運命の慶應幼稚舎合格発表。6歳で得る“16年モノ”エンブレム争奪戦の、意外過ぎる結末
東京の勝ち組女である“港区妻”には階級がある。
頂点に君臨するネイティブセレブ港区妻たちの闘い、それは慶應幼稚舎受験である。地方出身の桜井あかりも、ひょんなことから幼稚舎受験に挑むことに。しかしそこには、数々の試練が待っていた。
旬の成長を妬んだ幼稚園のママ友から中傷を受けるも、玲奈と百合と話し、自分を取り戻したあかり。
受験本番を数日後に控え、玲奈の娘莉奈が、幼稚舎試験を受けられなかったことを知ったあかりは、玲奈の気持ちを考え、涙を流す。そしていよいよ、旬の受験本番の日―。

時計の針が進むのが、やけに遅く感じられる。
旬が幼稚舎の試験会場に入室してから30分が経った。あかりは保護者のために用意された教室の窓から、外を見つめる。都心とは思えない広い校庭で、抜けるような初冬の青空をバックに、大木の梢が揺れていた。
念のため持ってきた、願書のコピーに目を落とす。当初は意外に思ったが、幼稚舎の願書には親の出身校や職業を書く欄はなく、面接もない。
一見公平なようだが、あかりのように「ご挨拶」に行くルートさえない者にとってはそれも素直には喜べなかった。ここまで出自を明かせないとなると、全員がこの願書だけで判断されるとは到底思えないからだ。
慶應幼稚舎の生徒が、試験当日の成績が良かっただけの子で構成されるなど、あるはずがないのだ。
この願書を提出する前に、身上があきらかになっている受験生が大勢いるはずだと、あかりは思う。
しかし不思議なことに、今のあかりはそれも当然とさえ感じていた。
不気味な程バックボーンを書けない願書が意味するものとは?
慶應幼稚舎への挑戦権は、選ばれた者のみに与えられるのか?
ほんの半年前は、玲奈の同級生やその子どもたちが羨ましくてたまらず、眠れない夜を過ごしたこともあった。今思えば、お受験の世界に足を踏み入れるまで、あかりは本物の上流階級を目の当たりにしたことがなかったのだ。
あかりは小さい頃から、周囲よりほんの少し恵まれた容姿と頭脳、家庭環境を、自分の努力とかけ合わせて最大限に活用し、小さくても着実に夢を叶えてきた。

地方育ちとして知り得た、もっとも華やかな世界は、東京の慶應であり、航空会社のCAとして世界をフライトすること。そして初めて本気で恋をした修司と結ばれ、東京で暮らすこと。
その延長に、旬の名門小学校受験があった。当然、努力して達成できる目標だと思っていた。
しかし、現実は違った。
目指した幼稚舎受験の世界には、普通の人間には到底考えられない文脈で、その挑戦を運命づけられている人々が存在する。それをコネだ、お金の力だと言うのは筋違いだと今のあかりはわかっていた。
きっと幼稚舎が子供に期待していることは、勉強ができるなどという一元的なものではないのだろう。
才能、財産、コネクション、権力、能力、可能性…。そう、あらゆる分野のうちで何かが傑出していれば、可能性がある。フリー枠が仮に10名と言われれば、その中に入るために頑張るだけだ。どうせコネがあってもその中での闘いなのだから。
その時、教室の戸が開いて、先生と、5月・6月生まれの男子受験生が列になって入ってきた。控室にいた父親と母親が、息を呑むように我が子の様子を見る。試験の出来を推し量ろうとする気持ちと、まだ気を抜いてはいけないという気持ちがせめぎ合う。
あかりの元に戻って来た旬の第一声は、こうだった。
「すっごく楽しかった!」
あかりは、それで十分だと思った。
ほんの、100分。そこで見られたことだけが、旬の全てだとは思わない。受験の結果が、今後の人生の結審ではないからだ。
そして同時に、親と離れ、旬がたったひとりで力の限り頑張った100分間に思いを馳せる。自分が6歳の時に、そんなことができただろうか?結果はどうあれ、旬は自分の足で立って精一杯頑張り、帰ってきたのだ。
「でも、イリオモテヤマネコを描くチャンスはなかったなぁ」
旬の言葉に、あかりは思わず吹き出した。西表島…無駄だったけど、無駄じゃなかったよね。笑いながら、旬をぎゅっと抱きしめた。
◆
そして1週間後。あかりは、一人自宅のリビングに座っていた。慶應義塾幼稚舎合格発表。ウェブで受験番号とパスワードを入力すると、結果が表示される。
あかりは震える指で、Enterキーを押した―。
慶應幼稚舎の判断は?
回ってこない、切符
「補欠…!?」
ワンコールで電話に出た修司が、どうしていいのかわからない、といった情けない声音でつぶやいたまま、絶句する。
「うん…。でも、以前ミキ先生が、幼稚舎の補欠は去年も7名でたけど、ひとりも繰り上がらなかったって言ってたから…望みはないと思う」
「そりゃそうだよな…幼稚舎を蹴るなんてそうそうないよな…」
二人とも言葉が見つからず黙り込んだ。まさか補欠とは、思ってもみなかったのである。正直なところ、むしろ不合格と言われる準備はできていたのに、補欠と言われて激しく動揺した。
……もう少し「何か」があれば、幼稚舎に合格していたのだろうか?
「とにかく幼稚舎からの連絡は待つしかないし、いったん落ち着いて、今はこれからの国立3校に集中しよう」
修司は、あかりがいつまでも言葉を発しないので、慰めるように声をかけた。あかりもはっとして、そうだよね、とうなずき、電話を切った。国立の試験は2週間後に迫っている。
今すぐ立ち上がって、次のために準備をしなければ。北条ミキにも連絡を入れなくてはならないし、両親たちも心配しているだろう。
…しかし頭ではわかっているのに、ソファから立ち上がることができなかった。

幼稚舎にあと1歩だった。しかし入学できなければ何の意味もない。
以前合格発表が校内掲示もあった頃、補欠だった家庭がせめてもの証に、夕方にそっと記念写真を撮りに行ったと聞いたことがある。
幼稚舎で補欠とはそれだけでも凄いという趣旨の話だったが、今のあかりには掲示があったとしてもそんなことはできそうになかった。
それよりも、旬に何と言うべきだろうか?
やはり他に私立を受けておくべきだったのだろうか。合格証書が1通もないという状況に、今まで頑張ってきた旬を追い込むかもしれないのは、他でもないあかり自身なのだ。さまざまな角度から考えて、それもやむなしと信じているのに、今は後悔という言葉を頭から追い出すのに必死だった。
涙があとからあとから、流れる。
友人たちと、話したい。しかし今、おそらく喜びの絶頂であろう凛子にも、そして玲奈や百合にも、電話をすることはできない。共に戦った確かな連帯感があるのに、結果を共にすることはできないのだ。
涙はとめどなく、頬を濡らし続けた。
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長い闘いの果て、それぞれの進路は?そして凛子、衝撃の告白!
