追い詰められたプーチン「産油国なのにガソリンを輸入」の緊急事態…モスクワ防空網を突破され、親露派も怒り始めた
モスクワの防空網が突破され、首都の製油所が炎上した。だが、プーチン政権を本当に追い詰めているのは、ドローン攻撃そのものではない。製油所への相次ぐ攻撃で石油精製能力は大きく低下し、世界有数の産油国でありながらガソリンの輸入に追い込まれたロシアでは、給油制限まで始まっている。さらに、これまで政権を支えてきた親露派ブロガーからも批判の声が噴出。戦場だけではない、ロシア国内で静かに進む「異変」の実態に迫る。
【画像】ウクライナの大規模無人機攻撃で、黒煙に包まれるモスクワの製油所周辺
パルチザン組織がモスクワ州の通信塔をいくつも破壊
産油国であるはずのロシアが、ガソリンを輸入している――この一文だけで、いま何が起きているかのすべてが言い表せる。
6月18日の未明、モスクワの空はドローンの轟音で満たされた。
モスクワ市当局の発表で137機、ロシア国防省の集計ではクリミアを含む全土で555機から600機に迫るウクライナのドローンが、ロシアの中枢に殺到した。標的の一つは、クレムリンからわずか15キロの地点にあるモスクワ製油所だった。
年間1100万トンの精製能力を持ち、首都圏のガソリンと航空燃料の3割から4割を一手に供給するこの施設が、黒煙の柱を上げて燃えた。空襲警報に慣れていない市民は、SNSに流れる炎の映像を前に立ちすくんだ。
ここで注目すべきは、攻撃が「届いた」という事実そのものではない。届かせるために、何が起きていたかである。
攻撃に先立ち、ウクライナ側に協力するパルチザン組織が、モスクワ州の通信塔をいくつも破壊していた。そこには、低空を飛ぶ目標を捉え、迎撃を調整するための電子戦モジュールが積まれていた。防空網がぶっ壊された状態で攻撃を迎えたのだ。
モスクワを守るはずの同心円状の防空リングも、屋上に並んだパンツィーリも、最新鋭のS-500も、機能しなかった。
プーチンを追い込む「地味で致命的な現実」
ロシア国内に張り巡らされた工作網と連動した、計算し尽くされた一撃である。
だが、プーチンを本当に追い込んでいるのは、空から降ってくるドローンではない。地上で起きている、もっと地味で、もっと致命的な現実のほうだ。
ロシアの石油精製能力は、いまや日量400万バレルを割り込んでいる。2005年以来、21年ぶりの低水準である。総精製能力のおよそ3分の1にあたる日量214万バレル分が止まっている。
開戦以来、ウクライナは年間100万トン超の主要製油所33カ所のうち24カ所を、158回以上にわたって叩いてきた。ウラル山脈の東にあって射程外の2カ所を除けば、ロシアの精製能力の中核はほぼすべて、いつ燃えてもおかしくない状態に置かれている。
ロシア政府の対応にみる、かつてない追い込まれぶり
その結果が、産油国の燃料危機だ。全国2万9000カ所の給油所のうち、4分の1にあたる7000カ所以上で配給制が敷かれた。
タトネフチは1台あたりガソリン20~30リットルに制限し、ロスネフチは90リットルの上限を設け、携行缶への販売を全面的に禁じた。
占領下のクリミアでは現金での自由販売が止まり、運転手はクーポンやQRコードを示してようやく20リットルを手にする。ナンバープレートは公務員に記録され、燃料トラックを撮影してSNSに上げる行為は「破壊工作への加担」として刑事罰の対象になった。
エネルギーを外交の武器として振りかざしてきた国家が、自国民の給油を監視し、取り締まる側に回っている。
ロシア政府の対応を見れば、追い込まれぶりは隠しようがない。今年11月末まで、航空燃料の輸出が全面的に禁止された。国内で売るガソリンの硫黄分の上限は、欧州や中国の基準の15倍にあたる150ppmまで引き上げられた。ディーゼルに至っては35倍である。
質の悪い燃料を使うということは大気汚染が発生するわけで、国民の健康を犠牲にしてでも、製油所に量を吐き出させるしかないところまで追い詰められている。
テレビの中のロシアは何事もなかったかのような平常運転
そして極めつきが、アジアからの海路によるガソリンの緊急輸入だ。世界有数の石油輸出国が、自国の不足を西側の港経由の輸入で埋めている。同盟国のベラルーシやカザフスタンにも、ロシアの巨大な穴を埋める余力はない。
それでも、テレビの中のロシアは何事もなかったかのような平常運転だ。チャンネル1もロシア1もNTVも、開戦以来最大のロシア国内への攻撃に割いた時間は全体で1分に満たなかった。
朝のニュースでは、4つの主要ニュースからモスクワ攻撃が外され、後半でアナウンサーが短く読み上げただけだった。正午になると、各局はモスクワの被害を掘り下げる代わりに、ロシア軍がキーウやハルキウに加えた報復攻撃の成果を声高に伝えた。
タス通信は「500機以上を迎撃した」という数字を見出しに掲げ、優秀な防空システムがテロを未然に防いだという勝利の物語を組み立てた。製油所の火災は「直ちに鎮火された」とされた。
プーチンにとって頭が痛い問題は、そんな物語には、もはや誰も騙されないことだ。15キロ先で黒煙が上がり、空港が閉鎖され、ガソリンスタンドに長い列ができている。
プーチンにとって最も厄介な反乱が、足元から起きている
国外に拠点を移した独立系メディアと、数字を誤魔化せない通信社が、その現実を淡々と報じ続けている。6月8日深夜、ついにエネルギー省自身が、敵の航空攻撃の急増によって南部の一部で燃料供給に困難が生じていると公式に認めた。虚構のナラティブが、物質的な現実に敗北した瞬間である。
そして、プーチンにとって最も厄介な反乱が、足元から起きている。これまで戦争を熱烈に支持してきたZブロガー(親露派のインフルエンサー)たち、登録者150万人を超えるRybarをはじめとする軍事インフルエンサーたちが、政権に公然と牙を剥き始めた。
彼らの怒りの矛先は、最重要拠点の防空網をやすやすと突破された軍指導部であり、民間の防空チームの足を引っ張る官僚主義であり、そして国家のインフラが次々と燃えているのにウクライナを「テロリスト」と呼ぶだけのクレムリンの弱腰な広報である。
ここで取り違えてはならないことがある。
Zブロガーは「戦争をやめろ」とは言っていない。「もっと冷酷に、もっと有能に戦え」と要求しているのだ。リベラルな反戦派よりも、この声のほうがはるかに危険である。
なぜなら、それは政権に対して際限のないエスカレーションを迫る圧力になるからだ。実際、プーチンは表向き強気を崩さず、6月12日の演説でAIを統合したドローン技術を称賛してみせた。
その裏で、新型中距離弾道ミサイル「オレシュニク」の発射準備が進められていると報じられている。通常兵器での防空に失敗した政権が、非対称の力を見せつけることで国内の不満をなだめようとする焦りの表れだ。
プーチンは、二つの綱の上を同時に渡っている
Zブロガーたちの分析は冷静である。ウクライナは低高度空域の支配権を確立し、ロシア軍の前線は、進もうとすれば即座に発見され排除される「キルゾーン」と化した。
空のコントロールを奪還しない限り、追加で30万人を動員したところで、新たな犠牲者をキルゾーンに放り込むだけだとZブロガーは言う。
もう底だと思うたびに、翌日にはさらに下がっている--Zブロガーが共有しているのは、そういう出口のない感覚である。
プーチンは、二つの綱の上を同時に渡っている。エリートの離反を防ぐための強権的な締め付けと、愛国派の不満を鎮めるための軍事的エスカレーションだ。
どちらに足を滑らせても、転落する。モスクワの空を覆うドローンの影は、戦車の損害や領土の取り合いといった次元の話ではない。
プーチン自身が始めた戦争が、いまや自国民の日常を、そして政権を支えてきた社会契約そのものを、内側から食い破り始めているという現実を映し出している。
追い込んでいるのは、ゼレンスキーではない。プーチンが点けた火が、彼の足元に回ってきただけのことだ。
文/小倉健一
