の封書が届く。中には、とある医大の学部長の転落死を報じる新聞記事の切り抜きと、「あなたが殺した」と書かれた手紙が入っていた。胸騒ぎを覚えた茉莉は、父の過去の行動を密かに調査する。

しかし、その行動が父へと伝わり、即刻秘書をクビになり、さらには家も出ていくことに。何もかもを失った茉莉は、小さなスナックを一人で切り盛りするあかり(野呂)と出会う。そんなとき、現職都知事がスキャンダルで辞任、急きょ都知事選が行われることになった。

自暴自棄の茉莉。そこへ、あかりから連絡が入る。そして茉莉がスナックへ行くと、夜道で失くしていた実母にもらったお守りの玩具の電球をあかりが拾ってくれていた。あかりは、見ず知らずの茉莉のために、共に夜道でその電球を探すのを手伝ってくれていたのだ。

その時は見つからなかったお守りである電球が再び、茉莉の元へと返ってきた。うれしさに身を震わすが、何もかも失った茉莉の心は晴れない。あかりや、そのスナックの客たちに、これまで溜め込んでいた政界の汚い部分への不満を吐き出し、スナックを飛び出してしまう。

だがそのスナックの光景は、汚い政界に身を置いていた茉莉にあたたかさをくれた。自分が見下していた“国民”の生の姿と声を聞けた。

そして銀河=星空を見ようと、ビルの非常階段を駆け上がっていったところ、茉莉が自殺をしようとしていると思い込んだあかりに、抱きとめられる。

「どうして私の居所がわかったのか」と聞くと、あかりは「その電球が光っているのが見えたから」と語る。実はその電球は壊れていた。光るはずがない電球が光っているのをみたあかり…。これに運命を感じた茉莉は、あかりに唐突に、切り出す。

──「都知事選に出ませんか!!」

(C)カンテレ

○脚本家・蛭田直美氏の功績にも注目

第1話放送後、X(Twitter)では、「面白すぎる!」の声が並んでいる。筆者の感想も同じだ。単なるドラマファンとして、この第1話は、一言「面白かった!」であった。

まず黒木と野呂がどちらも良い。黒木はそもそも、心情を表情や目の動き、背筋を固めるなどの身体反射で、装飾なく表現するタイプの女優だ。それが、幹事長である父に逆らえず、「わきまえなさい」と言われ続けて、父の仕事を黙して手伝ってきた茉莉というキャラにピッタリとハマっていた。

そして野呂は、彼女の芝居の最大の魅力である「人間味」が、「本当にこの街でスナックのママを続けてきた人」というあたたかさ──いわゆる市井の一般の人を見事に表現しており、政治や、ましてや汚職とは無縁の、「スナック客をあたたかく包むママとしての魅力」が十分に伝わる存在感を放っていた。この対比、ギャップ、関係性が面白い。

第1話では、その他さまざまな政治的ディティールを背景に、この2人の「運命の出会い」が描かれていた。「政治の世界とはこういうもの」と臭いものに蓋をしながらも、生来の正義感でモヤついていた政界のエリートと、人のあたたかさ、酔客の愚痴を聞きながらも笑顔を絶やさず、店に訪れた人々を幸せにする政治素人のスナックのママが、「都知事選」という目標に向けてタッグを組むのだ。互いに足りない部分を補い合える2人の活躍への期待も高まる。

筆者は、制作会社でドラマアドバイザーを務めた経験があるが、エンタメ作品でまず大事なのが、キャラの魅力だ。キャラを好きになってもらえば、第一段階クリア。視聴者はキャラの動向から目が離せなくなる。

第二に、ドラマ性だ。本作は政界が舞台なだけあって政治的な要素が散りばめられてあるが、いわば「政治・選挙系ドラマの顔をした、実質、人間ドラマ、職業ドラマ」だと感じた。これは、脚本の蛭田直美氏の功績も大きい。蛭田氏は、人物の機微や言葉の温度感を描くことに定評がある脚本家。つまり、単なる政治ドラマにはならない。

ここに黒木の演技が重なる。黒木は、派手ではない人物が成り上がっていく姿を自然体で演じることが非常に上手い。あかりをサポートしていきながら、さまざまな壁を乗り越えていく未来が、目に浮かんでくる。紆余曲折のあるサクセスストーリー…。第1話で、それをすでに匂わせられたのは、蛭田氏の手腕も大きい。

●クリエイティブ魂が存分に発揮できる環境を手にした佐野亜裕美P
(C)カンテレ

次にSNSで目についたのが、プロデューサーが、あのスマッシュヒット作『エルピスー希望、あるいは災いー』の佐野亜裕美氏だということだ。佐野Pが連ドラに戻ってくるのは実に3年半ぶり。その新作ともあって、期待を寄せるコメントが多く投稿されていた。

これに、プロデューサーがクリエイティブに集中できる環境を作りたいというミリアゴンスタジオの共同制作が加わった。つまり、佐野氏のクリエイティブ魂が存分に発揮できる環境が整ったということだ。

18日公開の「マイナビニュース」でのインタビューでは、佐野氏は、企画づくりの過程で、テレビ局員としての勤務時間外に、実際に選挙にボランティアとして参加した。そこで、「急な選挙で平日に無償で手伝いに来る人たちは普段何をしている人なのか、どういう関係性なのか…といったことが気になって、選挙戦を巡るいろんな人間模様が面白かったんです」と語っている。この人間模様の経験は、本作でも存分に生かされるはずだ。

○カンテレだからこその“自由さ”の正体

そして、制作がカンテレということも、本作に期待を寄せられる大きな要素となっている。テレビ局は、自由にやりたいように作品が作れるわけではない。スポンサーや芸能事務所、さまざまなしがらみをクリアしながら作品が作られていく。これは筆者がテレビ誌記者時代に、多くのアシスタントプロデューサーやプロデューサーから聞き、時にはその苦労を目の当たりにしてきたから思うのだが、心身を壊しかねないほどの気を遣いながら仕事をするAPも多くいる。昨今はコンプラ問題もあり、さらに考えなければならないことも増えた。

そんななか、カンテレの良さというのは、「政治部」がないことだ。これも実際、カンテレの某Pに聞いた話だが「カンテレドラマは、そのしがらみがない自由さがある」と語っていた。つまり、局の報道姿勢に対する色や方向性に縛られない。イデオロギーや党派などに左右されないゆえ、政治がかかわるドラマでも、クリエイターが作りやすい環境が、他キー局より整っている。本作であれば、市井に生きる人々が“幸せ”になる政治というものに立ちふさがる壁や、諸問題も、イデオロギーも党派も超えて、「政治部」に忖度することなく描くことができる。

──さて、物語は始まったばかりだ。社会派でありながら、人間ドラマ。政治を扱っていながら、お仕事ドラマ。おそらく茉莉やあかりは、暗いニュースが続く現代、市井の人々が抱えるモヤモヤを代弁してくれる存在になるだろう。そして現状に不満がある人々にとっても、胸をすく爽快な展開が用意されているはず。政治という伏魔殿に風穴を開ける2人の活躍に期待だ。











(C)カンテレ

衣輪晋一 きぬわ しんいち メディア研究家。インドネシアでボランティア後に帰国。雑誌「TVガイド」「メンズナックル」など、「マイナビニュース」「ORICON NEWS」「週刊女性PRIME」など、カンテレ公式HP、メルマガ「JEN」、書籍「見てしまった人の怖い話」「さすがといわせる東京選抜グルメ2014」「アジアのいかしたTシャツ」(ネタ提供)、制作会社でのドラマ企画アドバイザーなど幅広く活動中。 この著者の記事一覧はこちら