photo by iStock

写真拡大

文在寅政権はとにかく「異常」だ

日韓関係が悪化している。

いや、「関係悪化」などという、なまやさしいものではない。「関係悪化」では、どっちもどっちの響きがある。本当のところは、文在寅政権がとにかく異常で、国際法の原則を踏み外しており、一方的にさまざまな問題をひき起こしているのが実態だ。

photo by iStock

とは言え、対応を誤ってはならない。感情的になるのが、特にいけない。

政府も国民もこの際、国際法の原則を、いちからおさらいしよう。そして、正しく行動しよう。

国際法の「原則」をご存じか

まず、国際法の出発点は、国家である。インターナショナル(international)は、国民国家(nation state)がいくつもある、という意味だからである。

さて、国家の正しさ。国家はなぜ、正しいのか。日本国はなぜ存在してよいのか。大韓民国は、アメリカ合衆国は、…なぜ存在してよいのか。

ある国家が存在しているとは、領土があって、国境が決まっていて、国民がいて、政府があって、統治を行ない、法律を実施し、治安を保ち、経済が機能し、国民生活が維持されていることである。

そして、国家の存在が正当であることは、相互承認によって決まる。

日本国が、正当なのは(いまの日本国であってよいのは)どうしてか。それは、相手国が日本を承認しているから。では、相手国が、正当なのはどうしてか。それは、相手国にとっての相手国(日本国を含む)が、相手国を承認しているから。これは、ぐるぐる回りである。要するに、互いに正しいと承認し合っているのである。

キツネにつままれたように、思うかもしれない。だが、よく考えてみると、こういうやり方以外に、国家の正しさを証明できないことがわかる。国際関係の、本質である。

国家はなぜ「戦争」するのか

だから、国家にとって、ほかの国家に承認してもらうことは、とても大事である。

たとえば、中華人民共和国は、建国からしばらくのあいだ、なかなか各国に承認されなかった。イギリスが早めに承認してくれたので、助かった。

国家と国家は、承認しない→承認する→国交を結ぶ(外交代表部をおく)→基本条約を結ぶ→同盟を結ぶ、の順番で関係が深まっていく。

逆に対立が深まると、戦争になる。

〔photo〕iStock

国家は、しばしば紛争を起こす。領土をめぐる領土紛争。国境をめぐる国境紛争。貿易紛争。昔は王位継承戦争や、宗教戦争などもあった。国家は、軍事力をそなえている。交戦権があるので、戦争ができる。

戦争は、破壊である。人員や兵器、社会インフラを破壊する。いつまでも破壊を続けるわけには行かない。停戦し、そのあと平和条約を結ぶ。平和条約は、戦争のピリオドであって、戦争のあとの国際秩序の土台となる。

世界はこれまで、数多くの戦争を経てきた。そのたびに、平和条約を結んだ。それでもまた戦争になった。

平和条約を結ぶのは、戦争の原因となった、紛争を解決するためである。そこで、平和条約には、国境がどこにあるか(両国が国境を接している場合)、賠償金をいくらにするか(敗戦国が戦勝国に支払う)、そのほかの紛争の解決策、を書き込んでおく。

そして、この条約に書いてあること以外、相手国に請求すべきことはありません、ともはっきり書いておく。さもなければ、平和条約の役に立たないからである。平和条約は、戦争の勝負がついてすぐ結ぶ、降伏条約とは違うことに注意しよう。

平和条約を固く守ることは、調印した国々の義務である。平和条約を守らないことは、即、戦争を意味する。平和条約は、重い。平和条約は、平和の基礎であることを、よくよく理解しなければならない。

よくわかっていない指導者

条約に従う義務は、しばしば、憲法に従う義務以上のものである。このことは、学校でよく教わらないけれども、とても重要である。

photo by GettyImages

憲法は、大事である。しかし憲法は、国内の問題である。憲法は、改正できる。政正すれば、元の憲法には拘束されなくなる。

これに対して、条約は、国家と国家の問題である。相手国が同意しないと、条約は改正できない。政権が交代しても、革命で新しい政府ができても、条約に拘束されたままである。

条約は、政府と政府が結ぶようにみえて、実は、国民と国民が結ぶものである。条約に調印した全権代表が、それを持ち帰って批准の手続きを踏むのは、条約を、政府のものでなく国民のものとするためである。

政権が交代しようとも、革命で新政府が樹立されようとも、「国民という団体」(たとえば、日本人)は存続している。国家が存続する、と言ってもよい。国民が存続する以上は、条約を守る義務も、条約にもとづく国際秩序も、存続するのである。

このことがよく理解できない指導者が、ときどきいる。どんなに異常か、噛みしめて考えてほしい。

条約が存続することの、実例をあげよう。

清朝は列強に屈し、つぎつぎ不平等条約を結んだ。香港島割譲と九龍半島の九九年租借もそのひとつである。

やがて清朝が倒れ、中華民国が成立した。中華民国は、これら条約を継承した。

そして中華人民共和国が成立した。中華人民共和国は、香港をめぐるイギリスとの条約を継承した(ほかの租界は、日本が実力で一掃し、その日本が敗れたので、中国に戻ってきていた)。

「万国公法」の原則

前の政府が結んだ条約を継承することは、新しい政府が正統であると、国際社会から承認を受けるために大事である。

毛沢東は、資本主義国イギリスの植民地・香港など、認めたくもなかったろう。なにしろ、中国共産党を率いる、中国革命のリーダーなのである。人民解放軍をさし向け、香港を実力で解放することもできた。しかし、毛沢東は我慢した。中華人民共和国が、正統な政府として承認されることが、大事だったから。

そこで、条約を守り、香港に水や野菜など必要な物資を供給した。文化大革命のときも、その供給は絶たれなかった。見返りにイギリスは、いち早く中国を承認した。

〔photo〕gettyimages

自分の価値観や思想信条に合わなくても、道徳的でなくてさえも、前政権の結んだ条約を継承する。この、国際社会のルールを、毛沢東はよく理解していた。

条約を尊重する。これが、国際法の原則である。そして、国際社会の平和の基礎なのである。

もうひとつ、実例をあげよう。

江戸幕府は、ペリー来航を受けて、アメリカと日米和親条約、続けて日米修好通商条約を結んだ。アメリカ以外の列強とも、同様の条約を結んだ。この条約は、適切な内容なのか、そもそも江戸幕府にそんな条約を結ぶ権利があるのか、論争になった。

実際、この条約は不平等条約、すなわち、関税自主権がなく、自国の関税率を相手国が決めると定めるものだった。

このあと、王政復古を経て、明治政府が成立した。新政府は、幕府の結んだこれらの条約を、継承した。それが「万国公法」の原則だと、理解していたからである。

日本が欧米列強から認められたワケ

新政府はそのあと、歯を喰いしばって、「条約改正」に取り組んだ。

条約改正とは、交渉によって相手国の同意を取り付けることである。そのために国内体制を整備し、憲法を制定し、近代化を進め、国力を充実し、日清・日露の戦争を戦った。

明治の人びとは、条約と国際法の原則がどのようなものか、よくわかっていたのだ。

さて、条約を結ぶとは、相手国を承認します、と態度で示すことである。

来航したペリーは、アメリカ大統領の親書を持参していた。そして幕府は、一連の条約を結んだ。日本史の教科書では、不平等条約であると強調する。でもそれは一面で、実は日本に利益が大きかったと思う。アメリカが日本を独立国と認め、承認してくれたからである。

それ以前の日本は、独立国ではあったが、国際社会が認めてくれるか不確かだった。

長崎には、オランダと中国の公館があった。両国から商船が入港し、通商していた。そのほか、李氏朝鮮からは、ときどき使節が来た。けれども、それ以外の国々と、国交(外交関係)がなかった。

アメリカと条約を結び、それに続いて英独仏などの国々と条約を結んだので、日本の独立は確かなものになった。欧米列強から、承認されたからだ。

その後、日本は、大日本帝国として膨張を続け、対米英戦争に突入した。世界中の国々を敵に回して、敗戦を迎えた。それでもいま、日本国は存在している。

憲法より条約が優位

日本国はこの時期を、どのようにくぐり抜けたのだろうか。

日本は、連合国の「ボツダム宣言」を受諾した。

ポツダム宣言は、日本の無条件降伏を要求している。カイロ宣言への言及もある。日本の領土は、日本列島と附属する島々、に限定する、すなわち、台湾、朝鮮半島、そのほかは日本の領土でなくなる、という内容である。

photo by iStock

日本政府は、ポツダム宣言を受諾すると回答した。これは、条約(無条件降伏の受諾)としての効力をもつ。

1945年9月2日、東京湾の戦艦ミズーリ号甲板で、日本側と連合国代表により、降伏文書(停戦協定)が調印された。天皇は、連合軍最高司令官に従属する、と定めてあった。ポツダム宣言の確認である。日本軍は降伏し、日本は保障占領された。日本は主権を奪われ、外交権を失い、独立を失った。

連合軍最高司令官の発する「指令」が、日本の法令を超えた効力をもった。憲法よりも条約が優位であることが、ここでも明らかである。

日本が独立を回復したのは、サンフランシスコ講和条約である。1951年9月8日に調印され、翌年4月28日に発効した。日本と戦った連合国のあらかたが署名した。

ソ連は、講和会議に参加したが、署名しなかった。このため、ソ連とのあいだで平和条約は締結されなかった。1956年にモスクワで、鳩山首相とフルシチョフ首相が日ソ共同宣言を発表。国交が回復し、戦争状態が終了した。同宣言は、領土問題を解決するため、平和条約交渉を続けるとしている。平和条約はまだ結ばれていない。

中華民国は、戦勝国で、戦艦ミズーリ号での停戦条約にも署名した。しかし、中華人民共和国が成立したため、講和会議には招かれなかった。そこで日本は、サンフランシスコ講和条約調印と同じ日に、中華民国(台湾政府)とのあいだで日華平和条約を結んだ。

話し合いは無意味

中華人民共和国は、サンフランシスコ講和条約に参加しなかった。国交がなかった。そこで、1972年9月の日中共同声明、1978年12月の日中平和友好条約を結んだ。この結果、台湾との外交関係が消滅し、日華平和条約は効力を失った。

大韓民国は、第二次世界大戦当時、存在しなかった。交戦国でも戦勝国でもない。サンフランシスコ講和条約に、戦勝国であるとして参加を要求したが、受入れられなかった。

そこで1965年6月、日本と韓国は日韓基本条約を結んだ。朴正煕政権と交渉し、無償援助3億ドル、有償援助2億ドル、民間借款数億ドルを提供した。当時の韓国の国家予算の2倍にものぼる、膨大な額である。

無償援助3億ドルは交渉の経緯から、個人補償にあてられるはずのものだったが、韓国政府は大部分を経済建設にあてた。

〔photo〕gettyimages

北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)は、交戦国でも戦勝国でもない。北朝鮮と日本は,まだ基本条約を結んでいない。北朝鮮は、日韓基本条約を参考に、巨額な賠償を求めるだろう。

その昔、訪朝した自民党の金丸信副総裁が、戦前戦中に加え、戦後の補償もすると口走ってしまったことがある。国民の苦難を踏み台に、核開発と軍備増強にありったけの資源を注ぎ込み、周辺国の脅威となっているような北朝鮮と、急いで基本条約を結ぼうとするのは間違っている。

以上のまとめ。

国際社会にはルールがある。条約を、特に平和条約・基本条約を守ることが、原則である。条約は、平和の基礎だからだ。

政権が交代したから、内容が気に入らないから、条約を無視するのは、指導者が絶対にやってはいけないことである。そういう指導者がいた場合、「外交的解決」をはかろうと話し合いなどしてはいけない。「国際法の原則を守りなさい」と、辛抱づよく言って聞かせるしかない。

【連載:橋爪大三郎の「社会学の窓から」】最新バックナンバーはこちらから