「いつまでいるつもり…?」明日は始業式だが、帰る気配ゼロの41歳娘と10歳孫。大量に届く〈宛先:実家・差出人:同上〉の段ボール…年金月24万円・70代夫婦の“幸せな老後”が終幕、長女からの「絶句ものの告白」
離婚や経済不安を背景に、現役世代が親と同居するケースは年々増加しています。限られた年金収入で世帯全体の支出を賄おうとすれば、老後資金の底打ちは時間の問題となります。大切なのは、家族の情に流されるのではなく、公的な支援制度を最大限に活用し、世帯全体の収支を再設計することです。本記事では70代夫婦の事例から、家計における線引きの重要性について、波多FP事務所の代表ファイナンシャルプランナー・波多勇気氏が解説します。※紹介する事例は、相談者より許可を得て、プライバシー保護の観点から相談者の個人情報および相談内容を一部変更して記事化しています。
春休みに帰省した娘と孫
神奈川県の郊外に暮らす正雄さん(仮名/73歳)と妻の和子さん(71歳・仮名)は、長年連れ添った仲睦まじい夫婦です。正雄さんは大手メーカーを60歳で定年退職し、その後は再雇用として65歳まで勤めました。和子さんもパート勤めを68歳で終えました。現在の二人の主な収入は公的年金で、正雄さんの厚生年金が月額約17万円、和子さんの国民年金と厚生年金の合算が約7万円。世帯の年金月額は約24万円です。
住宅ローンは60代前半で完済しており、固定資産税や光熱費、食費、医療費などの月々の支出はおおよそ21万円。毎月約3万円が手元に残る計算で、決して余裕があるわけではないものの、夫婦二人暮らしであれば穏やかに回っていました。
「朝はお父さんが淹れたコーヒーを飲んで、昼は私の手料理を食べて。午後は散歩に出かけるか、お互い好きなことをする。それが私たちのリズムだったんです」
和子さんはそう語ります。正雄さんは月に一度、碁会所へ通うのがささやかな贅沢。年に一度は近場の温泉に一泊旅行をする。「小さな幸せ」を積み重ねた日々が、吉田夫妻にとっての理想の老後でした。
その日常が一変したのは、昨年の春のことです。
長女の美穂さん(仮名/41歳)が、10歳の娘を連れて帰省してきました。久しぶりの孫の笑顔に頬を緩ませた和子さんは、張り切って食事を用意。正雄さんも孫を連れて近所の公園へ出かけるなど、二人にとっては嬉しい春のひとときでした。
しかし、4月に差しかかっても、美穂さんは一向に帰る気配をみせません。それどころか、宅配便で届く段ボールが一つ、また一つと増えていきます。段ボールには宛先にこの家の住所が書かれており、差出人は「同上」とあります。リビングには孫の衣類やゲーム機が散らばり、和子さんが片づけても翌日にはまた散らかり……。玄関の靴箱には、見覚えのないスニーカーが3足も並んでいました。
「ちょっとお金が厳しくて」から始まった、終わりなき同居
正雄さんが「美穂、そろそろ帰らないのか。明日には、もう始業式だろう」と尋ねると、美穂さんはしばらく黙ったあと、小さな声でこういいました。
「……実は、マンションの家賃が払えなくなって。もう引き払ってきた。この近くの小学校への転入手続きは済ませてきたの」
正雄さんも和子さんも、その場で言葉を失いました。
美穂さんは3年前に離婚しています。心配していた正雄さんらはたびたび電話で近況を聞いていましたが、美穂さんは「大丈夫、なんとかやっている」と繰り返すばかり。経済状況の詳しい話は避けていました。ふたを開けてみれば、元夫からの養育費は月3万円。美穂さん自身はパート勤めで手取りが月12万円ほどでしたが、都内の1DKマンションの家賃7万5,000円に食費、学童保育費、通信費などを合わせると、毎月赤字が膨らんでいたのです。クレジットカードのリボ払い残高は約80万円に達していました。
「お父さん、お母さん、しばらくここに置いてほしい。娘のこともあるし、立て直すまでだけだから」
こう頭を下げる娘を、正雄さんも和子さんも追い返すことはできませんでした。
現在、日本では「実家依存」という現象が静かに広がっています。厚生労働省の令和3年度全国ひとり親世帯等調査によれば、母子世帯のうち親と同居している割合は約3割以上にのぼり、離婚や経済的困窮をきっかけに実家へ戻るケースは決して珍しくありません。一方、令和5年総務省の家計調査によれば、65歳以上の夫婦のみ無職世帯における実収入は、月額約25万円前後。税や社会保険料を差し引いた可処分所得は約21万円から23万円程度です。吉田夫妻の年金月額24万円は、まさにこの平均的な実収入のラインに位置しています。
ファイナンシャルプランナーとして申し上げるならば、月24万円の年金収入で夫婦二人が暮らす場合の収支はほぼ均衡しますが、ここに現役世代の大人一人と子ども一人が加わると、食費だけで月2万円から3万円の増加は避けられません。光熱費の上昇、消耗品の増加、さらに孫の学用品や被服費まで含めると、月あたりの支出増は6万円から8万円にのぼることも珍しくないのです。
吉田夫妻の場合、月3万円あった余剰分はたちまち消え、貯蓄を取り崩す月が続くようになりました。正雄さんの退職金は約1,800万円ありましたが、その大半を住宅ローンの繰上げ返済に充てたため、73歳の現在、手元に残った老後資金は約800万円。貯金が月に5万円ずつ減っていくのをみるたびに、和子さんは眠れない夜が増えたといいます。
「孫はかわいい。娘だって困っている。でも、このままでは私たちの老後が先になくなってしまう」
和子さんのこの言葉は、同じ状況に置かれた多くの高齢世帯の本音ではないでしょうか。
「助けること」と「共倒れ」の境界線を引くために
筆者のもとにも、吉田夫妻のような相談は年々増えています。親の愛情と経済的合理性が真正面から衝突するこの問題に、簡単な正解はありません。しかし、ファイナンシャルプランナーとしてお伝えできることは明確です。「感情」と「家計」をわけて考えることが、家族を守る第一歩だということです。
まず、美穂さんのような状況にある方に必要なのは、家計の棚卸しです。収入と支出を可視化し、リボ払いの残高80万円については銀行系の低金利ローンへの借り換えを検討するか、自治体の多重債務相談窓口で任意整理などの選択肢も含めて専門家に相談し、金利負担を軽減する手立てを講じるべきです。加えて、児童扶養手当や就学援助制度、ひとり親向けの住宅支援など、行政の制度を最大限に活用することで、月に数万円単位での改善は十分に可能です。
次に、吉田夫妻の側にも「線引き」が求められます。同居を続けるのであれば、美穂さんに月5万円でもいいから生活費を入れてもらうこと。金額の多寡よりも、「自分も家計を支えている」という意識を持たせることが重要です。正雄さんは当初これを言い出せずにいましたが、筆者との面談の中でこう話してくれました。
「お金の話は娘にしにくい。でも、このままなにもいわなかったら、俺たちの介護費用がなくなる。それは美穂や孫にも迷惑をかけることになるんだよな」
まさにそのとおりです。親が自分自身の老後資金を守ることは、冷たいことではありません。むしろ、将来の介護や医療で子供に経済的負担をかけないためにも不可欠な判断です。
吉田夫妻のケースでは、美穂さんが正社員もしくは契約社員としてフルタイム勤務へ切り替え、月の手取りを18万円程度まで引き上げることを目標に据えました。あわせて児童扶養手当の申請を行うこと、そして1年以内に近隣の公営住宅への転居を目指すことを軸に、具体的な再建プランを作成しました。また、美穂さんには毎月5万円を生活費として家計に入れてもらい、吉田夫妻の貯蓄の取り崩しをゼロに戻すことを当面の目標としました。
家族を助けたいという気持ちは、なにも間違っていません。ただ、それが仕組みを伴わない「なんとなくの同居」になったとき、助け合いは共倒れに変わります。年金生活の親と経済的に困窮した子供。この構図は今や特別な話ではなく、多くの家庭で起こりうる「静かな危機」です。だからこそ、期限を決め、数字で語り、制度を使う。家族の情に流されず、かといって情を捨てるのでもなく、冷静に道筋をつけること。それが、家族全員を守る唯一の方法なのです。
波多 勇気
波多FP事務所 代表
ファイナンシャルプランナー
