「お腹を殴られ、祝儀は使い込まれてサラ金の督促も…」ギャルモデル・うさたにパイセン(31)が明かす“最悪の結婚生活”と、離婚を決意した瞬間「いまだに連絡が来て怖いんですよ」
〈「タイマンで喧嘩して補導、高校は無期限の謹慎…」GPSで娘の居場所を追う“超過保護家庭”で育ったギャルモデル(31)が、両親の反対を振り切って15歳で家をでた驚きの結末〉から続く
「Ranzuki」や「ageha」などギャル雑誌の専属モデルを15年つとめ、現在は日本ギャル協会の会長として、ギャル文化を世界に発信するうさたにパイセン(31)。
【再婚&妊娠フォトを初公開】妊娠6カ月のお腹を支えるうさたにパイセンと、再婚相手の「10年来の親友」
27歳で「この人だ!」と直感で選んだ相手と結婚したが、ふたを開けてみれば結婚式のご祝儀は無断で使い込まれ、サラ金からの督促電話もかかってきた。おなかを殴られるなどDVもあり解離性障害を発症してしまった。離婚までに2年半かかった結婚生活について話を聞いた。(全3回の2回目)

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――うさたにさんは2025年6月に離婚の発表をしていますが、結婚生活についてもお伺いしていいですか。
うさたに 籍を入れたのが2022年の12月で離婚が去年の6月だったので、2年半くらいの結婚でした。旦那の前に付き合った人とは5年くらい同棲してたんですけど、別れて前の旦那と会った時にビビッときて、「この人だ!」と思ってスピード婚しちゃったんです。
――どこにビビッときたんでしょう?
うさたに 2人で喋ってる時はすごい優しくて、「めっちゃ大変だったね」「今日どういうことあったの?」って聞いてくれる。そういう気遣いをされたことがなかったので、最初はすごくいい人だと思ってました。
結婚式のご祝儀のお金を無断で使われ…
――実際にはそうではなかった?
うさたに 結婚してからいろんなことが起きたんです。最初のショックは結婚式のご祝儀でした。私は小さい頃からお年玉とかも絶対に取っとく派で、友達やお母さん、おばあちゃんがくれたご祝儀のお金なんて絶対使いたくなかったんです。なのに無断で使われてて、気づいたら全部なくなってたんです。2人のお金なのに。
――何に使っていたんでしょう?
うさたに 会社でお金のトラブルがあったみたいで、そこに使ったらしいです。
――他にも気になることが?
うさたに 知らない間に借金してたこともありました。基本的に私に何も言ってくれなくて、ある日郵便物をパッと開けちゃったらカードの督促状でした。「お嫁さんですか」「家賃払ってますか」って電話もかかってくるようになって、「どちら様ですか」って聞いたら会社名を言うから、調べたらサラ金だった。
――事前にも事後にも相談されなかった?
うさたに 「結婚してるのに、私って何なんだろう」って思いましたね。一言でもいいから言ってくれればよかったのに事情すら話してくれなくて、信用されてない、頼られてないのが伝わってきて、それがやばすぎました。
――何も教えてくれないのはキツイですよね。
うさたに それに、優しいのも2人の時だけなんだって後から気づいたんです。誰か他の人がいる前では私のことを酒の話のネタにして、「うちのギャル」って呼び出して、名前も言わずに笑いものにするようになって。
――第三者がいると態度が変わる。
うさたに 「ギャルが」って笑いものにされるから、自分もノリを合わせなきゃいけない空気になるじゃないですか。一対一でいじるのは良かったんですけど、他人がいる場でネタ扱いされるのは全然違うから、後から「あれはひどくない?」って聞いても「え、何が?」みたいな感じで、そもそも傷つけてる自覚がない。ギャルを笑いものにされたことも、めちゃくちゃ許せないです。
――他にはどういうことをネタにされるんですか?
うさたに 一番ひどかったのは、私がADHDなことを人前でバカにされたこと。友達はみんな心配して「やばくない?」「別れた方がいいよ」って言ってくれたけど、2人の時は優しいからどっちが本当かわかんなくて混乱しちゃって。
「年下のギャルと結婚した俺」という自意識が透けて見えた
――2人の時に優しいけど……というのはよく聞きます。
うさたに 人間的には好きなところもあったし、相手の親もめっちゃ可愛がってくれたんですけど、隠し事が多すぎて結局その人を信用できなくなって。何が本当で何が嘘なのかわかんない状態だと、一緒にいるのが無理なんですよね。「年下のギャルと結婚した俺」みたいなのが透けて見えるのも、すごく嫌でした。
――離婚に踏み切る決定的な出来事などはあったのでしょうか。
うさたに あまりにも私の持病をバカにしてくるので、お酒を飲んでたこともあって喧嘩になり、私に限界がきて肩パンしたところ「正当防衛」と言われてお腹を殴る蹴るされました。相手の後輩が止めてくれたので、その人がいなかったらもっとされてたと思います。
次の日にはケロッとしてたし、「大きい犬がぶつかったアザじゃん」と謎の持論を展開されて……。
――お腹を殴る蹴る。
うさたに 吐いちゃうくらいでした。この人やばいなとその時はっきり思いました。両方の親に、殺されるかもと泣きながら即連絡したのを覚えています。
――それでもう無理だと。
うさたに 本当はそれでも許したい気持ちはあったんですよ。ギャルのポジティブさでなんでも許そう、許せるはず、みたいに思ってたし。でもどうしても無理でした。頭では「許してあげよう」って思っても体が拒絶するんです。
――何か症状が出てしまったんですか?
うさたに 後から振り返ると解離性障害みたいな感じでした。1日に何回も過呼吸になって、急に泣いたり笑いだしたり、一点を見つめて動けなくなる。自分としてもずっと暗闇の中にいるみたいで、自分が誰だかわかんなくなるんですよ。で、そこからの戻り方がわかんない。
――自分が自分でないような感覚ですか。
うさたに 毎日いろんな人に会うのが楽しみだった私が、ぼーっとして何もできなくなってました。YouTubeも更新できない時期があったんですけど、あの頃がまさにそうです。マジで自分の人生終わったと思いました。
クリニックへ行ってうつ病って初めて診断された時は信じられなかったけど、お酒の量も増えて飲まないと眠れなかったし、体が壊れていくのに止め方がわからなかった。完全にうつでした。
なんでも切り替えられるギャルのマインドでも「あの時はさすがに無理でしたね」
――そんなギリギリの状態で支えになったものはあったのでしょうか。
うさたに やっぱりギャルが最後の支えでしたね。そんな最悪の状態でも、ギャルであることに対してはずっと前向きだったんです。私の最終目標は、100歳のギャルおばあちゃんになって、現役ギャルモデルのまま、いろんな世代のギャルたちに囲まれながら地球を卒業することなんですよ。その目標はずっと残ってて、「ここで終われない」ってずっと思ってました。
ギャルのマインドは何があっても「神イベ神イベ」って切り替えられることだと思うから、どん底でもその気持ちだけはずっとありました。
――ギャルのマインドが最後の支えだったんですね。
うさたに でもあの時はさすがに1人では無理でしたね。周りの人たちが助けてくれて、ずっとそばにいてくれた人もいたし、ボロボロの私をなんとか励まそうとしてくれて。「あの頃のうさたにはやばかったね」って今でも言われるくらい別人だったんで。
「いつか子どもが生まれたらDVがそっちにも向くんじゃないかって」
――そしてようやく別れを決断できた。
うさたに おなかを殴られたのが頭から離れなくて、私は子どもが欲しかったけど、いつか子どもが生まれたらDVがそっちにも向くんじゃないかって思ってしまって。
――離婚はスムーズにできたんですか?
うさたに 1年くらいの別居を経てようやくでした。その間、私が別れたいと連絡をしても音沙汰がない時期が長く続いていて。
――離婚が成立して、今はすっきりしていますか。
うさたに それが、未練があるのか元夫からいまだに連絡が来て怖いんですよ。なんで離婚されたかも多分わかってないんだと思います。だから、執着なのか……。サラ金からも最近また電話が来て、「お嫁さんですか」って。もう嫁じゃないんだよって思いますよね。早く全部終わってほしいです、本当に。
――今は、どんな生活を。
うさたに いまの生活は全然違いますよ。
〈「再婚しました。あと、妊娠してます」DVで離婚したギャルモデル・うさたにパイセン(31)が初めて明かす“10年来の親友との再婚”と“山奥の無人駅暮らし”〉へ続く
(二瓶 仁志)
