「僕もエースなんだ」 車いすの中大サッカー部員・持田温紀が実現した、創部95年で初の快挙
中央大学サッカー部・持田温紀さんインタビュー前編、ピッチ外から伝えるスポーツの魅力
一般社団法人大学スポーツ協会(UNIVAS)が、3月6日に都内で開催した年間表彰式「UNIVAS AWARDS 2022-23」。華やかな雰囲気のなかで学生アスリートや指導者、団体が表彰されたが、全13部門の中で最も大学スポーツらしい賞と言えるのが、「サポーティングスタッフ・オブ・ザ・イヤー」だろう。運動部の活動を日々支える学生を表彰するもので、今年度の最優秀賞は2人。その1人が、中央大学サッカー部の持田温紀さんだ。
4歳の頃から夢中でサッカーボールを追いかけていたが、高校1年生の時に自転車事故により車いす生活に。自由に歩くことができず、つらい現実を目の当たりにするなかで、再び持田さんに希望の光を与えたのもサッカーだった。中央大に進学後も、様々な縁がありサッカー部に入部。事業本部で営業を担当し、創部以来初のユニフォームスポンサー獲得につなげた。ピッチで戦う選手を陰で支えながら、持田さん自身も再び取り戻した大好きなサッカーで熱くなれる日々――。前編では大学進学までの経緯と、中大サッカー部の事業本部スタッフとして創部以来初のスポンサー獲得につながった舞台裏を語ってくれた。(取材・文=THE ANSWER編集部・谷沢 直也)
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レッドカーペットの上を車いすで進み、スポットライトの当たる壇上へ。プレゼンターを務めたレスリングのリオデジャネイロ五輪女子48キロ級金メダリスト・登坂絵莉さんから最優秀賞のメダルと賞状を受け取ると、持田さんは晴れやかな表情を見せた。そしてマイクを握り受賞者として発した言葉は、自らを支えてくれた周囲への感謝の言葉だった。
「今回の受賞はサポーティングスタッフ部門という名前であるものの、実際のところは僕自身が中央大学サッカー部のみんなに支えられていたように感じています。僕は元々サッカーをしていましたが、車いす生活になってできなくなりました。そうしたなかで入院中の僕を励まして下さった方々、再びサッカーの道で熱くなれる機会をくださった方々に本当に感謝を申し上げたいと思います」
持田さんは地元の町田市で、4歳の頃からサッカーを始めた。小学生の頃は週6日もプレーするほどのサッカー少年。進学した町田市立金井中学校では、顧問の先生の方針により練習メニューや試合中の戦術を選手が決めることになり、「選手監督」を務めた。
「サッカーはプレー以外でも楽しめるっていうことを感じ始めたのは、中学の時の経験でしたね。選手主体になると、みんなが最後の最後のところで努力しようとし出すので、意外と劇的な勝利とかも多かった気はします」
スポーツクラスの同級生が改めて気づかせてくれたこと
サッカーを通して充実した学生生活を送り、スポーツの盛んな桐蔭学園高校へ進学。だが高校1年の夏、自転車事故により脊髄を損傷してしまい、大好きなサッカーができなくなってしまった。
「そこから入院するようになって、2年生の頃から車いすで生活するようになりました。やっぱり僕はサッカーをやっていたので、足が使えなくなったことで余計に落ち込みが深かったんです。なかなか精神的に難しい部分もあったのですが、そこから前を向く力になったのもサッカーで。それまではあまりサッカーを観ることはなかったのですが、入院中にテレビでJリーグ中継を観たり、外出の機会にJリーグのスタジアムへ試合を観に行くようになって、気持ちいいなと思うようになって。サッカーをやっていたからこそ深く落ち込んだけど、サッカーがあったからこそ、前を向くきっかけにもなれたと感じています」
高校にも通い直したいと思うようになり、1度留年をして復学。その時、エレベーターから遠いという理由で、本来在籍していた受験クラスではなくスポーツクラスで授業を受けることに。そこで過ごした日々もまた、持田さんの気持ちを前向きなものにさせた。
「僕は最初、『え、スポーツクラスかよ』って思ったのですが、いざ入ってみたら凄く楽しくて。その時のクラスメートにドラフト1位で横浜DeNAベイスターズに入った森敬斗くんや、その年の全国大会で優勝したラグビー部の選手がいたので、スポーツは楽しいな、夢があるなと改めて思ったというか。スポーツクラスにいたことが、大学で自分もサッカーに携わっていこうと思うことに繋がったと感じています」
2020年、中央大学法学部に進学。そこで商学部の「Jリーグビジネス論」の授業に興味を持つと、担当する渡辺岳夫教授とやり取りをするなかで、1927年に創部された名門サッカー部が改革に乗り出していることを知る。
「中大サッカー部は元々、選手とマネージャー以外の入部を認めていなかったのですが、競技以外の活動にも力を入れるためにそうした学生を受け入れようという流れになっていました。その時に僕が聞いていたのが、近年の大学サッカーは分析ソフトなどすごくお金がかかるようになっていて、部員一人ひとりにかかる負担が大きくなるなかで、サッカーをするために奨学金を借りるような選手もいると。当時の中大は資金面であまり良くなく、関東1部リーグに所属する12チームの中で唯一スポンサーがついていなかったんです。そういう話を聞いていたので、自分がチームの力になれるとしたら、こうした部分なのかなと思いました」
中大サッカー部の事業本部に所属。コロナ禍もあり、当初は思うように活動はできなかったが、2年時からは「スポーツは人々に力を、元気を与えられる。だからこそ、僕は中大サッカー部を通して、いろいろな方にスポーツの魅力を伝えたい」と積極的に動くようになる。
駄菓子屋さんがつないだ創部95年で初のユニフォームスポンサー
そして2022年4月、創部から95年で初めてのユニフォームスポンサーが決まる。契約をしたのは、静岡県掛川市に本社があるエンジニア派遣会社の株式会社リツアンSTC。この会社とのつながりは、「駄菓子屋さんから始まった出会い」だったという。「なかなかイメージがつかないですよね」と語る持田さんは、“たまたま”だったというきっかけについて話を続けた。
「大学1年生の時、学部のゼミで静岡の掛川を訪れたのですが、その時に車いすの方が『横さんち』という駄菓子屋を掛川で開いたというニュースをたまたま見て、連絡をして個人的に会いに行ったんです。その方は幼少期から車いすでの生活だったため、子供の頃に友達と遊んだことがあまりなく、駄菓子屋に行ったことがなかった。60歳を超えて駄菓子屋を作ってみようとオープンされて、それをバックアップしていたのがリツアンSTCさんでした。
最初は中大サッカー部が、地元の日野市と連携して少年サッカー教室を始めるようになった時、参加する子供たちに何かをプレゼントしたいという話になり、僕がその駄菓子屋さんに『少し提供していただけませんか』とお願いをしてタイアップが始まりました。そのやり取りを通じて掛川のお店によく行くようになっているうちに、支援をしているリツアンSTCさんとのご縁も始まりました。リツアンSTCさんはエンジニアの人材派遣会社なのですが、人々が生き生きと輝けるようにと大学生の支援や障がい者の支援もしていて。社長さんとお会いして、中大サッカー部の熱い想いをお伝えしたところ、スポンサーになっていただけました」
持田さんの熱意が実り、初のユニフォームスポンサーを獲得した中大サッカー部。それから1年が経った今では、4社の名前が入っている。
「渡辺岳夫先生もサッカー部に関わるようになって、その人脈でつながった会社もあります。今、胸についているのがαGEL(アルファゲル)タイカという会社なのですが、スペイン1部マジョルカのスポンサーもやられていて、昨年7月にはキャプテンのダニ・ロドリゲス選手が中大のグラウンドに来たこともあり、すごく夢があるなと。今後もしかしたら、面白い方向に進んでいくかもしれません」
ピッチ外で「違う形でチームを勝たせる力になれる」
新4年生として迎える大学ラストイヤー。「日本一を目指せるサッカー部」と語る持田さんもまた、ピッチ外からチームの戦いを全力でサポートする。中大は昨年度の関東大学サッカーリーグ2部で優勝し、1部に復帰。就任2年目を迎える元JリーガーでOBの宮沢正史監督、同じくOBで元日本代表の中村憲剛氏がテクニカルアドバイザーとしてチームの強化に関わっていく。
様々な縁があって事業本部に所属し、中大サッカー部の運営に全力で取り組んできた日々は、新4年生となる現在の持田さんに何をもたらしたのだろうか。伝統あるサッカー部の新たな道を切り拓いた“営業担当”は、夢中で駆け抜けた日々を振り返りながら最後の1年への抱負を語ってくれた。
「日本一を目指せるサッカー部で、車いすの自分が入部できるというのはあまりないと思うので、まずは感謝の気持ちでいっぱいです。一方で最初は、中大サッカー部のみんなが優しいから車いすの僕でも受け入れてくれたんだ、という周囲からの見られ方を少なからず感じていた部分もありました。だから僕は車いすであるとか関係なく、自分に能力があって結果を残せるからチームにいるんだというのを、示していかなければいけないと思い、積極的に動いてきた部分はありますし、今はそのような活動が実を結び、チームの一員になれたことがすごく嬉しく感じます。
僕自身はピッチの中でプレーすることはできないですが、違う形でチームを勝たせる力になれると思っています。僕も『チームのエースなんだ』という意識を持って、これからも取り組んでいきたいです。そしてラストイヤーなので、日本一を中大サッカー部のみんなで獲りにいくと同時に、もっともっとサッカーで影響を与えられるようなチームになっていくこと。日本一になる瞬間に、サッカー部だけじゃなく、関わったすべての人がスタジアムで笑い合える瞬間を作りたいと思います」
(THE ANSWER編集部・谷沢 直也 / Naoya Tanizawa)
