僕が1996年アトランタ五輪を通じて知っている西野朗監督は、練習前や練習後、食事のときなどに選手が気楽に話しかけることができる人でした。ただ、監督が選手誰かひとりを呼び出して話をするということは滅多にありませんでした。

その西野監督から僕は一度だけ呼び出されたことがあります。部屋に入ると、西野監督は五輪代表チームのキャプテンを務めてほしいとおっしゃいました。

光栄な話ではあったのですが、僕は辞退しました。服部年宏など僕よりキャプテンにふさわしいと思う人物がいたからです。ですが、西野監督の意志は固く、結局僕はお話しを受けることにしました。

そんな西野監督の頑固な部分、芯の強さは采配にも表れていました。選手たちが攻めたがっていたブラジル戦の方針を守備的にすると説得し、ハンガリー戦ではチームの中心選手だった中田英寿を外したのです。しかもブラジル戦、ハンガリー戦の2試合とも西野監督は勝利を収めています。

もっとも、西野監督は決して明るくはっちゃけるような人ではありませんでした。そのため監督と選手の間に入り、バランスを取りながらクッションになってくれた、山本昌邦コーチの存在は大きかったと思います。

今回は手倉森誠コーチが当時の山本コーチの役を担うことでしょう。さらに手倉森コーチはリオ五輪監督として、現在の日本代表で台頭してこようとしているリオ五輪世代をよく知っています。またヴァイッド・ハリルホジッチ前監督のときもコーチだったことから、選手の細かい情報もわかっていることでしょう。

西野監督が必要とするコーチの人物像は手倉森コーチにピッタリです。日本代表にとって手倉森コーチの存在は今後ますます重要になるはずです。