習近平の「日本叩き」の代弁者として使われた…台湾の鄭麗文・国民党主席「中国訪問6日間の旅」の得失

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国民党主席当選は中国共産党のお陰?

4月7〜12日にかけて、台湾の野党第一党である国民党の鄭麗文主席が中国を訪問し、10日に国民党主席としては約10年ぶりに習近平中国共産党総書記・国家主席との会談を実現した。双方は「92年コンセンサス」(九二共識)を堅持し、台湾独立に反対することで一致し、中国側は12日に台湾に対する10項目の「優遇措置」を発表した。本稿では、習鄭会談(台湾では「鄭習会談」と呼ぶ)をめぐる双方の思惑や、今回の会談が今後の台湾の政治情勢に与える影響について考察する。

まず現職の国民党主席が訪中して習近平総書記と会談するのが約10年ぶりという点に若干意外感があったのだが、確かに習氏が総書記に就任して以降の国民党主席もしくは総統との会談の歴史をチェックすると、2015年に朱立倫主席と馬英九総統が、2016年には洪秀柱主席がそれぞれ習氏と会談しているものの、それ以後は今回まで記録がない。

2016年以降、台湾では民進党政権が続いているのだが、もし国民党が政権奪回のために主席の訪中がプラスになると考えるのであれば、もっと頻繁に中国を訪問しても良いはずだ。実際はそうなっていないことは、訪中して習氏と会談することが国民党にとって選挙にプラスにはならないと見られてきたことが主な理由である。その背景として最も大きいのは、2019年に香港で「反送中(中国への身柄引き渡し反対)運動」が起き、それに対して中国が翌年「香港国家安全維持法」を制定し、香港の民主・自由の弾圧に踏み切ったことであり、台湾人の間では「中国の言う一国二制度はまやかし」との見方が一層強まった。

ではなぜ鄭主席が去年10月の党主席当選後、一貫して早期訪中の意向を表明し、半年後にそれが実現したのかだが、選挙戦の途中まで「泡沫候補」に見られてきた鄭氏の人気が突然急上昇し、本命視されていた郝龍斌元台北市長を大差で打ち破った背景に中国共産党の影がちらつくことを考えれば十分納得がいく(詳細は2025年11月7日公開の拙稿「台湾野党・国民党のトップに『中国との統一支持』の『親中派』女性政治家が就任…中国共産党が着々と進める『ネット世論工作』の怪しい影」参照)。

「日本叩き」と「習近平と会わせてやる」のバーター

次に、鄭氏が中国訪問中、中国革命の父とされる孫文の墓参りで訪れた南京市で行った演説について見てみる。

鄭氏はこの中で、日本による台湾植民地支配や中国侵略について10回以上言及し(詳細は、中国評論通信網、4月8日「鄭麗文拜謁中山陵談話全文 情感澎湃」参照)、「(孫文が死去した時)台湾はすでに日本の植民地となって30年も経ち、台湾人の身分は困難な状況にあり、様々な追悼会を行う際も弔歌や弔辞が日本当局から禁止や検閲を受けた」「蔣中正(蔣介石)総裁がやっとのことで北伐を成功させた後、すぐに日本の中国侵略に追い詰められ、8年間の血と涙に染まった抗日戦争を経て、日本の敗北により初めて台湾は50年に及ぶ被植民地統治の災難を脱することができた」などと述べている。

しかし彼女がさらに「日本帝国主義の大刀によって切り裂かれた傷口は、いまだに癒合できない」とまで主張すると、なぜ80年以上前の話が台湾と中国の統一問題の障害にされるのかと、反論する気も起きないほど荒唐無稽な言いがかりに聞こえてしまう。

これについて台湾のベテランジャーナリストの盧世祥氏は筆者に対し、「日本時代の台湾は教育が普及し、インフラ建設が進み、公衆衛生や医療を重視し、法治を通じて現代文明社会に向かった。台湾が軍国主義再来の脅威を感じているのは中国であって、決して日本ではない」と断言した。

日本のメディアのインタビューでは「私人として何度も旅行で訪日している。一番好きなのは京都だ」と答えている鄭氏が(詳細は産経新聞、2025年11月1日「中国の選挙介入『ありもしないことだ』 台湾・国民党の鄭麗文新主席インタビュー詳報」参照)、なぜ80年以上前の「古証文」を持ち出して日本を批判するのかだが、元中華テレビ総経理でジャーナリストの荘豊嘉氏は「習近平氏が鄭氏を通じて日本叩きをしたもの」との見解を示した。

そう言われてみると腑に落ちるところがある。中国はいつでもそうなのだが、海外の要人との会談予定の発表は直前まで行わない。今回も鄭氏が7日に中国入りしているのに、8日に行われた国務院台湾事務弁公室の定例記者会見では、台湾の記者から「習総書記は10日に鄭主席と会うのか?」と聞かれたのに対し、報道官は「我々は鄭麗文主席が率いる国民党訪問団の来訪を非常に重視している。訪問団が江蘇省、上海市、北京市における様々なスケジュールについては、適切に手配する」とだけ答えている。

その意味するところは、鄭氏一行が中国訪問中にもし中国共産党に批判的な言動をした場合、発表していない予定はすぐ取り消すということで、鄭氏は万一にも習氏に会えなければメンツ丸つぶれになるので、おのずと言動が自制的、ひいては迎合的にならざるをえなくなる。つまり鄭氏が党主席当選後すぐに「習氏と会うつもりだ」と言った段階で、すでに中国側のペースにはまっていたのである。

コンセンサスのない「92年コンセンサス」

結局、鄭氏は10日に無事、習氏との会談を実現し、双方は「92年コンセンサス」の堅持や「台湾独立反対」で一致したとされる。

この「92年コンセンサス」については、ウィキペディアには「中華人民共和国と中華民国(台湾)の政府間で『一つの中国』問題に関して達成したとされる合意の通称」と書かれているが、そもそもこうした合意があったのか自体疑問が提起されているようなシロモノである(詳細は2022年5月11日公開の拙稿「台湾が一方的に破ったと中国が非難する『92年コンセンサス』とは何」参照)。

1992年当時総統だった故李登輝氏は、生前何回も「『92年コンセンサス』などそもそも存在しない」と表明していた(詳細は台湾毎日新聞、2014年11月26日「李登輝:九二共識不存在,台灣與中國是特殊國與國的關係」参照)。

李氏が「コンセンサスなど存在しない」というのは、コンセンサスという言葉を正確に定義する限りでは、その通りである。「92年コンセンサス」の定義については、中国側が「1つの中国」、国民党側が「1つの中国、各自が解釈」となっており、国民党は「1つの中国とは中華民国である」との解釈をしている。しかし中国にとっては「1つの中国」=中華人民共和国なので、解釈が正反対なものを「コンセンサス」というのか?という疑問が当然出てくる。国民党の朱立倫前主席はこれについてアメリカでの講演の際、「non-consensus consensus(コンセンサスの無いコンセンサス)」だと正確な説明をしている(詳細は中央通信社、2022年6月7日「談九二共識 朱立倫:沒有共識的共識」参照)。

問題は、国民党は従来「各自が解釈」を強調していたのだが、最近は「1つの中国」の方を強調するようになっており、習鄭会談後の記者会見でも鄭氏が「各自が解釈」を明確に主張したとは表明しなかった。また鄭氏は「一国二制度は受け入れない」「台湾は香港のようにはならない」といった台湾人にとって譲れないレッドラインについても、記者会見では習氏に対して主張したとは述べていない。

上から目線のお土産

こうした鄭氏の態度に満足したのか、中国側からは12日にお土産として10項目の台湾に対する「優遇措置」が発表された(詳細は4月12日の中共中央台湾工作办公室、国务院台湾事务办公室のHP参照)。

その内容は、

★国共両党の若者によるメカニズム化された双方向交流のプラットフォーム構築

★一定の条件下で福建省から金門、馬祖の両島に水、電気、ガスを供給

★両岸の空中旅客輸送における直航便の全面回復

★台湾独立反対の政治的基礎の上で台湾産農水産物の輸入拡大に便宜

★方向が正しく、内容が健全で、制作の質が高い台湾のテレビドラマ、ドキュメンタリー、アニメの導入

★上海市と福建省住民の台湾への個人旅行再開のための実験推進

などである。筆者の見たところ、全体に小粒な感じだが、台湾のテレビドラマなどのコンテンツ開放というくだりには一定の警戒感を持った。というのは、台湾では2012年、中国へのテレビドラマ販売を目指していた三立テレビで、中国に対する歯に衣を着せない批判で知られていたキャスターの鄭弘儀氏が突然番組を降板するという「事件」があり、番組関係者が鄭氏に対してウイグル独立、チベット独立、6・4天安門事件といったテーマを番組で取り上げないよう「圧力」をかけていたという証言も出てきた。

このときは結局、中国へのテレビドラマ販売が期待外れだったせいか、三立テレビが「親中派」に鞍替えすることはなかったのだが、コンテンツ購入を餌にテレビ局などがその内容に介入されるようなことがあれば台湾にとって一大事である。

こうした点について先述のジャーナリストの盧世祥氏は、「三立テレビや民視テレビの立場が今後動揺するかは観察の必要があるが、10項目の措置は全体として小粒な“恩恵”である。日本は『台湾有事』の事件以来、中国から、観光、レアアース、水産品などの分野で報復を受けているが、台湾も全く同じ構図でこれまでパイナップル、バンレイシ、ハタ、茶、かんきつ類などの農水産品で同じように被害を受けてきており、最近の観光客の制限も含め、みな中国による政治的決定だ。

短期的には特定の産業に衝撃を与えるが、政府や業界の多角化の努力と国際協力によって中国の脅迫に対する強靭性が形成される」と述べ、中国側の考え1つですぐ取り消されかねない“恩恵”に一喜一憂しない方が良いとの見解を示した。

それでも五分、2028年総統選、頼清徳×蔣介石のひ孫

最後に習鄭会談が台湾の政治情勢に及ぼす影響だが、今年11月に行われる統一地方選挙については、地方選挙が経済問題を中心に争われることを考えると、国民党にとって若干のプラスに働く可能性はある。

ただ先述の荘豊嘉氏は、前回(2022年)の統一地方選挙で民進党が大敗していることから、今回は彰化県、宜蘭県、嘉義市の3県市で民進党が勝利する程度の民進党の「小勝」が予想され、民進党もしくは国民党・民衆党の野党連合のどちらかに大きく傾く可能性は低いと分析する。

また2028年の総統選挙については、再選を目指す民進党の頼清徳氏に挑戦する国民党の候補として、荘氏は蔣介石のひ孫に当たる蔣萬安・台北市長の可能性が高いと見る。その理由は、これまで国民党の総統候補として有力視されてきた盧秀燕氏は親米派であり、中国は鄭麗文国民党主席を通じて盧氏の総統候補への起用を阻止すべく動く可能性が高いからで、比較的中間派の色彩が強い上、イケメンで英語もうまく人気を集められそうな蔣氏なら党内のコンセンサスが得やすいというものである。

台湾人の間では蔣氏は能力がそれほど高くないとの評価も多いのだが、筆者の友人の香港人ジャーナリストは「能力が低い方がアメリカとしては扱いやすいだろう」との見解だった。中国も同様に考えている可能性があるが、その場合、蔣氏は仮に総統選挙に勝利しても、その後は米中のはざまに立たされる茨の道が待っていることになる。

ちなみに、荘氏の見立てでは、頼清徳×蔣萬安の対決となった場合、現状では形勢は五分五分だという。

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