『テミスの不確かな法廷』写真提供=NHK

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「裁判官のほとんどが箱の中に閉じこもっている。世間というものを知らない。自分たちから遠ざけているようにさえ見える」

参考:恒松祐里、『テミスの不確かな法廷』の役作りを語る 「常に堅物でいようと心がけていました」

 一つひとつの事件に深入りせず、提出された証拠に基づき合理的かつ迅速に判断を下す。『テミスの不確かな法廷』(NHK総合)第5話では、執行官の津村(市川実日子)に「ザ・箱の中の裁判官」と痛烈に批判された落合(恒松祐里)が大きな一歩を踏み出した。

 強制立ち退きを催告するため、ベトナム人・グエン(ジュリウス)のアパートを訪れた津村。大家とグエンの主張が食い違う中、職員たちは寝室に隠れていた正体不明の少女(石田莉子)を発見する。津村はグエンが未成年を誘拐し、自宅に監禁していた可能性もあるとみて、警察に通報しようとしたところ、グエンに刺されて大怪我を負ってしまうのだった。

 グエンは半年前にも勤め先の同僚と口論の末に傷害事件を起こし、罰金刑を受けていた。大家はそんなグエンを疎ましく思っていたが、入居者に前科があることを理由に立ち退きを強制することは不可能に近い。そこで、ペットの無断飼育や騒音トラブルなどの理由をでっちあげ、グエンを追い出そうとしていた。執行官は原則として裁判官の命令に従わなければならず、いわば双方は不可分の関係。津村は、事実確認をせず、形式的に処理をした落合の職務怠慢を指摘するが、落合は落合で傷害事件に発展した責任は、注意を怠った津村にあると主張し、真っ向から対立する。

 一方、津村を刺した後、少女を連れて逃げていたグエンが警察に確保される。すみやかに最初の公判が安堂(松山ケンイチ)、落合、門倉(遠藤憲一)による合議制で行われることになるが、その時点ではまだわかっていないことが多かった。グエンの弁護を担当する小野崎(鳴海唯)に隠れた真実への探究心を刺激された安堂は、津村や古川(山崎樹範)を巻き込み、グエンの犯行動機や、少女の正体および2人の関係を探ることに。

 裁判官の訴訟指揮のスタイルは、大きく2つに分けられる。第5話の副題にもなっている、弁護人や検察が出した書類を重視する「書証主義」と、被害者や原告の尋問を重視する「人証主義」だ。落合は前者で、安堂は後者。一つひとつの事件に時間をかけて向き合うあまり、仕事が山積みになってしまう安堂を落合は「マイペースすぎる」と批判するが、相手に有無を言わせず、自分の主張を押し通そうとする落合も大概マイペースだ。書証主義と人証主義に、どちらが良いor悪いの優劣はない。それぞれにメリットとデメリットがあってバランスが求められるが、安堂も落合も偏っており、対照的なようで実は似たもの同士とも言える。

 ただ一点違うとすれば、違和感や不可解な点に出会ったときに、立ち止まれるか否かではないだろうか。落合には、立ち止まれない理由があった。日本国内で年間に行われる裁判は、公判を開かず、書面審理のみで被告人に刑罰が下される略式裁判を含めると数百件にも及ぶ。ゆえに裁判官には迅速に事件を処理することが求められ、その数が出世に影響すると言われている。映画化決定で話題となっているNHK連続テレビ小説『虎に翼』は、圧倒的男性社会だった法曹界に飛び込み、日本史上初の女性弁護士となった三淵嘉子氏をモデルにしたストーリーだった。彼女をはじめとする先人たちの努力によって女性法曹の道は開かれたものの、今なお女性には組織内での昇進を妨げるガラスの天井が存在する。その天井を突き破るためにも、落合には立ち止まっている暇などなかったのだろう。

 しかし、少女が保護先の児童相談所から姿を消し、落合は裁判官の職務を逸脱する行為だと思いながらも探しにいかずにはいられなかった。自らの判断によって、一つの命が失われてしまうかもしれない。そのような状況になって初めて、彼女はわからないことをわかろうと箱の中から飛び出したのだ。無事に少女を保護した落合は黙秘を貫く彼女を説得し、真実を明らかにする。

 少女の本当の名前は、来生春。母親が出生届を出さず、無戸籍の状態になっていた彼女は学校に行くこともなく、認知症を患った祖母の介護を一人で背負わされていた。とうとう耐えきれずに家から逃げ出そうとしたところ、それを阻止しようとする母親と揉み合いになり、突き飛ばした拍子に母親は頭を打って死亡。自らも命を絶とうとしていた春をグエンは助け、そのまま自宅で保護していたのだ。

 グエンにベトナム語で春を意味するスワンという名前を与えられた彼女は、まさに生まれ変わったような感覚だったのではないだろうか。グエンに字を教わり、ノートにやりたいことを書き溜めていた春。勉強することはおろか、お腹いっぱいになって、ぐっすり眠ることも彼女にとっては初めてだった。一つひとつ尊厳を取り戻すたびに元気になっていく彼女の姿を見て、グエンは「救われた」と法廷で話す。グエンは重い病気を抱えた妹の治療費を稼ぐために就労ビザを取得し、日本へやってきたが、その妹はすでに亡くなっていた。妹を助けられなかった代わりに春を救うことで、満たされたい心があったのかもしれない。

 虐待の連鎖、無戸籍問題、ヤングケアラーなど、この事件には多くの問題が絡んでいる。グエンが日本で孤立していたのは、外国人差別も関係しているのだろう。グエンと同郷の仲間から「日本人、私たちに冷たい」と言われた安堂がこぼした「同じ地球人なのに」という言葉が印象的だった。発達障害ゆえに社会に馴染めない安堂は自分を「宇宙人」と称するが、春とグエンも同じ気持ちだったのではないだろうか。社会に存在しないことにされていた春と、どこにも居場所がなかったグエン。2人は国籍や年齢、性別などの違いを超えて、互いを支え合い、心と心で通じ合っていた。

 グエンには懲役1年6カ月、執行猶予なしの判決が下される。もし落合があの時、普段通りの歩みを止めなければ、箱の中から出なければ、春が命を絶ち、真実は闇の中に葬られて、もっと重い罪になっていたかもしれない。グエンは出所後、強制送還となるが、グエンも春も生きている。どんなに困難でも、生きている限りはまた会える。その事実がどれほど2人を救うだろう。生きて、必ずグエンに会いにいくと誓った春に、落合は「これからも辛い現実に直面することはあるかと思います。その時は『助けて』と声をあげてください」という言葉を送った。

 インターネットの普及と交通網の発達により、どこへでも行ける時代になったにもかかわらず、私たちが囚われている箱はどんどん小さくなっているように思える。特に厄介なのは、スマホという大きいようで小さい箱。そこには有名人のスキャンダル、いじめの動画、外国人観光客によるマナー違反を訴える投稿など、絶えず色んな情報が届く。その出来事の原因や背景には、今回のように様々な事情や問題が絡み合っているかもしれない。だけど、あまりに次々と情報が届くものだから、それを早く自分の中で処理しようとして、安易に善悪の判断を下し、正義を盾に誰かを攻撃する、あるいは真偽を確かめずに二次拡散しがちだ。そのことが誰かの人生を大きく変えてしまうかもしれないことに対して、私たちは鈍感になりすぎているのかもしれない。最悪の場合、誰かの命が消えてしまっても、「自分のせいじゃない」と思い込むことで前に進む。

 「冷静、それとも冷酷?」という津村から落合への問いは、そんな私たち一人ひとりに向けられたものでもあるように感じた。自分の箱に届いた情報が本当に正しいのか、別の真実が隠されていないか。立ち止まって考え、場合によっては箱の中から飛び出して、自分がわかっていないことに手を伸ばす。それがもしかしたら、誰かのSOSに気づくきっかけになるかもしれないから。

(文=苫とり子)