元区議が語る、4億2000万円強奪事件が発生した台東区は本当に「治安の悪い街」なのか…?

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「刑法犯遭遇率」ランキング23区ワースト4

4億2000万円もの巨額強奪事件が東京都台東区で発生した。しかも事件現場となった東上野は、私が暮らしている地域である。

金額の大きさも相まって、この事件は地域住民にも大きな衝撃を与えた。

事件の速報に触れたとき、驚きと同時に、

「今回の現場も、また台東区か‼」

という言葉が頭を過った……。

台東区は、’24年に発生した宝島さん夫婦殺害事件や、今年に入って報じられた歌舞伎俳優・中村鶴松をめぐる事件などの際にも、報道の中で

「台東区の――」

という枕詞とともに語られ、しばしば「治安の悪い街」というイメージで括られてきた。

警備会社の『ALSOK』が’25年12月26日に発表した『東京都治安ランキング2025』をみると、台東区は住民何人あたり1件の刑法犯罪が発生しているかという「刑法犯遭遇率」のランキングで、23区中ワースト4位になっている。

都内23区の中で最も面積が小さい、わずか約10平方キロメートルの台東区。その街が、なぜか数字以上に「危険」なイメージを背負わされていると思うのは私だけだろうか。

歴史を振り返れば、台東区は江戸時代から都市の“周縁”を引き受けてきた地域だった。

昨年の大河ドラマの舞台ともなった吉原遊郭、寛永寺や浅草寺をはじめとする神社仏閣、著名人が眠る墓地、歌舞伎の中心地であった猿若町。人が集まり、流動し、時に混乱が生じる場所でもあった。

戦後になると、その傾向はさらに顕著になる。

防犯カメラ設置費用補助金は他区の倍額

上野や不忍池周辺には闇市が立ち、復員兵や引き揚げ者、外国人、職を失った人々が集中した。警察力も十分とはいえず、在留外国人と日本人ヤクザとの暴力的な衝突が頻発した時代が確かに存在した。

この戦後の混乱期の記憶が、

「台東区=危険」

というイメージの原形となったのではないだろうか。

そして、その記憶は時代が変わっても更新されにくい「物語」として、現在まで残り続けている。

一方で、今の台東区はどうだろうか。

北の玄関口である上野駅。東京国立博物館や世界遺産・国立西洋美術館、パンダで知られる上野動物園など文化ゾーンを擁する上野恩賜公園。年間およそ4000万人が訪れる浅草。

宝石店が立ち並ぶジュエリー街、仏壇・仏具の集積地として知られる通称・仏壇通り。年末年始の風物詩となっているアメ横やカフェや個性的なショップが増えた蔵前等々……、挙げればきりがないほど魅力的な街になっている。

私の目に映る日常は、毎朝近所の人と挨拶を交わし、観光客が写真を撮り、子どもたちが公園で遊ぶ、ごく当たり前の街の風景である。

さらに町ぐるみで防犯意識は年々、高まっている。

悪質な客引きで有名であった中央通りなどを取り締まるために、’17年には客引き防止条例を施行。また、飲食店などに対する“みかじめ料”の相談を区と警察が連携して行っており、これらの施策は着実に効果が出ている。

’25年8月から台東区は、防犯カメラ設置費用補助金を他区の倍額にした。現在500件の応募があるということは、市民の防犯意識の高さの表れだろう。

今回の4億2000万円強奪事件は、全国的に見ても極めて異例な事件だ。これをもって「台東区の日常」を象徴する出来事と捉えて街を語れば、その街の姿は必然的に歪んでしまう。

ニュースの断片が積み重なることで、いつの間にか地域全体が「危険」という一言で括られる。その構造自体を、私たちはひとたび立ち止まって考える必要があるのではないだろうか。

台東区は、観光地であり、繁華街であり、住宅地でもある。

昼夜を問わず人の出入りが激しく、外部からの流入も多い。事件が「起きやすい構造」を持つ街であることと、「住民の日常が常に危険にさらされている街」であることは、決して同義ではない。

台東区は、歴史的背景と地理的特性ゆえに、そうした語りを背負わされやすい街なのかもしれない――。

取材・文・撮影:阿部光利(元台東区議、政治ジャーナリスト)