日本企業で女性がリーダーとして成長するには、まださまざまな壁が存在しています。“女性ならではのいいリーダー”とは、どんなリーダーなのでしょうか。これまで男性上司に育てられてきた女性がリーダーを打診されたとき、自分が目指すべきリーダー像について悩む方が多いという現状にあります。世界各国でビジネスを展開し、2度も事業建て直しを成功させた海老原育子さんの「自分らしいリーダー像」とは?

(※本稿は、2019年4月3日、しなやかに情熱を持って働く女性たちのための交流会「PRESIDENT WOMAN Salon」の第1弾「ジョンソン・エンド・ジョンソン ビジョンケア カンパニー代表取締役・海老原育子さんを迎えて」の内容から構成しています。)

■技術者からインターナショナルディレクターへ

今回は、自己紹介、事業建て直しケーススタディから考えるビジネスの成長とは、自分の育て方と、3つのテーマに分けてお話をしたいと思います。まずは自己紹介ですが、私は大学卒業後に技術職として「住友スリーエム(現スリーエムジャパン)」に入社しました。

ジョンソン・エンド・ジョンソン ビジョンケア カンパニー代表取締役プレジデント 海老原 育子さん(撮影=キッチンミノル、以下すべて同じ)

もともと、一人で研究室にこもってコツコツ実験しているのが好きだったので、技術職の仕事は自分に合っていたと思います。けれど、そのうちにもっと広い世界を見たいと思うようになり、自分で希望を出して1999年から米国本社3M Companyに転籍しました。最初は英語も上手に話せず、苦労もありました。

そのうち日本語ができるということもあり、不調だった日本のヘルスケア事業立て直しのため2007年から私が派遣されることに。事業建て直しには悪戦苦闘しましたが、何とか2年で成長軌道に戻すことができました。その後は米国本社に戻り、買収案件の約60カ国でのビジネス展開を担当させていただきました。さまざまな国で一緒に働くことができ、本当にいい経験になりました。

そして2013年に帰国し、ジョンソン・エンド・ジョンソン ビジョンケア カンパニーに戦略担当として入社。当時は業績が伸び悩んでいたため、またもや事業建て直しを担当することになりました。こちらも何とか成長軌道に戻すことができまして、今は新ビジネスの展開に携わっています。

現在、ビジョンケア カンパニーでは、コンタクトレンズの製造販売などに加えて、目の病気の予防までを見据えたビジネスを展開しています。目指すのは、「見ること」にまつわる問題に揺りかごから墓場までしっかりと寄り添える企業。今は、このビジョンの実現に社員一丸となって仕事に取り組んでいる最中です。

■組織改革と事業建て直しの4ステップ

次に、事業建て直しを2度担当した経験から、私なりの建て直し方をみなさんにお伝えしたいと思います。例えば、自分を雇ったボスから「業績が下がっているから成長軌道に戻してくれ」、「ただし予算はないから現行メンバーのままで改革してくれ」と言われたらどうしますか? 私の場合は4つのステップを踏みます。

ステップ1は「あるべき姿を設定する」。私は、現場に入ったらまず最初に、社員みなが目指す組織像を明確にします。ビジネスが成長軌道にある、メンバー全員が同じ目標に向かって団結しているなど、「こうあってほしい」という理想像は誰もが持っているもの。この理想像をすくい上げるため、私は上司から部下まで全員参加の「不満大会」を開催しました。

そうすると、「私たちはこんなはずじゃない」という思い、つまり現状への不満やいらだちがどんどん言葉になって出てくるんですね。これは現状と理想のギャップからくるものですから、現状に対する悪口を言っているうちに、自然と理想も見えてくることが多い。この理想こそが「あるべき姿」。そしてその姿を見定めたら、明文化して全員で共有することが重要です。

ステップ2は「必要な人が必要な場所でリーダーシップを持てるようにする」。このステップでは、現状の管理職にはこちらの期待値を明確に伝え、実力があるのに下の職位にいる人には特別プロジェクトを与えて、それぞれが適切なリーダーシップを発揮できる環境を作ります。このステップを経ると、リーダー職だけでなく部下の意欲も上がり、部署ごとの活動もスムーズに行きやすくなります。

■オーケストラのように「感動を生む組織」へ

ステップ3は「会社としての戦略を伝える」。これは、こちらはちゃんと先のことも考えているよと示すために行うものです。私は、まずは今年のうちに実現すべき短期目標を伝えて、その後少し業績が落ち着いてきたら中長期計画を発表するようにしています。

ビジネスの現場には、先の流れが見えたほうがモチベーションが上がるタイプの人も少なくありません。こうした人の意欲を低下させないためには、業績安定化からビジネスモデル構築、新ビジネス展開までのプランを「見える化」しておくことが大切です。具体性を伴わない何となくのプランでも、メンバーのモチベーション維持に効果があります。

そしてステップ4は「プロセスを見直してボトルネック(業務効率などを落としている部分)をなくすこと」。各部署の役割を調べて流れを見直し、必要であればここで初めて人材の配置換えを行います。私はよく、新たなポジションを作って「誰かやらない?」と社内公募します。自ら応募してきた人なら、多少つらいことがあっても頑張ってくれるはず。その「やる気」は、プロジェクトを導くうえで大きな力になると信じています。

組織はオーケストラのようなものです。一人ひとりが一流の演奏家であっても、自分の音だけを聞いて演奏していたのではいい音楽に聞こえません。全員がみなの音を聞いて合わせることで初めてすばらしい音楽になり、感動が生まれるのです。こうした思いから、ビジョンケア カンパニーでは、ジョンソン エンド ジョンソンの「私たちの使命(クレド)」に加えて、自分たちのあるべき姿を明文化し、全員で共有するようにしています。このような形で共有しその精神が理解できていれば、どんな局面でも社員が同じ方向を向いて動けるようになります。

もし、また事業建て直しを任されたとしても、私は今ご紹介したのと同じ方法で進めるでしょう。ビジネスを成長軌道に戻すには組織改革が不可欠で、それには人のやる気に火をつける工夫が必要。私の役割は着火役です。私にとってはこれがとても楽しくて(笑)、「着火したな」と思えたときは心底うれしい気持ちになります。

■「この人が上にいてもいい」と思われるリーダーに

最後に「自分の育て方」についてお話ししたいと思います。自分を成長させていくためにはどうすればいいか、いいリーダーとは何か、私なりの考えをお伝えしますね。

私は、部下がリーダーに求める資質は、信頼できる、ただのグループをチームに変えられる、部署を越えて影響力がある、の3つだと思います。つまり、重要なのは組織や社会全体を見渡す広い視野であり、カリスマ性や強力な統率力ではない。ここから、私はいいリーダーの条件とは、優秀な部下に「こいつが上にいてもまぁいいか」と思ってもらえることだと考えています。

最初にお話ししたように、私はもともとは研究室にこもっているのが好きなタイプで、社長になりたいと思ったことは一度もありません。でも、会社の将来を「こうなったらいいな」と妄想するのは大好きでした。そのうちに人とつながることや着火役の楽しさも知り、少しずつ世界が広がって今に至ります。

管理職になって以降は、部下を育てることの楽しさにも目覚めました。私は、部下はみなその人なりに最善を尽くしていると信じています。だから、足りなく見える部分があれば、その部分を引き上げるようなアドバイスをしたい。どう言えばその人にとってよいアドバイスになるか、どうすればやる気に着火できるか、この2点は今も日々考え続けています。

自分なりに成長したなと感じる部分は、やはり視野が広がったことでしょうか。自分でも試行錯誤はしてきましたが、視野は昇格するにつれて広がる部分も大きい。職位が上がるほど上の人の目にも止まりやすくなるので、さらに昇格のチャンスが増えてまた視野が広がるという繰り返しが生まれます。これがいいリーダーを作っていくのかもしれません。

私もまだまだ勉強中ですが、いつか山頂から世界を見渡すように、広い視野をもって部下を導ける人になりたい。部下から「こいつが上にいてもいいか」と思ってもらえるリーダーを目指して、歩んでいきたいと思います。

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海老原育子(えびはら・いくこ)
ジョンソン・エンド・ジョンソン ビジョンケア カンパニー代表取締役プレジデント
1965年生まれ。90年、東京大学大学院理学系研究科修士課程修了後、住友スリーエム(現スリーエムジャパン)に技術職として入社。99年米国本社に転籍。インターナショナルディレクターとして、約60カ国の世界展開を担当。2013年ジョンソン・エンド・ジョンソンに転職し、コマーシャル・オペレーションズ&ストラテジー本部長。16年2月に最高執行役員(COO)、16年10月より現職。

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(ジョンソン・エンド・ジョンソン ビジョンケア カンパニー代表取締役プレジデント 海老原 育子 文=辻村洋子)