トヨタと高市政権が「謎の急接近」…総選挙直前に”社長電撃交代”が行われた「本当の目的」とは
これまで、時の総理が一企業のトップと個人的に親交を深めるのは稀だった。政治と経済の間で一定の距離感を大切にし、連携することこそあれ、接近しすぎることは、むしろ避ける傾向にあった。しかし、与党・自民党が史上空前の議席を得たいま、そうした風潮に変化が起きている。
いま産業界の一部で「高市早苗総理が最もよく相談する『ブレーン』のひとりが豊田章男氏だ」と言われているのだ。筆者が確認できた範囲では'25年11月19日に日本自動車会議所会長として、12月15日には「自動車産業の実情を説明するため」として、いずれも首相官邸で会っている。これ以外にも頻繁にやり取りしているという。
高市氏と豊田氏「ふたりの共通点」は
高市氏と豊田氏の関係が良好な理由について、「まずは馬が合うというのが大きな理由ではないか」と、ある官僚は見ている。
高市氏については「自分に擦り寄ってくるタイプを嫌う。『高市応援団』と称して近づいてくる保守系言論人のことをあまり快く思っていない」(政治部記者)との評判がある。一方で、「本当に信頼している人や、苦労して努力している人に対しては総理自身が細やかに気配りをしている」(自民党中堅代議士)とされる。
豊田氏にも、これと似た一面があると筆者は感じる。トヨタの財力などをあてにして近づくと、豊田氏は「うちは財布ではない」と言って突き放すが、経営トップとして、本社にいる優秀なホワイトカラーよりも、工場などの現場で汗を流す人材の存在を重視し、温かい言葉をかけることを忘れない。
そして何よりも「クルマ好き」という点が共通項だ。豊田氏自身がレーサーの資格を持ち、自らがハンドルを握ってレースに参加していることはよく知られているが、高市氏も初めて買った車がトヨタのスポーツカー「スープラ」で22年間乗ったという。「とんがったクルマ」が好きだそうだ。
類は友を呼んだのかもしれない。こうした気質的な面に加え、両者を支える組織体制の変化も、高市氏と豊田氏を近づける追い風になっている、と筆者は見る。高市政権は安倍政権と同様に、自動車産業を管轄する経済産業省の官僚が官邸を支えている。首相秘書官には同省前事務次官の飯田祐二氏、同省製造産業局前審議官の香山弘文氏が就き、トヨタの情報が官邸に入りやすくなっている。
なぜ社長交代は総選挙直前に行われたのか
また、トヨタは数年前までは、強面な広報渉外体制により、自社の意向を押し付ける傾向が強く、霞が関や永田町の一部界隈では不興を買っていた。しかし、最近は社外の批判的な意見にも耳を傾ける「広聴機能」を再強化しているようだ。
こうしたトヨタの姿勢の変化も、政権とのコミュニケーションを円滑に進められるようになった一因だろう。
社長交代の発表日が、総選挙の投開票日2日前の2月6日だった点も興味深い。この日、トヨタは4月1日付で佐藤恒治社長が副会長に就き、後任には近健太執行役員・最高財務責任者(CFO)が昇格する人事を発表した。
社長人事発表の2月6日の時点で、各種世論調査などから自民党の勝利が確実な情勢となり、高市首相の続投が事実上確定していた。筆者の推測だが、この社長人事発表には、高市政権を「重点投資対象17分野」などの面で支えるとのメッセージが含まれていたのではないか。
実際、高市氏は2月20日、衆参両院で就任後初の施政方針演説を行った中で、こんなメッセージを発した。
「政府が一歩前に出て、官民が手を取り合って重要な社会課題の解決を目指す新たな産業政策が大きな潮流となり、各国政府は、大規模かつ長期的な財政支出を伴う産業政策を展開しています」
官民が手を取り合う。ここに、トヨタが積極的にコミットしようとしているのだ。これは、単に財界を代表する企業として政権・与党に協力するといった、これまでのレベルの動きとは違う。高市政権と一体化して、日本経済の成長、競争力の強化に尽力するということを意味するのではないか。
前社長・佐藤氏は新設ポスト「CIO」に
社長交代の記者会見で佐藤氏は「まだ3年だが、もう3年。かつての時間軸とは違う」などと述べた。エンジンの技術者だった佐藤氏は'23年4月に社長に就任した。これまでのトヨタの社長や大企業の社長の在任期間からすれば3年は短い。しかし、時代の流れが速く、社会が大きく変化している局面では、「フォーメーションチェンジが必要」との見解も示した。
トヨタは、「トランプ関税」の影響により1兆4500億円もの減益要因が発生したものの、'26年3月期決算では3兆8000億円の営業利益を計上する見通し。売上高営業利益率は7・6%と、業界では断トツの「稼ぐ力」を誇る。しかし、今後、無人運転の「ロボットカー」のような自動運転などへの領域に莫大な投資が必要にもなっている。
こうした局面では、さらに稼ぐ力を磨いて、そこから新たな技術へ投資する資金を捻出しなければならない。このためには経理部門の経験が長い近氏の方が舵取り役として適任と判断されたのであろう。
ここまではトヨタの社内事情と言えるが、同社が高市政権を支援していくことと大きく関わっているのが、佐藤氏が新設ポストの「最高産業責任者(CIO)」に就くという点だ。
CIOとは聞き慣れない役職だが、自動車産業のみならず、日本企業の競争力向上に寄与するために産業間連携を推進したり、それに関連した政策提言を行ったりするミッションを負っているという。
佐藤氏は現在、日本自動車工業会会長、日本経団連副会長を務めている。ここでの仕事自体が日本の産業競争力強化を進める役目を担っているが、その任務にさらに注力すると同時に、トヨタ独自でも色々な施策を仕掛けていくと見られる。
「これからトヨタのバッジは邪魔になる」
筆者が驚いたのは、佐藤氏は6月の株主総会で取締役も退任するという点だ。これについて氏はこう説明した。
「これからやろうとすることにトヨタのバッジは邪魔になる。自動車産業も国内メーカー同士が鍔迫り合いしている状況ではないし、総論賛成、各論各社の動きを打破する必要がある」
これからの動きが、トヨタへの利益誘導と見られないように取締役も退任するということだ。業界のため、日本のためと動いても、トヨタの取締役の肩書があるかぎり、結局はトヨタに利するために動いているとしか受け止められないことを考慮した上での判断だろう。
こうしたトヨタの動きに対して、財界に詳しいある記者は「トヨタの取締役という立場を外れて財界活動をすれば、その活動自体が軽んじられる可能性があるうえ、こうした前例を作れば、財界団体の重みがいま以上になくなってしまうのではないか」とも指摘する。
たしかにそうした懸念は否定できない。ただ、佐藤氏が取締役を外れても、トヨタは企業として佐藤氏の動きを全面的にサポートするだろう。
そもそも、今回のCIO就任にはトヨタの最高権力者である豊田章男会長の意向が大きく関わっていると見られるからだ。記者会見で佐藤氏はこんなエピソードも紹介した。「今回の人事について豊田会長のスコープはシンプルで、『大きな軸は日本をよくすることに役立ちたいということだ』と言っていました」
【後編記事】『「もうトヨタにしか頼れない」高市総理が豊田章男会長に意見を求めるワケ…両者が手を組む「メリットとリスク」』へつづく。
井上久男(いのうえ・ひさお)/'64年生まれ。大手電機メーカーを経て朝日新聞社に入社。経済部で自動車産業などを担当し、'04年に独立。『日産vs.ゴーン 支配と暗闘の20年』ほか
「週刊現代」2026年3月16日号より
【つづきを読む】「もうトヨタにしか頼れない」高市総理が豊田章男会長に意見を求めるワケ…両者が手を組む「メリットとリスク」
