“症状ゼロ”でも心不全は進行!? 高血圧・糖尿病の人が今日から始めたい『血管を守る対策』
岸拓弥氏(医師/国際医療福祉大学大学院医学研究科循環器内科教授)
九州大学医学部卒業。同大学大学院医学研究院臓器機能医学(循環器内科学)専攻修了、医学博士。九州大学病院や飯塚病院などで循環器内科医として臨床経験を積む。九州大学大学院医学研究院にて助教・講師・准教授を歴任し、心血管治療やリスク予測研究に従事。2019年より国際医療福祉大学教授。現在は高血圧および循環器疾患の予防・治療に取り組む。日本循環器学会 循環器専門医。日本高血圧学会理事。
大坂貴史氏(医師/綾部市立病院内分泌・糖尿病内科部長)
2009年京都府立医科大学卒業後、京都南病院で初期臨床研修を経て京都第二赤十字病院に就職。その後、京都府立医科大学大学院博士課程で医学博士を修得し、現在は綾部市立病院 内分泌・糖尿病内科部長、京都府立医科大学大学院医学研究科内分泌糖尿病代謝内科学講座客員講師/臨床准教授。日本糖尿病学会糖尿病専門医・指導医、日本内科学会総合内科専門医、日本医師会認定健康スポーツ医。市中病院で糖尿病をもつ患者さんを診察しながら、大学で糖尿病に対する研究を行っている。糖尿病と筋肉、糖尿病運動療法が専門。幸せになる運動の開発が現在の研究テーマ。趣味は料理とワイン。日本ソムリエ協会認定ワインエキスパート、SAKE DIPLOMA。居合道・弓道・合気道有段者。YouTube、Xで医療情報を発信している。
宮脇大氏(医師/Doctor’s Fitness診療所代表医師)
2011年大阪大学医学部医学科卒業。循環器内科医として臨床経験を積み、大阪大学医学部附属病院などで診療に従事。生活習慣病や心血管疾患の予防・治療に取り組むとともに、「未病」段階からの健康管理の重要性に着目し、Doctor’s Fitnessプロジェクトを立ち上げる。医療と運動を組み合わせたメディカルフィットネスの実践を通じて、運動・食事・睡眠を含めた総合的な健康支援を行っている。日本スポーツ協会公認スポーツドクター、日本医師会認定健康スポーツ医。日本ラグビーフットボール協会医師。
動脈硬化が招く心血管の重大な病気とは
血管を傷めつける真犯人は「高血圧」「糖尿病」「脂質異常症」
岸拓弥氏:
血管は全身のあらゆる部位に存在し、私たちの生命活動を支え続けています。正常な血管は豆腐のようにしなやかで、針を刺してもいつ当たったか分からないほどです。
ところが動脈硬化が進むと、血管は卵の殻のように硬くなり血管内壁には黄色い脂質の塊が形成されます。この塊が破裂すると血管が突然詰まり、心筋梗塞や脳卒中の原因となります。
ここで重要な点は、動脈硬化そのものが悪者なのではなく、動脈硬化を招く高血圧や糖尿病、脂質異常症こそが血管を傷める真の要因だということです。
動脈硬化に起因する疾患(脳卒中・心筋梗塞・腎臓病・失明など)では、毎年多くの命が失われています。心不全の患者数は国内でも増加傾向にあり、入院後の死亡率・再入院率ともに高い水準にあります。多くのがんよりも予後が不良で、女性ではすでに心臓病による死亡数ががんによる死亡数を上回っています。男性でも高齢になるほど、心臓病が死因の上位を占める傾向にあります。
血管を守るために今すぐ実践できる3つのこと
血管を守るためにまず実践したいのが、家庭での血圧測定です。家庭血圧で135/85mmHg以上は高血圧にあたります。降圧目標は125/75mmHg未満とされており、この目標を達成できている人はいまだ少ない状況です。朝起きてトイレの後、朝食前に計測する習慣が推奨されています。
次に重要なのが塩分摂取量の管理で、1日6g未満が推奨されています。調味料は「かける」のではなく「つける」、麺類の汁は残す、加工食品の頻度を減らすといった工夫が効果的です。
有酸素運動も有効です。週5回、各20分程度が目安とされていますが毎日完璧にこなす必要はなく、「週の半分だけ意識して取り組む」など無理のない取り入れ方が長続きにつながります。
薬だけではない? 食事と運動による糖尿病や脂質異常症の改善方法
大坂貴史氏:
糖尿病や脂質異常症の治療は、単に数値を下げることが目的ではありません。最終的な目標は、心血管疾患や心不全の発症を防ぐことにあります。
糖尿病とは血糖値が慢性的に高い状態が続く病気で、原因は人によって異なります。生活習慣が主な要因となる人もいる一方、生活習慣とほとんど関係なく体質的なリスク要因から発症するケースもあり、一括りにはできません。薬物療法が必要となる場合も少なくありません。
糖尿病の食事は「どれだけ食べるか」と「何を食べるか」
近年の糖尿病診療ガイドラインでは、肥満でない人に対する一律の食事量制限は推奨されなくなりました。食事は「何を食べるか」が重要とされています。目安として、食事の約半分を野菜、4分の1を玄米や全粒粉などの精製度の低い穀物、残りの4分の1を鶏肉・豆腐・魚などのタンパク質で構成する方法が推奨されています。清涼飲料水はできるだけ控えることが望まれます。
運動は「すべて完璧に」ではなく「一つでも継続する」
運動は薬に近い働きを持つとされています。血糖の改善や体重管理だけでなく、がんの予防、骨粗しょう症の改善、認知機能の維持などにも関与するとの報告もあります。具体的には、歩行などの有酸素運動、筋力トレーニング、座っている時間を減らすといった取り組みが推奨されています。ただしすべてを完璧に行う必要はなく、どれか一つでも継続することが重要です。
薬物療法が必要なケースは「高LDL」、家族性高コレステロール血症は要注意
脂質異常症では、LDLコレステロール(悪玉コレステロール)の管理が重要です。家族性高コレステロール血症は、遺伝が原因でLDLコレステロールが幼い頃から高くなる体質で、生活習慣に関わらず若くして動脈硬化が進行しやすいという特徴があります。家族性高コレステロール血症は一定の割合で存在し、この場合は生活習慣の改善だけでは不十分となるため、薬物療法が必要になります。体内のコレステロールの多くは肝臓で作られるため、食事からの摂取制限だけでは効果が限定的とされています。HDLコレステロール(善玉コレステロール)は、薬で数値を上げてもリスク低減につながらない可能性が指摘されています。
また中性脂肪は、脂質よりも糖質やアルコールの影響を受けやすいことが知られています。
ステージ分類から考える心不全予防―「異常なし」段階から進行防ぐ
宮脇大氏:
心不全には、がんと同様にステージ分類があります。ステージは以下のとおりA~Dの4段階に分類されます。
【ステージA】
高血圧や糖尿病、脂質異常症などのリスク因子があるものの、心臓に器質的な異常がない段階
【ステージB】
心臓に器質的な異常が認められるものの、症状は表れていない段階
【ステージC】
息切れやむくみが出現し、入院が必要となる状態
【ステージD】
心臓移植が検討されるような難治性心不全
ステージAからBへどのように進行するかというと、例えば高血圧の場合心臓に負担がかかり続けています。過剰な負荷のもとで収縮を繰り返した心臓は、次第に壁が厚くなります。その結果、しなやかさが失われ、拡張しにくい状態へと変化します。このような変化は、見た目の収縮機能が保たれていても心不全を引き起こす原因となります。
また、心不全は心臓だけの病気ではありません。血管、腎臓、肺、骨格筋、免疫、炎症など、全身のシステムが関与する病態として捉えることが重要です。
予防医療の役割は、ステージAの段階で進行を食い止めることにあります。ステージAの人をBに進めないこと、Bの人をCに進めないことが重要です。
なお、高血圧や糖尿病がある人は、心臓に異常がなくてもステージAに該当します。この事実を知ることが、予防の出発点となります。
「血管を守る」予防戦略の“課題”と『情報の届け方』の工夫
岸拓弥氏:
がんのステージ分類はドラマでも取り上げられ、広く社会に浸透しています。一方、心不全のステージ分類はほとんど知られていないのが現状ではないでしょうか。心不全はステージAの段階で介入することが最も効果的とされています。しかし社会への浸透はいまだ十分ではないように感じています。
大坂貴史氏:
糖尿病の患者さんは全員が心不全ステージAに該当します。日本糖尿病学会糖尿病専門医であっても、そうした視点で診療にあたっている医師は多くありません。目の前の血糖値やコレステロール管理に集中するあまり、将来のリスクへの意識が向きにくいこともあると思います。
宮脇大氏:
予防医療に携わる人にとって最も大切な役割は、患者さんがステージBやCに進まないよう予防的に働きかけることではないでしょうか。私のクリニックでもフィットネストレーナーに医学知識を伝え、利用者の健康意識を高める取り組みを進めています。
岸拓弥氏:
健診結果の分かりにくさも大きな課題です。現状は法的制約もあり、健診結果に診断的な表現を記載できません。そのため健診結果と受診行動の間に、産業医・保健師・トレーナーなどワンクッション挟む役割の存在が重要です。民間レベルでは、トレーナーや宅配業者、保険の担当者の活用などさまざまな取り組みも始まっています。
大坂貴史氏:
糖尿病で初めて外来を受診した患者さんの中には、数年前から健診で異常を指摘されていたケースが少なくありません。症状が出てからでは手遅れになる場合もあり、もっと早い段階での介入が必要です。一人でも多くの人にこの現状を知っていただきたいと思います。
宮脇大氏:
今後は健康データの解釈を支援する仕組みも整えていきたいと考えています。また、多職種が連携して市民のヘルスリテラシー向上に取り組むことが、これからの社会に求められているのではないでしょうか。
岸拓弥氏:
「正しい情報」を発信するだけでは不十分です。高血圧や糖尿病、体重のことで悩む人々の気持ちに寄り添い、その声に耳を傾ける姿勢が医療者にも求められています。脳卒中や心筋梗塞のない社会に向けて、「情報の届け方」を考え続けることが必要なのではないかと考えています。
編集後記
登壇した医師たちに共通していたのは、「血管を守ることが予防医療の出発点である」という視点でした。高血圧・糖尿病・脂質異常症は、症状がないまま血管や心臓に負担をかけることがあります。特に、心不全ステージAという考え方は、症状が出てからではなく、リスクがある段階から予防に取り組む重要性を示しています。まずは家庭で血圧を測る、食事の塩分を見直す、少し歩く時間を増やすなど、できることから始めてみてください。本稿が読者の皆様にとって血管を守り、健やかな毎日を送るきっかけとなりましたら幸いです。
