■ファッション誌の表紙を飾った「セレブのわき毛」

暑さもピークを迎え、薄着で過ごす日が続いている。ここ数年、この時期になると欧米メディアでは「体毛の処理」の話題がしばしば取り上げられ、議論が巻き起こる。

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女性が手足や脇の毛を剃ったり、脱毛したりすることは「常識」のように受け止められてきた。しかしその「常識」に疑問を投げかける声は年々高まっているように思う。

先陣を切って声を発信しているのは、主にアメリカの女優やシンガーなどのセレブたちだ。今年は米ファッション誌『ヴォーグ』2022年8月号の表紙が発端になった。

ドラマ『ザ・クラウン』で故・ダイアナ妃と瓜二つの姿が話題となったイギリス女優、エマ・コリンが、自然のままの脇で表紙を飾った。爽やかな笑顔をカメラに向けながら、キャップに手を添え、腕を上げるポーズとなっており、タンクトップの裾から処理していない脇がのぞく。

日本でもしばしば議論が巻き起こる女性の「体毛の処理」は本当に必要なのだろうか。海外報道を見ていくと、体毛に関する人々の考え方に変化が起きていることが読み解ける。

■イギリスで「処理しない派」がじわり増加中

今年話題となったイギリスのエマ・コリンの他にも、こうした動きはアメリカのセレブを中心に活発だ。イギリスでも一般紙や芸能誌などを通じて拡散している。その影響か、イギリスの若い女性のあいだでも、脇を「処理しない派」が増えているようだ。

その傾向は、この数年にわたってじわり広がり続けているようだ。英テレグラフ紙は2017年、英市場リサーチ会社のミンテル社による調査結果を報じた。

同記事によると2013年の調査では「脇を処理している」と答えた16歳から24歳のイギリス女性は、95%と圧倒的大多数を占めていた。ところが3年後の2016年の調査では、この割合が77%に急落したという。

この結果を受けてテレグラフ紙は、「『自然のまま』とする若い女性が増えており、ほぼ4人に1人が脇の下を剃っていない」と報じている。無回答を加味するときっかり4分の1が剃っていないとは断定できないが、いずれにせよ「処理する派」の減少ペースには目を見張るものがある。

この調査は2度とも、新型コロナのパンデミック以前に行われている。カナダのトロント・サン紙はヨーロッパの動向として、巣篭もり期間に脚など体毛を処理しない女性がさらに増えるようになった、と肯定的な文脈で報じている。

2016年時点ですでに4人に1人の若い女性たちが毛の処理の価値を見出せていなかったが、外出機会の減った今ではなおこの傾向が加速しているとみてよさそうだ。

■話題になったカミソリのメーカーの意外な戦略

ただし、現時点では女性が体毛の手入れをするのは「当然」との考えは依然として根強い。「処理しない派」の人たちは相応の勇気が求められそうだが、逆風に抗うセレブや女性たちに、意外な味方が登場した。カミソリメーカーだ。

イギリスでカミソリなどボディケア用品を販売するブランドの「ビリー」は2018年、わき毛など体毛を処理するか否かは個人の自由であるべきだ、と訴える広告キャンペーンを展開して話題を呼んだ。

メーカーの立場としては、たくさん剃って頻繁に買い替えてもらったほうが収益は上がるはずだが、あえて剃毛にプレッシャーを感じる女性顧客たちに寄り添う立場を示した点が斬新だ。

同ブランドの共同創設者であるジョージナ・グーリー氏は、米ビジネス誌の『ファスト・カンパニー』にこう語っている。「もしあなたが剃りたいと思うなら、私たちは最高のカミソリを揃えています。けれど剃りたくないなら、それでもあなたを賛美したいのです」

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■米誌「女性は生涯で310万円を費やしている」

『ファスト・カンパニー』誌は一般的なデータとして、女性たちが脇を含めた体毛を処理するため、生涯で平均2万3000ドル(約310万円)を費やしているとの推算を報じている。一生を通じてみると、それなりの額の出費だ。

もちろん、無毛の状態を好む人々が個人の判断で処理をするなら、十分に価値のある投資といえるだろう。しかし、本人が体毛の処理を望んでいないにもかからわず、社会的規範によって強制されているケースでは、時間もお金ももったいない行為だ。

なにより、体毛があることは恥ずかしいのだという固定観念は、不要な萎縮を招くという意味で有害だ。ビリー社のキャンペーン広告の動画は、「でももし、いつでもいいから、もしかして、剃りたくなったら、私たちはここにいるよ」と締めくくっている。

このキャンペーンの秀逸な点は、カミソリは強制ではないとのメッセージを力強く打ち出しながらも、必要なら頼ってほしいと述べ、顧客に選択権と安心感を与えた点にあるだろう。

■女性の体毛を否定することは、容姿差別と同じ

同社はさらに、もうひとつの慣例を改めた。従来カミソリやシェーバーの広告といえば、もうすでにツルツルに手入れされた地肌にさらにカミソリを当てるといった、商品の効果のよくわからない絵面が定番だった。

この傾向も、処理前の毛は映すべきでないという潜在意識の顕れだといえよう。ビリーのキャンペーン広告はこの慣習にも反旗を翻し、あえて産毛まみれの脚のクローズアップから入っている。

共同設立者のグーリー氏は、メトロ紙に寄稿し、毛が映り込むことすら許されない美容広告の現状を問題視している。

「あるブランドが、女性には体毛があるのだということすら認められなくなったなら、それはボディシェイミングの一種です。体毛があることを恥じろといっているようなものなのです」

ボディシェイミングとは、例えばふくよかな体型や薄い頭髪などを公然と揶揄するなど、近年その害悪性が厳しく指摘されるようになった行動のことだ。グーリー氏は、体毛のある女性を否定することはこうしたタブーにも相当するのだと例え、業界の慣習を変えようと試みている。

なお、日本ではカミソリなどを製造する貝印が、類似の姿勢を明確に打ち出している。同社は2020年夏に「ムダかどうかは、自分で決める。」キャンペーンを展開し、男女とも毛の有無は個人が選ぶことができるとの価値観を提示した。同社調査によると日本でも、「気分によって毛を剃っても剃らなくても良い」と考える人々は80.5%にのぼるという。

■フェミニズムとしての「剃らない宣言」

体毛を自然にしておく理由はさまざまだ。ニューヨーク・タイムズ紙は2015年、フェミニズムの立場からわき毛をあえて剃らない人々が出ていると報じている。

フェミニズムは、女性が男性と平等な権利を持てる状態を目指す運動だ。日本語の「フェミニズム」には女性に特別優しく対応するというニュアンスを時として含むが、英語の「フェミニズム」にはその意味はない。ここでは、男性が脇を剃るか否かを選べるのであれば、女性もそうであるべきとの視点が主張のポイントになっている。

トロント・サン紙は、レディー・ガガがフェミニズムの象徴として、わき毛を剃らずにむしろ染め上げて目立たせた一件を取り上げている。これが発端となり、ほかの一部女性たちにもわき毛の染色が広まっているようだ。ニューヨーク・タイムズ紙は、わき毛の染色サービスを提供しているヘアサロンがトロントにあると紹介している。

ただし、体毛を自然のままにしておくことを選んだ人々のすべてが、このような鮮烈なメッセージを放ちたいわけではないようだ。単純に手入れに手間がかかることから手入れの価値を見出せなくなったというセレブたちもおり、彼女たちはわき毛を生やしておくだけで政治的メッセージを発信していると勘違いされ、当惑しているという。

■ただシャワーを浴びて出かけたいだけなのに…

その一人が、ウィル・スミスの娘であるウィロー・スミスだ。17歳当時、アーチェリーを引く写真をインスタグラムに投稿したところ、未処理の脇に人々の興味が集まってしまった。

米芸能誌の『ピープル』に対して彼女は、あくまで一時的に利便性のために剃らなかったのだと説明している。「なんていうか、剃らないと決意したわけじゃなくて、ただ剃らなかっただけなんです。時間がかかりすぎるんです。さっとシャワーを浴びて、すぐシャワーから出たい」と述べ、都度脇を気にかけることの億劫さを訴えた。

「剃ってあげようか?」と気を遣ったり、レズビアンだというメッセージなのかと深読みしたりする人もいたが、彼女はこうした反応にも辟易していたようだ。大層な事件でもないので、自分の脇のことくらいは放っておいてほしい、という心の声が聞こえてくる。

レッドカーペットの上で真っ赤なドレスの裾からのぞく脇が注目を集めたジュリア・ロバーツも、同様に大きな意味はなかったと説明している。

2018年の『ヴォーグ』誌に対し、フェミニズムを訴えたり美の基準を変えたりしようと意図したわけではなく、ただ自分自身が自分らしくありたかったのだと説明している。「ですので、大仰な声明というわけではなく、この惑星に住む一人の人間としての表現の一部だったのです」

■新しい価値観を支えるスポーツブランドも

体毛の自由なあり方が提言されるようになったが、まだ世の中に完全に受け入れられているとは言い難い。批判も予想されるなか、いくつかのブランドは、新しい美しさの価値観を積極的に広めようと動きをみせている。

ナイキは2019年、自然のままの脇を堂々とみせる女性をインスタグラム広告に起用している。これは賛否両論を巻き起こしたようで、メトロ紙は特に女性から、「一言いわせて……不快」など否定的な意見が多く寄せられたと報じている。

一方、ある女性ユーザーは「それ(わき毛)に関する烙印(らくいん)が女性たちに恥ずかしく思わせ、剃るよう圧力をかけている」と述べ、わき毛のあるモデルがもっと増えてもよいとコメント欄で主張した。

写真=iStock.com/NKS_Imagery
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2021年になるとアディダスも、わきを処理していない女性モデルをスポーツウェアのインスタ広告に起用した。こちらも相応のバッシングがあったという。

米Yahoo!ライフは、女性が体毛を剃らなくてもスタイリッシュにみえることを示すキャンペーンだったと説明している。嘔吐(おうと)の絵文字などを使った否定的なコメントを残すユーザーがいる一方で、「モデル、ウェア、メッセージ……すべてにYesだ」など、キャンペーンの趣旨を汲み取り賛意を示すユーザーも多かった。

「剃る」が無言の標準となっている現在の社会には、脇を強調したポーズは刺激が強かったかもしれない。だが、肯定論も否定論も含めて議論の場を醸成したという点で、大きな意義をもつ広告キャンペーンとなった。

■実益のない社会規範に意味はあるのか

私たちの社会がうまく機能しているのは、一定のルールと常識が存在するからだ。しかし、古くからの習慣で根付いているルールにも、実質的に意味のないものや現代ではほとんど無用となったものが存在する。

このところ海外では、個人を抑圧するルールを見直す動きが盛んだ。ブラック・ライブズ・マター、フェミニズム、LGBTQ運動などはいずれも根本的に、「社会にとってほとんど意味がなく、むしろ集団の一部にとっては有害になっているルール」を見直してゆくうねりだといえるだろう。体毛問題にも、これに近い性質が感じられる。

男性のわき毛も多少見苦しいと感じられる場面があるが、社会的には十分に許容されている。ならば女性はなぜ念入りなケアを迫られるのか、という主張はもっともだ。

無毛が好ましいとの価値観が普及した背景には、長年にわたり、映画・ドラマ・CMなどで女性の未処理の体毛をみる機会が少ない状況が続いていることも影響しているのだろう。

セレブやモデルたちが先陣を切って剃毛や除毛、脱毛をしない自然なスタイルを提案するにつれ、ゆっくりとではあるが「それも選択のひとつ」との意識が社会に浸透していくことになるだろう。

実益のない社会規範のために、個人が苦しむことのない時代がくることを願いたい。

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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)