東葉高速鉄道や埼玉高速鉄道のように、社名や路線名に「高速鉄道」と付けた事業者がいくつか存在します。しかしどこも新幹線ほどの高速運転はしていません。なぜ「高速鉄道」なのでしょうか。英訳すると違いが明確に分かります。

「高速鉄道」は「high-speed rail」か「Rapid transit」か

「高速鉄道」といえば、新幹線やフランスのTGV、ドイツのICEのように300km/hで走行する列車やその鉄道を思い浮かべるでしょう。しかし、千葉の西船橋と東葉勝田台を結ぶ東葉高速鉄道や、東京の赤羽岩淵と埼玉の浦和美園を結ぶ埼玉高速鉄道、東京の大崎と新木場を結ぶ東京臨海高速鉄道などは、社名に「高速鉄道」を付しています。新幹線などとは明らかに性質が異なるのに、これらの鉄道事業者が「高速鉄道」を名乗るのはなぜなのでしょうか。


埼玉高速鉄道の2000形電車(画像:写真AC)。

 日本語で書くとどちらも同じ高速鉄道ですが、英語で書くと新幹線は「high-speed rail」、通勤電車の方は「Rapid transit」です。「High-speed」は速度が速いことを意味しているのに対し、「Rapid」は単に、動作などが速いことを意味しています。特に区別して後者を指す場合は「都市高速鉄道」といいます。

 ちなみに先に挙げた3社の英語表記を見ると、東葉高速鉄道は「TOYO Rapid Railway」、埼玉高速鉄道は「Saitama Railway」、東京臨海高速鉄道は「Tokyo Waterfront Area Rapid Transit」としており、違いがあるのは興味深いところですが、とりあえずここでは都市高速鉄道の訳語としてのRapid transitについて見ていきましょう。

JRも地下鉄も、くくりとしては「都市高速鉄道」

 Rapid transitの何がどう「速い」のかというと、路面交通と比較して高速の交通機関であることを示しています。路面電車やバスなどの路面交通は、人や自動車と道路を共有する性質上、安全のため速度を40km/h程度に抑えて運転しており、交差点では信号に従って停止する必要があります。そのため、表定速度(停車時間などを含む平均速度)でみると、バスや路面電車は10〜15km/h程度に過ぎません。


広島の市街地を走る広島電鉄の路面電車。かつて広島では、この路面電車に代わる地下鉄が計画されたことがある(画像:robertchg/123RF)。

 これに対して、人や自動車が立ち入ることのできない地下トンネルや高架線など専用の線路を走るRapid transitは80km/h近い速度で走行することができ、表定速度は30〜40km/hに達します。皆さんが普段、当たり前のように利用している都市部のJRや地下鉄、私鉄はいずれも都市高速鉄道です。

 世界初の都市高速鉄道は1863年にイギリスのロンドンで誕生しました。世界初の地下鉄、メトロポリタン鉄道です。当時、ロンドン周辺にはいくつもの鉄道が開業し、鉄道を使って通勤する人も増え始めていました。しかし、鉄道の都心乗り入れが認められていなかったため、乗客は市街地の外れにあるターミナル駅から都心まで乗合馬車に乗り換えなければならず、都心の道路は馬車や荷車などでいつも大混雑していました。そこで、鉄道の都心アクセスと道路渋滞を一挙に解決する切り札として、各ターミナル駅と都心を結ぶ地下鉄道を建設することにしたのです。

100年以上前に検討された「都市高速鉄道網設計案」

 とはいえ、まだ電車が発明される以前のことだったので、メトロポリタン鉄道は地下トンネルを、蒸気機関車が客車をけん引して走行していました。トンネルには一定間隔で換気口が設けられたものの、車内は煙でまみれていたといわれています。そのため、都市高速鉄道としての地下鉄が本格的に普及するのは、19世紀末に電車が発明されてからになります。

 とはいえ、日本においても1888(明治21)年11月に開催された東京市区改正委員会第14回会議において、「地上に軌道を敷設する場合は本会において議定したる道路に影響するの懸念ある」との意見があがり、「ロンドンの地下鉄道、ニューヨークの高架鉄道の如きものに擬しこれを敷設するものと想像」するとして7路線からなる都市高速鉄道網設計案が検討されています。


東京メトロ銀座線。前身の運行会社は「帝都高速度交通営団」だが、さらに前は「東京高速鉄道」と「東京地下鉄道」である(2016年11月、草町義和撮影)。

 この時は時期尚早として正式決定には至りませんでしたが、大正時代に入って路面電車の利用者数が急増し、満員電車と路面の混雑が問題化すると、1920(大正9)年に初めての地下鉄整備計画「東京市区改正設計高速鉄道網」が策定されました。この計画は関東大震災を経て1925(大正14)年に改定され、1927(昭和2)年に1号線として現在の地下鉄銀座線上野〜浅草間が開業します。つまり、日本の都市高速鉄道も100年以上の歴史があるものなのです。

 ロンドンの地下鉄からみれば150年以上の歴史がある都市高速鉄道に対し、新幹線が切り開いた高速鉄道の歴史は50年ちょっとに過ぎません。鉄道の歴史に照らしてみると、実は都市高速鉄道こそが本家本元の高速鉄道だったと言えるかもしれません。