西谷格『ルポ 中国「潜入バイト」日記』(小学館新書)

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中国のテレビでは「抗日ドラマ」という定番ジャンルがある。悪事を犯す小太りの日本兵を、凛々しい中国兵が退治するという筋書きで、日本では時代考証があまりにデタラメということで悪評が高い。中国の人たちは、本当に日本を敵視しているのだろうか。フリーライターの西谷格氏が、「抗日ドラマ」の撮影現場に、日本兵役のエキストラとして参加した――。

*本稿は、西谷格『ルポ 中国「潜入バイト」日記』(小学館新書)の一部を抜粋・再編集したものです。

■大量の日の丸と旭日旗

2014年の晩夏、空気が肌にまとわりつく蒸し暑い日の早朝に上海の自宅を出発し、高速鉄道やバスを乗り継いで役者一座の宿泊するホテルに到着した。ホテルは映画村の敷地内にあったが、かなり辺鄙(へんぴ)な場所だ。

ホテル1階には事務所のようなスペースがあり、そこで助監督を探して挨拶した。

「話は聞いてますよ」

と言われ、ひと安心。事務所の机の上には小さな紙箱が置かれ、そのなかには大量のハチマキが詰まっていた。よく見ると、ハチマキには日の丸と「必勝」の2文字が印刷されている。本当に反日ドラマの製作現場に来てしまったのだと、早くも実感させられた。

撮影チームは屋外撮影を行うAチームと、屋内がメインのBチームに分かれており、私はAチームでの撮影に加わった。小道具や衣装などのスタッフも合わせると、総勢100人ほどだろうか。

ロケ現場は戦前の北京の街並みが再現されており、洋館風の屋敷にはカタカナ混じりの日本語の看板が掲げられていた。看板の下には家紋らしき桜のマークが描かれた青い暖簾が吊るされているのだが、日本っぽさを強調しすぎて、どこかちぐはぐだ。

周囲は木製の電信柱が立ち、石造りの古めかしい建物や木造家屋が並んでいる。通りにはコカ・コーラやタバコなどのブリキ看板が張られており、レトロな雰囲気が漂っている。だが、ふと地面を見ると小道具の日の丸が何枚も散らばっているのが気になった。

大通りに目を転じると、さらに異様な光景が広がっていた。運動会の万国旗さながらに、大量の日の丸や旭日旗が頭上にはためいているのだ。敵役である日本兵の国籍を強調したいのだろうが、いくらなんでもやり過ぎだろう。

洋館風の屋敷のなかは、ちょうど撮影の真っ最中で、日本兵と中国兵の衝突場面を演じていた。監督から出演許可は得ているものの、ほかのスタッフから見れば私は完全にヨソ者。不審者だと思われないよう、周りと溶け込むように意識しながら撮影現場を観察した。

同じシーンを何度も撮り直しているのを見てわかったが、どうやら屋敷は日本兵によって占拠されており、そこへ中国兵が突入して次々と日本兵を退治していくという設定のようだ。カメラ映えする派手な倒れ方になるよう何度も撮り直しを行っており、日本兵役の役者は苦労している様子。

■日の丸は「悪の象徴」

日の丸は現場全体を通して「悪の象徴を表す小道具」として多用されていた。当然ながらその扱いは非常に雑で、何枚かの日の丸が地面に落ちて土が付着していたが、誰も気にしておらず、無意識に足で踏みつけている人すらいる。仮に日本で他国の国旗をドラマの小道具で使うことがあったとしても、こんなに雑に扱うことはしないだろう。

夕方になると、どこからともなく仕出し弁当が支給された。滞在中の食事はすべてこの弁当で、メニューは日替わりだが米は固すぎたり柔らかすぎたりと、味はイマイチ。スープはラーメン屋にあるような巨大な寸胴鍋に入っており、紙製のお椀に自分ですくい入れる。スープも冷め切っていたが、売店やレストランなどが徒歩圏内には一切ないため、これで腹を満たすしかない。監督だけはプラスチック容器に入れられた特注の弁当を食べていたが、映像制作の現場では、監督はやはり別格扱いなのだろう。

■日本兵の軍服を着た中国人と記念撮影

日もどっぷり暮れ20時過ぎになると、不意に近くにいたスタッフから、

「じゃあそろそろ着替えて」

と指示された。いい加減待ちくたびれていたが、いよいよ出番が近いようだ。だが、日本兵“小島”を演じられるのかと思いきや、すでに配役は決まっていて、私には名もなき海軍兵の役が与えられた。台詞付きの役をゲットするのは、容易ではないのだ。

演じるのは海軍といっても「海軍陸戦隊」と呼ばれる地上部隊だという。調べてみると、確かに戦前の大日本帝国海軍に存在した部隊の一つだった。黄土色のアーミーシャツの上に鉄板入りの防弾チョッキを頭からかぶると、ずっしりとした重みが両肩にのしかかる。さらに革製の弾薬入れ、防毒マスクの入ったバッグ、硬質ウレタン素材のおもちゃの日本刀を肩にかけ、最後に機関銃を構える。総重量は恐らく5キロ以上あり、着ているだけで全身に負荷がかかってじっとりと汗ばんでくる。重い。

着替えを終えると、コスプレをしているようで気分が高揚してきた。これは是非写真に撮りたいと思い、さっき食事中に雑談した共演者に、全身を写メで撮ってもらった。何枚か撮ってもらうと、

「一緒に撮ろうよ」

と言われ、横に並んで肩を組んだ。反日ドラマの制作現場で日本兵の軍服を着た中国人と肩を組むというのは、なんとも不思議な感覚だった。現場の空気感としては、「ドラマの撮影をしている」と意識はあっても、「反日ドラマを作っている」という意識はほとんどないのだ。

反日ドラマの役者たちの思い

彼らはどういう思いで日本兵を演じているのだろう。待機時間に地べたに座りながら、雑談がてら話を聞いた。役者たちは20代がほとんどで、私が日本人だと伝えると興味津々で話しかけてきた。生身の日本人に接する機会が少ないため、珍しいのだろう。ひょろりとしてあどけなさの残る20歳の男性役者に、この道を選んだ理由を聞いた。

「高校を卒業してから友達に誘われて、何となくこの世界に入りました。本当は時代劇をやりたいけど、日本兵役の方が需要が多いんです。日本兵を演じることに中国人として葛藤がないわけではないけど、生活のためもあってやっています」

別に反日思想に燃える愛国青年でもなければ、俳優になって一攫千金を夢見ているわけでもない。日本の多くの若者たちがそうであるように、彼もまた、何となくこの仕事を始めたというのだ。

映画村で撮影されている作品の半分以上が反日モノで、彼に与えられる役のおよそ6割は日本兵とのこと。好むと好まざるとにかかわらず、下っ端のうちはどうしても今日のような「その他大勢の日本兵」を演じることになるらしい。

日本に対してどんなイメージを持っているのか聞いた。

「抗日ドラマの日本兵を演じたからといって、それで日本を嫌いになることはないよ。とはいえ日本のことは、元々好きでも嫌いでもないけどね」

そう言って私の方を見ながら、薄闇のなかで苦笑いした。あくまで仕事と割り切ってやっているようだ。過剰な表現手法については、どう思っているのか。

「荒唐無稽なものはバカバカしくて見る人はいない。でも、芝居なんだから多少の誇張や脚色はあって当然だよ」

■「全体のストーリーはよく知らないんだ」

この日の撮影シーンの前後関係や設定年代が知りたい。だが、聞いてみると、「全体のストーリーは、実はよく知らないんだ。自分の出る部分だけ、言われた通りに動けばいいんだから」

という。監督の言われた通りに動くのが、役者の使命ということなのだろう。そもそも歴史的事実などというものには、大して興味がないらしい。悪気がないともいえるが、何も考えていないともいえる。何も考えずに悪辣な日本兵を演じているのだから、逆に恐ろしくもあるわけだが……。

給料はどのぐらいもらっているのか。

「日給100元(約1500円)ぐらい。月給は3000元(約4万5000円)弱かな」

住まいは映画村近くの賃貸住宅を借りていて、家賃は300元(約4500円)。下積み時代の役者の生活が苦しいのは世界共通かもしれないが、贅沢をしなければ生活はできる金額だ。

「抗日ドラマの撮影で大切なことは?」

と聞くと、

「リアリティー、真実味を出すことだね」

と断言。だが、日の丸を多用して悪辣な日本兵ばかりが登場するドラマのどこに「リアリティー」があるというのだろう。いや、彼のいう「リアリティー」とは、「客観的事実」という意味ではなく、単に視聴者にドラマの世界を信じこませるための演出という意味で言っているのだろう。

32歳の別の男性役者にも話しかけたが、やはり似たような回答だった。ただ一つ違ったのは、

「日本のことは嫌いだよ。日本は戦時中、中国人に対してとてつもない大罪を犯したんだからな!」

とステレオタイプに言い切っていたこと。本当に日本のことが嫌いみたいだ。20歳の役者のノンポリ然とした反応とは明らかに態度が異なったが、これは世代の違いかもしれない。32歳の彼が中学生だった頃は、まさしく江沢民政権が反日教育を推進していた時期だ。

ほかには、

「女房は実家で暮らしているから、俺は毎晩一人で寂しいんだよ」

と孤独を訴えてくる30代の男性役者もいた。中国では子育てなどを理由に夫婦別々に暮らすケースも珍しくない。皆それぞれの事情を抱えながら、この仕事をしているのだった。

■淡々と作られる反日作品群

ロケを終えて再び4時間かけて上海の自宅へ着くと、携帯電話に着信があった。一人暮らしの侘しさを嘆いていた、同世代のあの中国人役者からだった。

「映画村に来たら連絡してくれ。今度はメシでも食おう」

彼はその後もウィーチャット(=微信。中国版LINE)で連絡をくれ、

「いつか日本に遊びに行くよ。西谷はいつまたこっちに来るんだ?」

とずいぶん親しげに話しかけてくる。

個人として接する限り、彼らは必ずしも反日的ではなく、むしろ日本人の私に対して友好的ですらあった。しかも監督は日本の焼酎が好き。反日コンテンツ作りの中心にいる中国人たちは、不思議なぐらい反日ではなかったのだ。

でも、彼らが反日ドラマの制作を支えているのは紛れもない事実。ニュートラルな人々が淡々と反日作品をこしらえ、それによって社会全体にそこはかとなく反日感情が共有されていくという構図があった。

■消された「人民の貞子」

その後、中国の動画サイトで“問題作”として話題となった反日短編ドラマがある。中国でもヒットした日本のホラー映画「リング」の主人公、貞子を反日ドラマ仕立てに仕上げたパロディ作品だ。

ドラマのなかでは、日本兵から奪ったフィルムを中国兵が再生すると、画面のなかから、あの貞子が出てくる。だが、中国人民の優しさに触れた貞子は次第に人間らしい心を取り戻し、中国共産党に入党。村の青年と愛し合うようになる。だが、そこへ日本軍が攻撃を仕掛け、村は全滅。復讐心に燃えた彼女は「人民の貞子」となって、日本軍に報復するというものだ。

ワンパターンに凝り固まった従来の反日ドラマに対する、ある種の風刺や諧謔も込められているのだろう。見ると、今までにない新世代らしいユーモアすら感じるのだが、中国共産党はこんな作品は許さなかった。動画は公開から間もなく削除され、中国国内ではもう見ることができなくなっている。

いつか、こんな自由闊達な“反日ドラマ”にあの役者の卵たちが出てくれたらと夢想するが、それがいつになるかはわからない。

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西谷格(にしたに・ただす)
フリーライター。1981年、神奈川県生まれ。早稲田大学社会科学部卒。地方新聞の記者を経て、フリーランスとして活動。2009年に上海に移住、2015年まで現地から中国の現状をレポートした。主な著書に『この手紙、とどけ!106歳の日本人教師歳の台湾人生徒と再会するまで』『中国人は雑巾と布巾の区別ができない』『上海裏の歩き方』、訳書に『台湾レトロ建築案内』など。

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(フリーライター 西谷 格)