「子どもは要らない」世帯年収2,000万円超のDINKS妻が、産まない選択をした理由
−“女”の幸せとは、結婚し、子どもを産み育てることである。
そんな固定概念は、とうの昔に薄れ始めた。
女たちは社会進出によって力をつけ、経済的にも精神的にも、男に頼らなくてもいい人生を送れるようになったのだ。
しかし人生の選択肢が増えるのは、果たして幸せなことだろうか。
この連載では様々な女たちの、その選択の“結果”をご紹介する。
前回は年下男と結婚し、金より愛をとった咲子を紹介した。今回は、「子どもはいらない」と話す世帯年収2,000万超のDINKS妻・加奈(38歳)のお話。

「今、私は38歳なのですが…ようやく、本当にようやくです。“子どもは?”なんて、デリカシーのない質問をされずに済むようになったのは」
加奈はそう言って、過去の嫌な記憶を思い出したのか、眉間に軽くしわを寄せた。
時刻はまもなく21時になろうとしている。
彼女の会社は有楽町にオフィスがあるらしく、仕事帰りに二重橋スクエア『ADRIFT by David Myers』に立ち寄ってくれたのだ。
元々は大手広告代理店に勤務していた彼女は、28歳で同い年で某テレビ局に勤務の彼と結婚。そのタイミングで、入社当時から可愛がってくれていた先輩が立ち上げたコンサルティング会社に転職。
代表の右腕として仕事に邁進してきた加奈は、結婚して10年が経つ現在もまだ子どもがいない。
そのせいでこれまで何度も不愉快な思いをしてきたと、彼女はため息交じりに語った。
「30歳を過ぎて独身だと“独身ハラスメント”に遭うというのはよく聞きますが、私のように20代で結婚したらしたで、今度は“子どもはまだ?”って言われ続けるわけです。本当に…お節介もいいところですよ」
「子どもはまだ?」お節介な質問をはねのけてきた加奈。しかしその胸の内には葛藤があった
「結婚したら子どもを作るのが当たり前。私も若い頃は、その価値観を特に否定していませんでした。
ただ10年前は“妊活”なんていう言葉も今ほどメジャーではなかったし、私自身も夫も何がなんでも子どもが欲しい!というわけでもなかったので、のんびり構えていたんですよね」
しかし結婚して2年が経ち、加奈も30歳を超えたあたりで、夫婦間に自然と「あれ…?」という空気感が漂い始めたという。
というのも、夫婦の営みは定期的にあるのに、いっこうに妊娠する気配がないのだ。
「積極的に子作りをしている人は、基礎体温なんかも当たり前に測って、病院にも通ったりしている。ただ私、自分の性格的に、そういうのやり始めると絶対結果を出さなきゃ!って神経質になってしまう気がしたし、何より行為自体に色気がなくなってしまうのが嫌で…それであえてしてこなかったんですよ。
でもやっぱり、それだとなかなか妊娠しない。夫は私に一切何も言ってきませんでしたが、さすがに私も心配になって、一人で病院に行ってみたんです。そうしたら…」
加奈はそこまで言うと一度言葉を切り、そっと小さく唇を噛んだ。
「あまり話したくないので詳細は控えますが、一言で言ってしまうと不妊だったんです、私。妊娠しない理由がちゃんとあった。
もちろん定期的に通院して治療すれば可能性はあります。でもそれは相当なお金と時間と労力のかかる話。自分一人で決断できる話ではないので、その日の夜、夫にすべてを話すことにしました」

「僕は加奈ちゃんが幸せならそれでいい。本心からそう思ってるって。夫はそう言ってくれて…私、本当にこの人と結婚してよかったと思いました」
優しく愛の溢れた夫の言葉に感謝し、加奈はじっくりと、自分が幸せでいられるのはどちらの道なのだろうと考えた。
つまり、不妊治療にお金・時間・労力を投入して子どものいる人生を望むのか、それともこのまま夫婦二人だけの人生を楽しむのか。
「考えれば考えるほど何が正しいのか、どちらが正解なのかわからなくなりましたね。当たり前です。…正解なんてないんだもの。
結局私は最終的に、不妊治療はしないという選択をしました。不妊治療をしている自分を想像したら…心が灰色に曇ったから。一方で、夫婦二人だけの人生を思い描いたら、それはそれで楽しそうじゃんって純粋に思えたからです。
夫にもそう伝えたら、俺たちなら二人でも絶対楽しいから大丈夫って。本当にいい夫に恵まれました」
加奈はそう言って、夫への感謝をかみしめるように頷いた。
こうして加奈が“産まない”選択をしたのは、32歳の時である。人知れず葛藤し、ようやく出した結論だ。
しかし世間は、そんな加奈を放っておいてくれなかった。
産まない選択をした加奈を襲う、デリカシーのない人々の失礼な発言…
「今はもう“子どもは要らない”と堂々宣言しています。だけど当時はなんとなく、そう言い切ってしまうのが怖かったんです。女のくせに母性がないと思われないか、とか、無責任な大人みたいに思われてしまうのが嫌で」
それゆえ加奈は当時、子どもの話題を振られると、曖昧に笑いながらいつもこう答えていた。
「まあ、子どもはそのうち…って感じで」
そもそも「子どもはまだ?」なんて聞いてくる時点でデリカシーがないのだが、その中でもまだマシな人の場合は、この時点でさっと引いてくれる。
しかし問題は、究極にデリカシーのない人が相手だった場合だ。

「あれはいつだったか…。夫が会社の先輩と休日ゴルフに行っていたか何かで、その帰りに家で食事をしていく流れになったことがあって。
二人とも忙しく働いているから、普段からろくすっぽ料理なんてしないんですけど、その時ばかりは私も頑張ったんです。パエリアを作ったんだったかな」
加奈は過去の記憶を探るように遠い目をする。続いて、呆れたように笑いながら、究極にデリカシーのなかった、その先輩の発言を教えてくれた。
「2本目の赤ワインを開けて上機嫌な先輩が、例の質問を口にしたわけです…そう、子どもはまだなの?って」
加奈は内心「出た、デリカシーのない男」と思いながらも、いつもどおり「そのうち…」と答えたという。
しかしその先輩は、加奈の曖昧な答えを聞くや否や「ダメだよ、そんなんじゃ!」と説教を始めたというのだ。
「その先輩、ちょうど第二子が誕生して間もなかったらしいので、特に子どもが可愛くて仕方なかったのかも…絶対に子どもはいた方がいいってしつこく言ってきたり、夫にもっと頑張れとか下世話なアドバイスしたり、挙句の果てには嫁が通ってた病院紹介しようかとか言い出して…」
加奈はもちろん、これには夫も苦笑いするしかなかった。
優しい夫はこの失礼な先輩が帰った後、加奈に本当に申し訳なかったと謝り、さらに怒りをあらわにもしていたという。
この一件があってからというもの、加奈は「子どもは?」という質問に、今までのように曖昧な返事で誤魔化すのをやめた。
「デリカシーの欠片もない人に、どう思われようがもういいやって。その話題になったら、“子どもは要らない”ってはっきり答えることに決めたんです。え?みたいな顔をされることも多いけど、要らないと言ってしまえばさすがに相手も黙るから」
とはいえ最近は、子どもの話題を振られることもめっきり減ったという。
「この年齢になると質問する側も言いづらくなるんでしょうかね?だとしたら、歳取るのも悪くないです」
そう言って、心底おかしそうに笑う加奈。
あの時の選択は正しかったか?…それは誰にもわからない。
しかし一つ確かなことは、屈託なく笑う加奈の表情に、曇りや翳りは一切見当たらないということだ。
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