外から見れば、ごく普通の家。しかし扉の向こうでは、説明のつかない違和感が当たり前のように息をしている――そんな「家族の闇」を描くマンガを10作品集めてみた。血縁や同居は、安心であると同時に、逃げ道を消す装置にもなる。誰かの一言、家のルール、優しさに見える支配が、じわじわ日常を侵食していくのだ。読み終えたら最後、あなたはこれまでと同じ目線で家族を見ることができなくなるかもしれない……。

【漫画】『にせもの家族』を読む

▶箱の男

▶にせもの家族

▶どちらかの家庭が崩壊する漫画

▶ファミリープラン

▶飼われる、私。―狂愛の双子に囚われて―

▶毒親だけど、愛されたかった

▶お母さんのおむつを替えた日 ヤングケアラーの見つけ方

▶汚部屋そだちの東大生

▶さよなら毒家族 アルコール依存症の祖母の呪縛から解放されて私を取り戻すまで

▶すべては子どものためだと思ってた

■1)『箱の男』(都会/白泉社)



「パパは箱の中に住んでいる」──その一言で世界が歪む。

「私のパパは箱の中に住んでいる――『私の家族は普通じゃないの?』」というフックが、読み手の心を強烈に揺さぶる作品、それが『箱の男』だ。

 冒頭一発目で、住宅街の一室で“箱に入った男の死体”が見つかる事件から幕を開ける。物語はこの事件の13年前に遡り、箱の中で死んだ男や、その家族を巡る秘密に迫っていくというサイコサスペンスとなっている。横長の箱から腕だけを出してご飯を手に取り、「もちゃもちゃ」と音を立てながら食べる風景があまりにおぞましい。しかし家族はそれを平然と受け入れている……。

不穏度 ★★★★★/家庭の闇深度 ★★★★★

■2)『にせもの家族』(田澤裕/スクウェア・エニックス)



「あなた、息子よね?」――他人の家に“家族扱い”される恐怖。

 見知らぬ女性に、突然「息子」と間違われる。そこから主人公は、ある秘密を持った家族と関わりはじめ、気づけば“家族の席”に座らされていく物語である。タイトルだけならサスペンスだが、実際はもっといやらしい。相手が優しく、受け入れてくれるほど断りづらいのだ。居場所を与えられる喜びと、嘘の匂いが同居して、読者まで「このまま居ていいのか」と揺らされるだろう。

ざわつき度 ★★★★☆/取り込まれ度 ★★★★☆

■3)『どちらかの家庭が崩壊する漫画』(横山了一/KADOKAWA)



幸せなはずの家庭が、静かに“詰み”へ向かっていく。

 一方は、一流企業でバリバリ仕事をこなすエリートサラリーマンと妻、娘を擁する薬師寺家。もう一方は金髪・強面・無職でパチンコ通いの夫・ゴンと妻、娘を擁する毒山家。この作品は最初から「どちらかの家庭が崩壊する」と宣言し、読者にカウントダウンを強いる。さて、いったいどちらの家庭が崩壊してしまうのか? その視点で眺めると、平穏な場面ほど不穏に見えてくる。小さな見栄、我慢、比較、見ないふりが積み上がり、ある瞬間に“崩れる側”が決まってしまう胃の痛さが残るだろう。

胃痛度 ★★★★★/日常崩壊度 ★★★★☆

■4)『ファミリープラン』(本田優貴 / 白泉社)



血まみれの札束が、仲のいい夫婦を“別人”に変えていく。

結婚1年の新婚夫婦・優介と彩乃は「人間、欲張ったらダメになる」を信念に、そこそこ幸せな暮らしを守ろうとしている。ある日、日帰りトレッキングツアーに参加し、山の中で血まみれの大金を見つけたことで事態は急変。出所の怪しい“大金”を前にして理性が揺らぎ、隠す・嘘をつく・疑うが連鎖していく。「警察に届け出る」と言って通報したツアーガイドのだったが、夫婦は彼女が嘘をついていると考える。ふたりのとった行動とは?

指標:家庭崩壊度★★★★☆/不穏度★★★★★/後味★★★★☆

■5)『飼われる、私。―狂愛の双子に囚われて―』(露茶:作画、蒼月イル:原作/KADOKAWA)



溺愛は、いつでも檻に変わる。

 主人公が双子に強く執着され、独占と束縛の関係に絡め取られていくラブサスペンスである。誰がどこで何をされ、どう逃げにくくなるのかが具体的に描かれる。独占、束縛、嫉妬が渦巻く“狂愛”があまりに恐ろしい。好かれているはずなのに、相手の機嫌や視線が生活のルールになり、断る言葉が喉に詰まる。怖いのは暴力の瞬間より、「嫌だ」と言ったら関係が壊れるという恐怖で自分を調整し始めるところだ。恋愛と依存の境界が曖昧になった経験がある人ほど、胸がきゅっとなるだろう。

束縛度 ★★★★★/読後の息苦しさ ★★★★☆

■6)『毒親だけど、愛されたかった』(鈴村五月/KADOKAWA)



憎みたいのに憎めない、その感情がいちばん残酷である。

 毒親へと変貌していく母と、ひとりその犠牲になった4人姉妹の長女の姿を描いたコミックエッセイだ。優しかった母が毒親に変わっていく過程、姉妹の中で役割を背負わされる痛み、そして「断ち切れない」という感覚が、静かに積み上がっていく。毒親ものの怖さは、親が“悪”だと断言できれば楽になるのに、愛情や期待が残ってしまうところにある。本作はまさにそこをえぐる。読むほど、過去の場面が別の意味で思い出されるはずだ。親との距離に悩む人に効くだろう。

心の傷えぐり度 ★★★★☆/共感で泣ける度 ★★★★☆

■7)『お母さんのおむつを替えた日 ヤングケアラーの見つけ方』(一ノ瀬かおる/竹書房)



子どもが“生活の責任者”になる日がある。

 この物語は、あまりにも過酷な「孤独な介護」の実態を、ひとりの青年の人生を通して描いたコミックエッセイだ。「母親のおむつを替えたそのとき、子どもではいられなくなった」という言葉が、胸の奥に重く沈む。家庭の事情は外から見えにくく、本人も「うちはこういうものだ」と思い込んでしまいがちだ。怖いのは派手な事件ではなく、未来の選択肢が静かに削られていく現実である。誰かの異変に気づける目を持ちたい人、支える側の孤独を知りたい人に届くだろう。

現実の重さ ★★★★★/静かな涙度 ★★★★☆

■8)『汚部屋そだちの東大生』(ハミ山クリニカ/ぶんか社)



異常が“普通”になると、抜け出すのがいちばん難しい。

 主人公が汚部屋の家庭環境で育ち、その“当たり前”が後から別の意味を持つまでが描かれる体験マンガだ。「自宅は虫の這いまわる汚部屋で、トイレは7年間壊れている」この具体の破壊力がすべてである。機能不全家庭の当たり前が、後から「それはおかしい」と輪郭を持つまでが描かれる。怖いのは環境の悪さではなく、そこで育つと感覚が麻痺し、助けを求める発想すら持てなくなる点だ。読み進めるほど、自分の過去の見え方が変わってくるだろう。

生活ホラー度 ★★★★☆/気づけなさの怖さ ★★★★★

■9)『さよなら毒家族 アルコール依存症の祖母の呪縛から解放されて私を取り戻すまで』(ゆめの/KADOKAWA)



「家族だから」が、人生を縛る鎖になる。

 アルコール依存症の祖母の呪縛から解放されて自分を取り戻すまでを描いた壮絶な実体験コミックエッセイだ。4歳の時に父親が蒸発、母親を自殺で亡くし、母方の祖父母に引き取られた。平穏な日々が訪れるかと思いきや、祖母は重度のアルコール依存症。「普通の家族」を夢見ながらも、著者・ゆめのさんは小学生の頃には“ヤングケアラー”となり、暴言を吐く祖母と、世間体を気にする祖父に苦しめられることになる……。彼女に希望は訪れるのか?

闇深度 ★★★★★/回復の光 ★★★☆☆

■10)『すべては子どものためだと思ってた』(しろやぎ秋吾/KADOKAWA)



「正しさ」は、ときにいちばん暴力的である。

 普通の幸せを願う母が、いつの間にか毒親へ変化していく様子を描いた物語である。中学受験のためにさまざまな情報を仕入れ実践していく母親。だが、彼女の思いは彼と家族を次第に追い詰めていくことになる……。怖いのは、悪意ではなく、善意と不安が合体して支配になるところにある。情報を集めるほど正解が欲しくなり、正解を求めるほど子どもへの圧迫が強くなっていく。この“良かれ”の連鎖がリアルだ。親の期待に応えてきた人ほど、読んでいて胸が詰まるだろう。自分の人生の主語を取り戻したい人に薦めたい一作である。

善意ホラー度 ★★★★★/胸の詰まり度 ★★★★☆

 家族の闇を描く物語は、読後にスカッとするタイプばかりではない。だが、ざわつきが残るからこそ「自分は何を嫌だと感じていたのか」「どこで無理をしていたのか」が見えてくる。本稿の10作は、事件だけでなく、優しさ・正しさ・同居・役割といった“日常の材料”で人が追い詰められる様子を映す。『箱の男』から始めて、似た温度の作品を辿るうちに、言葉にならなかった違和感に名前がつくはずだ。