早稲田大学法学部を卒業後、東京大学法科大学院を修了、華々しいキャリアを歩む“エリート弁護士”だった江口大和さん。2018年10月、交通事故を起こした男にうその供述をさせたとして、犯人隠避教唆の疑いで横浜地検に逮捕された。

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 江口さんは、検事から「ガキ」「お子ちゃま」などの罵詈雑言を浴びせられる57時間の取調べ、家族や友人に会えない250日間の勾留を経験。彼が実際に見聞きした“獄中”のリアルとは――。

 ここでは、江口さんの獄中メモを下敷きに、逮捕から今なお続く国家賠償訴訟の行方まで、約7年にわたる闘いをつぶさに記録したノンフィクション『取調室のハシビロコウ: 黙っていたら、壊された。 ある弁護士の二五〇日勾留記』(時事通信出版局)より一部を抜粋して紹介する。(全4回の1回目/2回目に続く)


写真はイメージ ©PantherMedia/イメージマート

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「これから、あなたを逮捕します」

 横浜地検の車に乗せられ、横浜地方検察庁分室(特別刑事部)の庁舎に着くと、川村検事の執務室へ通される。部屋の時計は夜9時をまわっていた。外はすでに暗く、窓ガラスに私の姿が映っている。現実味はなく、妙に遠く見えた。

 ほどなくして、川村検事が入ってくる。数枚の書類を手に、私に告げた。

「あなたには、犯人隠避教唆の容疑で逮捕状が出ています。これから、あなたを逮捕します」

 そして告げられた容疑は、次のようなものだった。

「被疑者(私)は、弁護士であるが、有限会社〇〇の社長Aが従業員である無免許運転者Bに車両を提供する罪を犯したことを知りながら、社長Aと共謀した上、社長Aをかばうよう運転者Bに教唆した」

 事実とはまったく異なっていた。

 私は当時、所属していた事務所のボス弁護士(ボス弁・法律事務所の経営者)の指示で、社長Aの相談に乗り、車に同乗していた従業員Cの話を書類にまとめたことがあるだけだった。代理人や弁護人として受任してもいない。弁護士費用はおろか、相談料すら受けとっていなかった。教唆や共謀など、するはずがない。

この自分が手錠をはめられる人間に…

 川村検事から何か言いたいことはあるかと問われ、私は答えた。

「容疑は事実無根です。私は、犯人隠避の教唆も共謀もしていません」

 川村検事に耳を貸す気配はなかった。はじめから結論が決まっているかのように、その後の手続を淡々と片づけてゆく。

 私は拘置所へ移されることになり、手錠をはめられた。これまでの人生で、手錠を経験したことはない。手錠をはめられた瞬間、まだプリズンの門をくぐってもいないのに、もう塀の中の住人、「中の人」になったような意識が強烈に押しよせた。

「この自分が手錠をはめられる人間になった」

 という衝撃が強く、一気に社会から切りはなされたような錯覚を覚える。手錠はただの金属ではなく、人生の転落を象徴する烙印(らくいん)のような重みをもっていた。

 手錠をかけられたまま検察庁のワゴン車に乗せられ、後部座席の真ん中に座らされる。両側には地検の職員二人が乗りこみ、脇を固めてくる。車のエンジン音に交じって、手錠の触れあう音がかすかに聴こえてくるような気がする。

たむろしていたメディア

 出発して間もなく、思いがけない出来事が起きた。

 庁舎の前には、私が逮捕されることをなぜか知っていたメディアの人たちがたむろしていて、私のいわゆる雁首(がんくび、被疑者の顔写真のこと)を撮影しようと待ちかまえていた。そこに、庁舎の自動車通用口からワゴン車が出てきたので、メディアの人たちはむらがり、一斉にカメラを向けてきた。

 そしてなんと、ワゴン車が庁舎前の交差点に差しかかったとき、目の前の信号が赤になったのだ。しかもそのとき、私の乗せられたワゴン車は、目隠しはおろか、カーテンさえ引かれていなかった。

 そして私は、信号が青になるまでの間、何の覆いもされていないワゴン車の後部座席の真ん中で、両手に手錠をはめられて動かせないまま、写真と動画を撮られつづけた。

 すさまじい体験だった。

「正面を見すえていよう」と決めていたワケ

 時間にして30秒か40秒ほどだったけれど、何分間もの長さに感じた。「コメントを!」という叫びとともに、ストロボの閃光が絶え間なく浴びせられ、ひどくまぶしい。

 けれど、ここで撮られる姿は、広く世に出まわり、後々まで残るかもしれない。もしここでうつむいたり、上半身を前に倒したりしたら、世間はきっと、

「身に覚えがあるから、顔を隠そうとしたんじゃないか」

 と思うだろう。けれど、私はやましいことはしていないし、隠したいこともない。ここは堂々と、正面を向いたままでいるべきだ。

 カメラを向けられた瞬間の決断を言葉にすれば、論理的な選択のように響くけれど、実際には反射に近かった。自分のガンクビが撮られはじめたとき、私は瞬時に、

「正面を見すえていよう」

 と決めていた。やましいことは何もなかったからだ。

妙な違和感…地検のリークか?

 交差点を抜けてメディアをふり切った後、胸の奥に残ったのは妙な違和感だった。

――平光検事が検察庁への同行を求めたのは、家族の前での逮捕を避ける配慮かと思っていた。けれど、検察庁に来てみれば、なぜかメディアが私のガンクビを撮ろうと待ちかまえていた。常識的に考えて、これは地検がリークしたと見るのが自然だ。

「家族の前ではさらし者にしないが、社会に向けてさらし者にする」

 というわけだ。メディアに報じられれば、結局家族も目にするのだから、何の違いがあるというのだろう?――

 思いかえせば、私が乗せられたワゴン車は、目隠しもされていなければ、カーテンも引かれていなかった。しかも私は、撮影しやすい後部座席の真ん中に座らされた。これでは、あらかじめ待ちうけるメディアに、私のガンクビを撮影させるための配慮をしているに等しい。

 まるで、私をさらし者にして、市中ひき回しの刑に処するような演出ではないか。検察庁みずから、被疑者にデジタル・タトゥーを刻みこむようなものだった。

「裸になったまま、陰部と肛門までチェックされた」ある日いきなり逮捕された“東大院卒のエリート弁護士”が、拘置所で味わった“想像以上の屈辱”〉へ続く

(江口 大和/Webオリジナル(外部転載))