高市早苗首相

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 1月14日、高市早苗首相(64)が衆議院を解散する意向を明らかにした。高市氏の “奇襲”解散の内幕に迫る。

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 日韓首脳会談を翌日に控えた1月12日、高市早苗首相は就任後初めて地元・奈良に入った。まず足を運んだのは、先祖の墓がある市内の霊園だった。

「4年前に奈良で起きた安倍元首相銃撃事件のような悲劇を未然に防ぐため、霊園の内外には厳重な警備が敷かれました。高市首相は墓前でゆっくりと膝をつき、『お父さん、お母さん、やっと帰って来られました』とつぶやいた後、約1分間、静かに手を合わせていました」(警察関係者)

 読売新聞が朝刊で衆議院の「解散検討」を大々的に報じたのは、その2日前、1月10日のことだった。もっとも、第一報は前日午後11時に配信されたオンライン記事で、「政府関係者」の話として次の内容を伝えている。

高市早苗首相

〈高市首相(自民党総裁)は9日、23日召集が予定される通常国会の冒頭で衆院を解散する検討に入った。衆院選の日程は「1月27日公示−2月8日投開票」「2月3日公示−15日投開票」の案が浮上している〉

 完全に不意を突かれた形の他社は、真偽を確認するため高市首相に電話・書面等で取材を申し込んだ。しかし、本人は週末、公邸に引きこもり、一切取材に応じることはなかった。

党幹部にも衝撃

 突然の解散報道に驚いたのは、読売以外のメディアだけではない。自民党幹部も一様に衝撃を受けた。党ナンバー2の鈴木俊一幹事長(72)もその一人だ。

「幹事長は選挙を取り仕切る立場です。常識的に考えて、首相が解散を検討するならば、少なくとも鈴木幹事長には相談するもの。ところが、高市首相は鈴木幹事長のことを軽んじている。鈴木氏の義兄である麻生太郎副総裁(85)の名代といった程度に見なし、かねて“最弱の幹事長だ”とさえ評してきました」

 とは、自民党関係者。

「それもあってか、高市首相は、前もって鈴木氏に何も伝えなかった。鈴木氏はほかの党幹部からの問い合わせにも、“何も知らない”とぶぜんとしていたといいます。その慌てぶりは相当なものだったようで、部下に当たる萩生田光一幹事長代行(62)に“何か聞いていない?”と問い合わせる始末。その萩生田氏にしても“私も何も知りませんよ”と応じるしかなかったそうです」(同)

2度の解散を仕掛けた過去

 かように、自民党幹事長さえも虚を衝(つ)かれた読売の「解散検討」報道。永田町では、その情報の発信源を巡って“犯人”捜しが行われた。ネタ元だとささやかれているのが、今井尚哉(たかや)内閣官房参与(67)である。

 政治部デスクが言う。

「読売の官邸キャップは第2次安倍政権の時代、首相秘書官だった今井氏の番記者でした。当時から、彼は安倍首相と読売上層部の宴会の席に今井氏のカウンターパートとして同席するなど、今井氏の覚えがめでたかった。今回、今井氏は経産省の後輩である佐伯(さいき)耕三内閣広報官を通じて、旧知の官邸キャップに解散情報をリークしたといわれています」

 政府関係者が打ち明ける。

「官邸内でも、事前に解散情報に接することができたのはごく限られた人間でした。今井氏と佐伯氏のほかには、首相執務室への出入りが許されている木原稔官房長官(56)と飯田祐二秘書官(62)くらい。二人の官房副長官も蚊帳の外でした」

 今井氏は安倍政権でも政務担当の首相秘書官として、2度の解散を仕掛けた過去がある。

「2014年の消費増税再延期を理由とした“アベノミクス解散”、次に17年の北朝鮮情勢の緊迫化を背景にした“国難突破解散”に大きく関与しました。いずれも当時は大義なき“奇襲”と報じられましたが、自民党は大勝し、長期政権の礎となった。今回、今井氏はその再現をもくろんだのかもしれません。もっとも、今井氏は3月末までの年度内に26年度の予算案を成立させるため、もっと早いタイミングでの解散を高市首相には進言していたようです」(同)

高市首相が解散を急いだ理由

 政治ジャーナリストの青山和弘氏も、こう指摘する。

「通常国会の冒頭で解散するのであれば、国会の召集日は1月23日ではなく、もっと早めるべきでした。実際、昨年末から“解散するなら、少なくとも1月16日までには国会を召集すべきだ”という声が、総理周辺から上がっていました。仮に16日に召集し、冒頭で解散に踏み切っていれば、理論上は2月1日の投開票も可能でした」

 選挙を経ても2月上旬に国会を召集すれば年度内、つまり3月中の予算成立も不可能ではなかったというのだ。

「しかし目下、投開票日は2月8日、あるいは15日とみられている。年度内の予算成立は見込み薄で、暫定予算はほぼ避けられません。高市首相は国会の召集日を1月23日に決定した時点では、冒頭解散に踏み切るつもりはなかったとみられます」(同)

 ではなぜ、高市首相は年明け突然の解散に傾いたのか。

 先のデスクが言う。

「高市首相を巡っては、宗教団体を隠れみのにした高額献金疑惑に加え、企業から政治資金規正法の上限を超える献金を受けていた問題が指摘されています。さらに年明けには、中国がレアアースの輸出規制も強化しました。先行き支持率が下ブレする材料ばかりで、解散を急ぐ必要があった。完全に“個利個略”ですよ」

 党内外に根回しをせぬまま読売に情報をリークし、解散への流れを既成事実化する動きには強い反発が起きた。

「萩生田氏は1月7日のネット番組で“解散は通常国会の会期中ではなく、来年の総裁選前に行うべき”との考えを示したばかり。高市首相に恥をかかされた格好で、周囲に怒りをぶちまけているそうです。温厚な人柄で知られる鈴木氏も同様で、高市首相の身勝手な振る舞いに激怒して、辞意を漏らしているという話も流れています」(前出の政府関係者)

 今回、高市首相は、政権の「生みの親」である麻生氏にも解散の考えを伝えていなかったという。

「麻生氏の地元・福岡に本社を置く西日本新聞は11日、麻生氏が〈「(解散は)ないでしょうね」と一蹴〉したと報じています。そもそも、麻生氏は国民民主党を連立政権に迎えて、政権の枠組みを拡大しようと水面下で動いてきました。麻生氏の努力も水泡に帰した形です。ご立腹の度合いは相当なものですよ」(前出のデスク)

「週刊新潮」2026年1月22日号 掲載