桜蔭・京大卒で「無職」。24歳女性が直面した“意外な弱点”「実家暮らしの時のようにはいかなかった」
◆昔から勉強を苦にしたことはない
片栗:そうですね、昔から勉強を苦にしたことはないかもしれません。というのも、父が塾講師で、非常に教育熱心だったんですね。また、母は地元で最難関の高校に行ったにもかかわらずさまざまな事情で大学進学を断念した経緯がありました。そんなわけで、母もまた教育には理解があったと思います。幼稚園の頃からパズル、漢字ドリル、計算ドリルをやっていた記憶があります。やらされていたというよりも、日常のルーティーンに組み込まれていて。できるようになると楽しいからまたやる――というような好循環ですよね。ただ、その父も私が3歳のときに病気で亡くなってしまうのですが。
――それはショックですよね。お父様との思い出は何かありますか。
片栗:しょうもないことしか覚えてないんですよね。ビデオを見ながら私が踊っていたら、父が入ってきたのですが、それを追い出したりとか(笑)。あ、でも私の誕生日が1日なので、毎月1日になると、父が必ずケーキを買ってきてくれるのは覚えていますね。
◆経済的に不自由した記憶がない
――大切な思い出だと思います。その後、お父様がいなくなると経済的にも苦しくなるのかなと思うのですが……。
片栗:それが、ありがたいことに経済的に不自由した記憶がないんです。というのも、父の死後、私と母は祖母と一緒に住むことになりました。比較的経済的に恵まれていた祖母から援助してもらい、また母自身も働きに出てはいなかったものの株式投資などで少額を貯めていたようで。小学校は私立に進学することができました。
――私立の小学校! レベルが高い子が多そうです。
片栗:高いですね、灘や筑駒(筑波大附属駒場)に行く子もいたので、彼らの神童エピソードに比べると、本当に私は平凡です。彼らは小学生で微分積分を楽にやっていたので……。だから、私が「勉強は好きだしできる方だけれど、すごくできるわけじゃない」と思って生きてきたし、今も思っています。
◆桜蔭入学時は「学年で真ん中くらいの成績」
――超難関校に入学する子の場合、小さいときからの変人エピソードを聞くことが多いですが、片栗さんはどうですか。
片栗:小学校時代はそんなに勉強に集中していたわけでもなくて、いつもノートの端っこに絵を描いているような子でした。それでも試験では9割を切らないし、小学校でも学年で1、2番争いを演じていたので、確かに素質がなくはなかったかもしれません。
でもそんな飛び抜けたエピソードもなくて……ただ少々変わった子ではあったみたいですよ。母に聞くと、たとえばディズニーの本を読んでいて「ミッキーどこ?」と聞くと、表紙などにデカデカ描いてあるミッキーを指差すことはなくて、奥付にちょこっと描いてある小さいミッキーの形を指さしたりしていたようです。
――着眼点が変わってますね。そんな片栗さんも桜蔭に入学すると、やはり周囲のレベルの高さに驚くものですか。
片栗:そうですね、レベルはとても高かったです。基本的にみんな各学校で浮いてたような子たちばかりなので、他校にありがちな校内のヒエラルキーとか深刻ないじめがあまりないのが特徴かもしれません。入学したときは自分の好きな教科しか勉強していなかったので、学年でも真ん中くらいだったと思います。

