風間博子

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【後編(全2回)】

 遺体は風呂場で解体、骨は高温で粉にする……。埼玉県で1993年、愛犬家ら4人が相次いで殺害された事件で、殺人や死体損壊遺棄などで死刑が確定した関根元・死刑囚が東京拘置所で死亡してから9年あまり。「第一の殺人」が起きたのは33年前の4月20日とされている。前編では、戦後最大級の大量殺人者、関根の恐るべき殺人の手法と、家庭での素顔について報じた。後編では、関根が家庭内で行っていた恐怖支配の実態についてのA男、B子それぞれの証言をご紹介しよう。それは一般的な虐待から大きく逸脱したものだった……。ノンフィクションライター、深笛義也氏による渾身のレポートである(以下、「新潮45」2016年2月号をもとに加筆・修正しました。年齢などは執筆当時のものです)。

風間博子

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【実際の写真】死体をサイコロステーキのように刻んで… “血の海”と化した「解体現場」

「飛び降りて死ね」と言われて

 A男が中学生の時、関根は告げた。

「俺は、おまえの実の親父じゃねえ」

 ショックを受けたA男だが、ある疑問が氷解する。大人の男性の背につかまって、一緒にバイクに乗っている夢を何度も見ることがあった。それは、銀行員だった実の父親との別れの場面だったのだ。

 A男とB子への、関根の扱いの違いはさらに歴然としたものになってくる。

「私には甘い優しい父親でした。飼っていた九官鳥に『お父さん、バーカ』とか覚えさせても、怒らない。『うちの娘が』とかお客さんに話して笑ってる」

 B子はそう顧みる。そんな様子を見るA男はつらかった。

「出かける時でも、妹は関根の頭をペシペシたたきながらゲラゲラ笑ってて、関根もニコニコしてる。だけど俺がなんか言おうもんなら、すげえ怒鳴ったり、蹴っ飛ばす。だから、怖くて何も言えない」

 関根のA男への虐待は、激しさを増す。

「親の財布から金盗んで遊びに行っちゃったことがあるんです。そん時は、服をぜんぶ脱がされて外に出されて、玄関先のコンクリートの上で正座させられて、膝の上にブロック3〜4個載せられた。ホースで水もかけられた。それは何度もやられましたね。2階の部屋から引きずり出されて、階段を突き落とされたことも何度もある。荒川大橋に連れて行かれて、飛び降りて死ねって言われたこともある」

「お母さんを殴らないで」

 関根は、風間(博子・関根の妻で死刑判決が確定)にも暴力を振るっていた。母親と一緒の部屋だったB子は、そこに関根が乱入してきたことを覚えている。

「部屋に入ってきた父が母をつき飛ばして、戸棚の中の通帳なんかを持って行ってしまったんです」

 A男も、同様の場面を隣室で聞いた。

「自分が部屋で寝始めてる時、関根がお袋の部屋に行って、いきなり妹の泣き声が聞こえたと思ったら、関根の怒鳴り声がして、すごくお袋を殴ってた。『お母さんを殴らないで』って妹が叫んでる。怖くてずっと布団にくるまってました」

 風間の顔にあざができていたり、頬が腫れているのを、二人は何度も見ている。

(中略)

「逃げられないように、無理矢理……」

 関根に出会う前の風間は、東京都北区にある中央工学校で測量を学び、卒業すると熊谷市内の測量事務所に勤めた。土地家屋調査士として独立しようとしていた父親を、いずれ手伝おうと考えてのことだ。76年に銀行員と結婚するが、夫の女性問題で82年に離婚している。

 地道に暮らしてきた風間の目には、放埒(ほうらつ)で野性的な関根が、新鮮で魅力的に映ったということは想像に難くない。

 結婚すると、風間は両肩に刺青を入れる。B子はそのことを思い起こす。

「母は父を慕ってました。父の写真を持ち歩いていたほどです。父に合わせて無理してたばこを吸うようになったり、刺青も入れていました」

 A男は違った見方をする。

「慕って入れたんじゃなくて、逃げられないように、関根に無理矢理入れられた。そう、お袋から聞きました」

 関根は風間以前に、3人の女性との結婚歴がある。彼女たちにも関根は刺青を入れさせていた。関根自身も、背中にライオンの刺青を入れている。

 関根との紐帯(ちゅうたい)として入れた刺青が、しだいに風間にとって、枷鎖(かさ)のような重みを持ってきたのかもしれない。

「家族一緒は、ほとんどない」

 関根によるDVが目立つようになってからは、どんな家族だったのか。

「おうちで食卓を囲んだことっていうのが、ほぼない。記憶にあるのが1回くらい。外で食べる時は従業員さんも一緒で、話すのは仕事のことでした」

 B子の言葉に、A男も同様に語る。

「ばあちゃん(風間の母親)が来て作ってくれる食事を食べるんで、家族一緒というのは、ほとんどなかったですね」

空っぽの一等地

 DV被害者たちの体験談を読むと、別れるという結論にはなかなか至らないようだ。「私が彼を怒らすようなことをしなければ」などと、言動に気を付けて暴力を回避しようと考えるケースが多い。

 風間はアフリカケンネルを盛り上げることで、いい関係に持っていこうとしたようだ。86年には、犬の飼育・繁殖を行っていた「万吉犬舎」に事務所と従業員寮を兼ねたログハウスを建設。「万吉」は地名である。翌87年には、熊谷の中心地に、ペットショップを開店した。関根が万吉犬舎で仕事をし、風間がペットショップを切り盛りし、お互いの距離を保つこともできた。

 ペットショップは3階建て。アラスカン・マラミュートとライオンの大きな写真が掲げられ、「犬猫狼」の文字があった。目の前に八木橋デパートがあり、近辺には銀行も並ぶ。そこは今、駐車場となっている。熊谷では一等地なのに、そこだけ歯が欠けたように建物がない。

 そこから、国道407号線を荒川大橋を渡って南に2kmほど行った田畑に囲まれた地に、万吉犬舎があった。屋根には「犬猫狼」「犬はアフリカケンネル」という二つの大看板があった。犬舎は今も朽ち果てながら残っているが、窓などはほとんど破れ、建物の中は乱雑に散らかっている。ログハウスの天井のシャンデリア風の照明器具はそのままだ。

「このままでは息子は殺される」

 事件が起きる前年の92年12月、アフリカケンネルに税務調査が行われる。「離婚をして不動産名義を風間に移し、関根には県外へ出てもらい、別居したほうがいい」とのアドバイスを風間は弁護士から受ける。それを胸に秘めていた風間だが、年が明けた1月16日、それまでを超える虐待が、A男に加えられた。2階の階段の上からA男は、関根に突き飛ばされて階下の壁にぶつかる。壁板が割れた。服を脱がせて玄関先に座らせるいつもの虐待に加えて、関根はA男を木刀でたたき続けた。

 必死で止めた風間は、このままでは、いつか息子は殺されてしまう、と思い、離婚を決意したという。弁護士からのアドバイスを伝え、税金対策のために籍を抜こう、と風間は関根に提案した。

 風間は控訴審第12回公判(2004年9月15日)で語っている。

離婚を切り出すときは命懸けでした」「暴行を受けるかもしれない。しかし、ここで切り出さなければと思い、離婚届にハンを押してもらうことだけを考え、『別れてください。子供の親権は私にください』と言いました」

 課税を逃れるための偽装離婚だと信じて、関根はそれを承諾する。93年1月25日、法的な離婚が成立した。

 家を出た関根は2月からは、前年に知り合ったばかりの、X(注・共犯者として後に有罪判決を受けた男性)の家に住み始める。Xはブルドッグを飼いブリーダーを目指しており、勉強になるからと関根の運転手などを引き受けていた。群馬県片品村のXの家は、国鉄(現JR)から買った貨車2台をL字型に置き改造したもの。地元では「ポッポハウス」と呼ばれた。今は何もない原っぱに、コンクリートブロックだけが残っている。

風呂場で刻まれた遺体

 最初の殺人が起きたのは、93年4月20日。この時、関根が51歳、風間が36歳、Xが37歳である。犬の売買で関根とトラブルのあった男性が殺された。39歳だった。

 続いて7月21日には、暴力団幹部の男性が殺される。51歳だった。彼は最初の殺人に気付いて関根をゆすっていたのだった。同時にこの男性といつも一緒にいる付き人の男性も殺害される。21歳だった。

 8月26日に殺されたのは、54歳の女性。関根は彼に、法外な値段で犬を売りつけた上、偽の投資話で金を巻き上げている。

 いずれの遺体も、ポッポハウスに運ばれ、風呂場で解体された。刻まれた肉片は、近くの渓流に流される。高温で燃やされて粉になった骨は、山林に捨てられた。

 関根とのトラブルを、最初の殺人の被害者の妻は知っていて、埼玉県警行田警察署に伝えている。万吉犬舎やポッポハウスを捜査当局は監視していたが、それをかいくぐっての犯行である。関根の殺人者としてのエキスパートぶりがうかがえる。

骨片とロレックス

 遺体がほぼ消滅していることもあり、捜査は難航する。事件の翌年の秋になって、Xの妻が勤務先の建設会社から、5000万円を横領している事実を、捜査当局はつかむ。痴話げんかのもつれから発生した事件で、被害者の処罰感情も弱いものであったが、Xへの揺さぶりに使えると考え、捜査当局は妻を逮捕する。

 Xは、任意の取り調べに応じた。自分は死体を見せつけられた恐怖から、死体の運搬と解体後の遺棄を手伝っただけだ、と供述。殺人は、関根元と風間博子によるもの、と語った。Xの案内で、片品の山林から、多数の骨片、焼けた腕時計ロレックスサブマリーナが発見される。時計は最初の殺人の被害者のものであることが、製造番号から確認された。

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 そして95年1月5日、関根と風間が逮捕されるのであった。前編では、戦後最大級の大量殺人者、関根の恐るべき殺人の手法と、家庭での素顔について報じている。

深笛義也(ふかぶえ・よしなり) ノンフィクションライター
1959年東京都生まれ。「週刊新潮」に「黒い報告書」を80本以上書いてきた他、ノンフィクションも多数執筆。著書に『エロか?革命か?それが問題だ!』『女性死刑囚』『労働貴族』などがある。2017年、本記事をもとにした書き下ろし『罠』(サイゾー)を刊行した。

デイリー新潮編集部