「弟子に理解されず、殴り飛ばして…」ジャンボ尾崎、中嶋常幸を育てた《悲哀の名伯楽》後藤修の偉業をたどる
後藤修の最大のキャッチフレーズは「ジャンボと中嶋を教えた男」になります。みんな嘘だろうと言うけど、本当の話です。
しかも中嶋常幸は2回も教わっています。私は中嶋選手の話も後藤修から直接聞いていますが、いつもジャンボ尾崎と比較して言うのが笑えました。
例えば「尾崎は教えたことの7〜8割はできた、中嶋は半分だ」とね。後藤修は師匠を敬わない尾崎の性格は嫌いでしたが、尾崎の才能は凄く認めてて、実に教え甲斐があったと嬉しそうに語っていました。
【前編記事】『「NHKすら報じないゴルフ界のミステリー」ジャンボ尾崎を復活に導いた「伝説のトレーナー」なぜ歴史から“抹消”されたのか』よりつづく。
スランプに陥った中嶋常幸を復活させた
中嶋常幸もスランプになり、ジャンボ尾崎復活の噂を聞きつけ後藤門下入りします。今の時代に例えるとドジャースの矢田コーチみたいな感じですか。山本投手が、矢田コーチに教わっていますよね。それを見たムーキー・ベッツが矢田メソッドの門下生になるのに似ていますかね。
後藤修の教えは我々アマチュアにとって、レベルが高過ぎて付いていけない部分があるのですが、中嶋選手にとっては、非常に頼り甲斐のあるコーチだったようです。最終的には日本オープン連覇(1990年、1991年)の偉業を成し遂げますから。
中嶋選手の復活話は、後藤修が講談社から出した『中島常幸、改造打法の秘密』(1992年)で詳しく説明されています。気になる方は取り寄せて下さい。
そんなわけで、中嶋選手を見事復活させたのはよろしいのですが、後藤修はなんでも頭ごなしに言うから、次第に中嶋選手も疎遠になります。そんな状況で私と連載を始めたのですが、ここで元気一杯の若手編集君が、いたずら心で後藤修にけしかけます。
「先生、じゃ試合会場で中嶋選手と偶然会ったら、立ち話ぐらいはできますよね」
そんなわけで、さるトーナメントに赴き、後藤修にひと暴れしてもらうことになりました。その時尾崎選手は出てないのですが、中嶋選手を始め、誰もが知るジャンボ軍団の重鎮たちが多数試合会場に来ていました。
そしてジャンボ軍団の面々は、プレスで入った後藤修を見るや、どこぞの反社組織のオジキを見つけたような眼差しで挨拶してくるから笑えます。後藤修のゴルフ場でのオーラは半端なかったです。
まさに「プロゴルファー専門のコーチ」
やっぱり後藤修は、ジャンボ尾崎をしっかり教えていたのです。 そんな状況でいよいよ中島選手ともご対面。会ったのはほんの数秒で、中嶋選手の方から挨拶をしました。
それからいよいよトーナメント観戦となった時、なんと中嶋選手は体調不良で、その日棄権します。真意は分かりません。面倒臭そうなオヤジが来たから、休もうと思ったのかもしれませんね。
一方、元気一杯の後藤修は、教え子の鈴木亨選手を見つけて、試合中だっていうのに鈴木亨選手の真後ろに付き、我々にスイング解説をします。鈴木選手も後藤修を見つけて、帽子のツバを軽く持って挨拶するし。
今のはパワーフェードだ、調子が良さそうだとご満悦。鈴木亨プロは人間的にも素晴らしい人で、雑誌のインタビューでは、後藤修に教わったと公言しています。今の若い人には鈴木亨プロというより、NHK「クラシックTV」などに出演している、アイドルの鈴木愛理ちゃんのお父様と説明した方が早いかな。
以上尾崎将司、中嶋常幸、鈴木亨の3人が後藤修が教えたプロです。いずれもスランプの再生を行ったという点で共通しています。
まさに後藤修はプロゴルファー専門のコーチというわけです。じゃ逆にアマチュアからプロに育てたことはあるのか?実はあるんですよ。
なかなか理解されない…後藤修の「親心」
私が雑誌で一緒に連載をしていた頃、後藤修は芦花公園の練習場で後藤塾という私塾を開いていました。そこの一番下手な研修生として、私が弟子入りしたというわけです。
そこで月1回、研修会というラウンドがあるのですが、トップはスコア70台前後、しかし入門して間もない生徒は私とどっこい。こっちは後藤塾の研修生を何人倒せるかってラウンドしていましたね。私は失うものがないから良いけど、あちらは素人のアマチュアに負けるのは勘弁して欲しいと、物凄く嫌がってました。
そんな状況で、連載が終わってしばらくしたら、石垣君という研修生がプロデビューしました。それが現在のすし石垣プロ。
後藤修は教えた生徒がプロになるのを非常に喜び、電話で事細かに指示を出しました。ストレッチを毎日欠かさずやれと。これが石垣プロにとっては過干渉に思えたのか、次第にやらなくなりました。そのことを人づて聞いた後藤修は激怒し、石垣プロを小突いたとも殴ったとも? 真相は分かりませんが、それ以降は破門状態です。
後藤修からしてみれば、そんな実力では勝てないぞと言いたかったのでしょう。でもデビューしたプロから見れば、もう研修生じゃないんだからと思ったのかも。後藤修の親心はなかなか理解されません。
そんなわけでなぜ後藤修はジャンボ尾崎や中嶋常幸を教えることができたのか。いつそんなメソッドを会得したのか。次回は後藤修のゴルフ理論のルーツを探ってみます。
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