カタールW杯から帰国した日本代表が、大変な歓迎を受けているようだ。成田空港はものすごい人だかりだったようで、地上波各局が帰国を伝えた(のを、動画サイトで観た)。

 W杯を現地で取材していると、日本国内との温度差に戸惑うことがある。
 
 日本が勝ち上がれば、現地ももちろん盛り上がる。取材陣の熱も上がる。ただ、勝ち上がっているから次の試合が控えているわけで、フワフワとした空気は漂わない。

 選手たちと同じように、喜ぶのは試合直後だけだ。そこからは、締め切りとの格闘になる。カタール時間の18時キックオフだったクロアチア戦は、延長、PK、その後の取材を経て、滞在先に戻ったのが23時半だった。

 埼玉スタジアムでのナイトゲームでも、東京都内の自宅へ戻るとそれぐらいになる。ここで問題なのは時差だ。日本はすでに翌朝になっている。原稿を掲載する側が、できるだけ早くあげてほしいと思うのは当然だ。ということで、準々決勝に進めなかったショックをどうにか振り払い、パソコンに向かっていった。結果に関わらず試合後が慌ただしいのは、W杯のお決まりのパターンである。

 日本で取材をしている僕は、日本代表が勝っても比較的淡々としている。勝利が嬉しくないわけではなく、対戦相手に理由がある。W杯アジア予選とかキリンカップで勝っても、ある意味では当然であり、全身から歓喜が沸き上がるようなことはない。他でもない選手たちも、同じような感覚だろう(21年10月のオーストラリア戦だけは、勝利の瞬間に立ち上がってガッツポーズをしたが)。

 これがW杯になると違うのだ。一つひとつのプレーに、自分でもびっくりするぐらい身体が反応する。クロアチア戦で前田大然が先制点をあげた直後には、涙腺を思い切り刺激された。自分でも信じられないぐらいに、感情を揺さぶられた。
 
 結果はもちろんショックだった。

 1対1のまま延長戦までもつれ、それでも決着がつかずにPK戦で大会から去った。PK戦が散々なものだったとしても、クロアチアとの間に目に見える決定的な差はなかった。

 それだけにショッキングなのだが、準々決勝を見たらまた別の感情がこみ上げてくるかもしれない。

 ブラジルと対戦するクロアチアの戦いぶりに、僕は日本を重ね合わせるだろう。ビルドアップと対人能力に長けるCBのグヴァルディオルに吉田麻也や谷口彰悟を、ブロゾビッチに遠藤航や守田英正を、モドリッチに鎌田大地や堂安律を、ペリシッチに伊東純也や三笘薫を、重ね合わせて見る。おそらく無意識のうちにそうするはずだ。
  
 そのときに僕は、何を感じるのだろう。