ホペイロに間違われたことも。岡崎慎司は清水の“8番目のFW”からいかに成り上がったのか?
滝川二高では全国サッカー選手権に出場するなど活躍した岡崎氏は、2005年に高卒で清水エスパルスに加入。だがルーキーイヤーは周囲と大きなレベルの差を感じていた。
当時チームを指揮していた長谷川健太監督からは、チームで“8番目のFW”という評価だったという。また、選手権前の怪我の影響で加入直後はトレーニングに参加できず、用具を整理していると、チームメイトの佐藤由紀彦氏からホペイロと勘違いされてしまう珍事もあった。
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「サッカーが分からなかったので、『お前、こうやって動かないと』と言われたら、『サッカーって、そういうものなんだ』って。当時のエスパルスには澤登(正朗)さん、トシ(斉藤俊秀)さん、森岡(隆三)さんら日本代表クラスの選手がいて、それ以外のユース育ちの選手も上手いんですよね。とにかく盗もう、みたいな」
長谷川監督の提案でCS放送を寮の部屋に設置し、サッカーを“見て学ぶ”ことも。そうした努力の成果が出たのはプロ3年目。2007年4月に行なわれた川崎フロンターレ戦で、初ゴールを代名詞のダイビングヘッドで決めてみせた。
その後は清水の主軸になり、五輪代表や日本代表に選ばれ、欧州クラブでも活躍するなど、目覚ましいキャリアを歩んだのは周知の事実だ。
構成●サッカーダイジェストWeb編集部
