「真面目な彼」の正体は“結婚9年目”“2人の子持ち”の既婚者だった…独身偽装に151万円の賠償命令 被害女性が訴える「自衛」の限界
既婚でありながら「独身」と偽って異性と交際する「独身偽装」。
こうしたトラブルは以前から存在したが、最近では真剣な出会いを探す独身者向けマッチングアプリでもその被害が表面化している。かつては「騙された自分が悪い」などと被害者が泣き寝入りしていたケースもあったと考えられるが、近年では、全国の裁判所で訴えが相次ぎ、主に被害に遭った女性が「貞操権侵害」を訴え、賠償金が認められる裁判例も出てきている。
被害者の一人、マイコさん(仮名)も、卑劣な独身偽装に立ち向かい、民事裁判で勝訴を勝ち取った一人だ。(ライター・渋井哲也)
交際前の徹底したチェックも…2023年5月、外資系企業に勤めるマイコさんは、マッチングアプリでパートナー探しを始めた。プロフィールに「真面目なお付き合い希望」「既婚者・彼女持ちはお断り」と記し、不倫や遊びの関係をはっきりと拒絶する意思を示していた。
「私は結婚歴もあり、大病を経験した後でしたので、差し迫って婚活をしていたわけではないんです。ただ、真面目にお付き合いした結果、お互いの気持ちが一致すれば、その先を考えようと思っていました」
関西出身で、仕事にも真剣に取り組んでいたマイコさんは、知的で、ユーモアが通じ、会話のテンポが合う人との出会いを求めていた。そこでマッチングしたのが、誰もが聞いたことのある大手広告代理店に勤める男性だった。
実際に会うまでの3週間ほど、メッセージ上でも次のようなやりとりをして、マイコさんは「既婚者や遊び目的ではないかチェック」していたという。
男性「社内で口説かれることはないの?」
マイコ「社内は既婚者ばかり。私は既婚者の都合のいい不倫相手にされるのは嫌」
男性「それはされる側はメリットないですよね」
マイコ「(もし既婚者が口説いてきたら)その人の人生終わらせるつもりで動くと公言しています。実際、迫ってきてクビになった(既婚の)男の子いますw」
男性「そらあかんですね」
「社内で既婚者の男性にしつこく口説かれたことがあって、結局その人を退職に追い込んだ話をわざとしたんです。既婚者なら普通はめんどくさいと思うはずですし、もし彼にやましいことがあるなら、これ以上アプローチされることはないだろう、と。でも彼はとまどう様子もなかった。
それに不倫している人を気持ち悪いと思っていることを伝えた時も、同調してきました。彼はその上で本名や職場を明かしてきました」(マイコさん)
巧妙に演じられた「独身生活」2023年6月ごろ、2人は実際に会い、ほどなく交際が始まった。LINEでは、毎日朝から晩まで絶え間なく会話を交わした。
この頃、マイコさんが結婚歴や女性を妊娠させた経験を確認すると、結婚歴もなく、子どもはいないとはっきり言ったという。さらに「とっとと結婚しとけばよかった」と独身を強調。実家の場所や家族構成も詳細に話していたため、マイコさんも独身と疑わなかった。
「彼の住まいから私の家まで電車で約2時間かかりますが、多いときで週に3回も会いに来ました。突然の宿泊や長期旅行にも行きました。土日に会えないということもなく、常に私に一途な姿勢を見せてきました。
他の男性と食事するだけで嫉妬されるので、私は男友達との予定も全てキャンセルさせられたほどです」(マイコさん)
男性は、平日の日中もマイコさんを優先し、マイコさんの傍らでリモートワークや会議を行うほどだったという。この頃発言していた「家を買ったら一緒に住もう」「ウェディングドレス姿が見たい」「一緒に楽しく長生きしよう」などの発言は、後に判決文にも引用された。
しかしまだ男性が「独身偽装」していることを知る由もないマイコさんは、「この人となら一緒に暮らしてもいいかな」と、結婚や子どもについて久しぶりに考えるようになっていた。
突然の連絡ブロック…マイコさんの期待が打ち破られたのは、2023年10月だった。
毎月恒例になっていた旅行を目前に、男性がSNSやメールなどすべての連絡手段をブロックしたのだ。混乱したマイコさんは、悩んだ末に探偵に調査を依頼した。するとその結果、判明したのは男性が既婚者であり、2人の子どもがいるという事実だった。
連絡が取れなくなったのは、男が隠し持っていたマイコさんとの動画を妻に発見されたことが原因だった。
マイコさんは男性と交渉を開始したが、男性は即座に弁護士を立てた。
「私はまず彼自身の口から謝罪や説明がほしかった。それなのに、弁護士経由で『身元を明かしていない』『真剣交際ではないから不法行為に当たらない』とか、事実無根の主張をされた」(マイコさん)
マイコさんも弁護士を立て、当初は400万円を請求し、早期支払いで200万円という示談条件を出した。しかし男性側は、謝罪もせず20万円以上は払わないと主張した。このことからマイコさんは「貞操権侵害や性的自己決定権の侵害」を理由に、東京地方裁判所に提訴した。
「恋愛ごっこがしたかった」司法の判断は?裁判で男性は「結婚9年目を迎えて、非日常の恋愛ごっこがしたかった」「(マイコさんの)プロフィール欄には『真剣交際』というワードがあったと記憶していますが、それは、あくまでも枕詞のようなもので、全体的には、自分のように遊び相手ほしさに登録していると思いました」「(マイコさんとは)あくまでも遊びの関係だと思っていた」などと陳述。悪意がないことを強調した。
判決前に和解の可能性もあったが、男性の妻も介入し、交渉が決裂。
2025年12月、東京地裁は「客観的に婚姻を見据えた交際である」とした上で、「既婚者であることを意図的に秘して性行為を繰り返したことは、(マイコさんの)貞操権を侵害した」と認め、男性に約151万円の損害賠償を命じた。
この判決はテレビや新聞を含め、全国で広く報道され、反響を呼んだ。
マイコさんは現在「独身偽装被害者の会」を設立し、被害者からの相談を受け付けているほか、ロビー活動を通じて政治家らに法規制の必要性を訴えている。
「性的自己決定権は男女ともに等しく保護されるべき権利ですが、独身偽装の被害者はほぼ女性です。女性の場合、性的な搾取の対象にされやすく、妊娠のリスクも負います。子どもを作って逃げる男性もいますし、妊娠可能年齢が限られていることを考えると、男性と比較して損害の程度は極めて大きいと思います。
しかし、現在は刑事罰もなく、民事訴訟の慰謝料程度ではたいした抑止になりません。繰り返す加害者も多いです。私たちは法整備を呼び掛けていますが、実現までは女性の“自衛”に頼らざるを得ない状況にあります」(マイコさん)
被害者から相談を受けてきた経験をもとに、マイコさんは“独身偽装”者の共通点をこのように分析する。
「まさか既婚者とは思えない言動をします。真面目そうで朴訥、仕事熱心。世間一般の“遊んでいる男”のイメージとは全く違う。一方で、承認欲、独占欲、支配欲が強く、性風俗などには行かず、真面目で純粋な女性をターゲットにする傾向があります。少しでも違和感が生じた場合は『独身証明書(※)』を求めると良いと思います」
※正式名称は「婚姻要件具備証明書」。本籍地の市区町村役場などで取得できる。
一方で、マイコさんは「社会が被害者の自衛に任せるのはいけない」とも語る。
「独身偽装という加害を“既婚者の遊びの一環”として許すような風潮は絶対に変えて行かなければならないと思います」
■渋井哲也
栃木県生まれ。長野日報の記者を経て、フリーに。主な取材分野は、子ども・若者の生きづらさ。依存症、少年事件。教育問題など。
