「A」を推したことで、思わぬ仕事が来るように…(撮影・徳重龍徳)

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西永彩奈インタビュー前編

 今年5月末をもって18年間のグラビアアイドルの活動から卒業すると発表した西永彩奈(30)。現在までに50枚のDVDをリリースした彼女に、13歳でジュニアアイドルとしてデビューから、豊満ではないバストを武器に変えたエピソードなど、これまでのグラビア人生を振り返ってもらった。

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――西永さんは2026年5月31日をもってグラビア活動の引退を発表しています。今回、まずは改めて西永さんのキャリアを振り返りたいのですが、そもそもグラビアは何年やったんですか。

西永:18年目になります。デビューしたのが13歳だったので。

「A」を推したことで、思わぬ仕事が来るように…(撮影・徳重龍徳)

――元々、なぜ芸能界を目指したんですか。

西永:中学1年生の夏にホリプロスカウトキャラバンを受けたんです。私は途中で落ちてしまったんですが、その時に仲が良くなった子が同じ岡山出身だったんで、私が人生で見た中で一番かわいくて。その子がホリプロタレントスカウトキャラバンの審査員特別賞を受賞したんです。それがなんだか悔しくて。私も芸能界に入りたいと思いました。

――そこからどうやって芸能界へ?

西永:最初に入った大阪の事務所の社長が岡山駅まで来てくれて、家族と話してくれて。その事務所に入りました。社長に「最初はとりあえず撮影会デビューしましょう」と提案してくれて、社長が岡山駅の地下で私の写真をパっと撮って、その写真とともに大阪で個人撮影会、団体撮影会をやるとミクシィに掲載したら、いきなり満枠になったんですよ。嬉しかったです。

――それは水着での撮影ですか?

西永:最初は水着での撮影会でした。ビキニはもちろん着たことはなかったですけど。そんなに何も考えていなかったです。社長が同年代の子たちが出ている雑誌「チューボー」や山中知恵ちゃんのDVDを見せてくれて、それがかわいかったので「私もこうやって綺麗に撮られたいな」と思っていました。

「胸がない」ゆえの戦略

――今はジュニアアイドルは社会的に批判の対象ですが、嫌な目とか危ない目には遭ったことはありますか。

西永:取材を受けるとよくその話を聞かれるんですが、ジュニアアイドルの時はお姫様扱いというか、すごく楽しかったんですよ。DVDのロケでもタイなど海外にも連れて行ってもらいましたし、同世代の友達もできました。なので私自身は嫌な思いをしたことはないです。

――その後もグラビアを続けた西永さんですが、いつからか自分に胸がないことを売りにするようになりました。グラビアの生存戦略を考えた時に胸のサイズがないことは心配ではなかったですか。

西永:中学生のときは、みんな「これからだよ」「成長するよ」って言ってくれてたんですけど、高校卒業ぐらいから「成長するよ」と誰も言ってくれなくなって(笑)。

 ただ高校生までは体や顔の肉付きもむっちりしていたんですが、卒業して雑誌が主催するミスコンオーディションを受けた時にストレスからすごく痩せちゃったんです。それで、それまではBあったものがAになってしまって。その時に「他の子でAと言っている人はいないし、逆にそれで売っていこうかな」と発想を変えたんです。

――逆転の発想ですね。

西永:私がAであることを押し出していくと、たとえば雑誌で胸のサイズ別でグラドルを載せる企画の際にはAのお仕事が全部くるんですよ(笑)。今でも1年に1、2回は絶対にAだからと呼ばれるお仕事があります。私以外の胸がないグラドルもそれまでは頑張って盛っていたんですけど、私がAを前面に押し出すようになってからは「それでもいいんだ」と盛らない子も増えてきました。

 その後に週刊プレイボーイで胸がない子の「ちっぱい番付」という企画があって、私と船岡咲ちゃんが東西の横綱になったんですよ。そこから“ちっぱい”という言葉を使うようになりました。

「胸がなくてよかった」

――ただグラビアをやる上では難しさはありませんでしたか。胸が使えないとポージングのバリエーションがどうしても少なくなります。

西永:たしかにポージングでいえば、お尻を強調する振り返りは多かったですね。あとDVDって衣装の流行りがあるんですけど、一時期はサスペンダーに缶バッジで先っちょを隠す衣装が流行ったんですよ。でも、あれは大きいからやらされるわけで、胸が小さいとやらされないんですよ。そこはよかったですね(笑)。

 三角ビキニって胸のサイズに比べて水着が小さいことで映えると思うんですけど、私の胸の場合、きれいに隠れちゃうんですよ(笑)。私が激しめな衣装を着ると痛々しさや、やらされている感が勝っちゃうんですよ。スタイリストさんも「これは品がなく見えちゃうからやめようか」となりますし、そこは胸がなくてよかったなと思います。

――なるほど胸がなかったことで、逆に過激なものを避けられたんですね。

西永:そうです。DVDで手ブラをしろとも言われなかったですし。あと私はロリ方向なので、お尻を攻めるよりは前で攻める方が多かったですね。変形水着とか。

 一時期、股の部分が「I」になる水着が流行ったじゃないですか。私も1回やってみたんですが、あんまりかわいくないんですよ。私自身はちゃんとやっているつもりなのに、後から見た時に自分でも痛々しく見えて。あと、私は腰とか辺りにお肉がついているむっちり系なんですが、「I」は本当にスレンダーな子がやった方が映える衣装なんですよね。だから「IじゃなくてYでお願いしたいです」と伝えました。そういう実際にやってみた上でやっぱ違うなという衣装は説得して、やめるようにしてましたね。

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【記事中編】では、“Pチラクイーン”と呼ばれるまでになった西永さんが、その奥深い美学、さらに雑誌「クリーム」副編集長としての仕事ぶりについて語ってくれた。

徳重龍徳(とくしげ・たつのり)
ライター。グラビア評論家。ウェブメディアウォッチャー。大学卒業後、東京スポーツ新聞社に入社。記者として年間100日以上グラビアアイドルを取材。2016年にウェブメディアに移籍し、著名人のインタビューを担当した。その後、テレビ局のオウンドメディア編集長を経て、現在はフリーライターとして雑誌、ウェブで記事を執筆している。著書に日本初のグラビアガイドブック「一度は見たい! アイドル&グラビア名作写真集ガイド」(玄光社)。noteでマガジンを連載中 X:@tatsunoritoku

デイリー新潮編集部