ついに東大・京大を突破したAIだが

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 AIに2026年の東京大学と京都大学の入試問題を解かせたところ、なんと、首席合格に相当する点数を叩き出したと話題になった。特に数学は大得意で、満点を連発したそうだ。AIスタートアップの「LifePrompt」の発表によると、国内の大学受験で最難関とされる東大理科三類では、ChatGPTとGeminiが合格者最高点を上回る点数を記録したという。

【がんばれ受験生】今も昔も日本最難関「東京大学」「京都大学」の風景

 実は、こうした実験自体は2024年から実施されてきたのだが、当初はまったく歯が立たず、不合格が続いたようだ。「AIは大したことがない」と嘲笑する人も多かったが、わずか2年で、受験生も真っ青の“優秀な学力”を身に着けてしまったのだ。高校生の悩み相談相手としても人気の高いChatGPTこと“チャッピー”は、今や学力の面でも超優秀なのである。

ついに東大・京大を突破したAIだが

 こうした結果を受けて、SNSでは議論が巻き起こった。「暗記科目はAIに任せればいい」「受験の仕組みを変えないといけないのではないか」という意見も上がり、受験不要論を叫ぶ人も出てきている。受験生のなかには「わざわざ勉強する意義はあるのか」と、ショックを受けている人もいるようだ。

 今後ますます生成AIが進出する社会において、勉強する意味、大学受験に取り組む意味はあるのだろうか。インターネット予備校「スタディサプリ」の社会科講師を務め、数々の著作がある伊藤賀一氏に話を聞いた。【取材・文=山内貴範】

AI時代でも大学受験はなくならない

――AIが東大、京大に主席合格だそうです。このニュースで、AIが本格的に賢くなったと賞賛している人もいます。

伊藤:僕がいつも思うのは、AIは決して万能ではないということ。もちろん、代替できるものもあるけれど、同じくらい、代替できないものもあるということです。例えば、ビジネスの場にはAIがどんどん進出してくるといわれます。しかし、だからといって人間によるリサーチやコミュニケーションは不要になるでしょうか。

 そもそも、人間の行動は、大部分が無駄でできているからこそ魅力的だし、楽しいのです。AIは、正しい知識や無駄のない最短距離、金銭的なメリットなどを提示するのは得意だけど、それだけで人の心は動かない。人のハートにぶっ刺さるような提案は、人間じゃないとできません。AIが普及する時代は、人間臭い部分が一層強調され、重視されるようになると思います。

 つまり、余白部分、最短距離ではない部分が輝きを増してくると思います。今だって、文章のやり取りはデジタルで行うのが基本ですが、どんなに定型的な文章でも、ご自身で考えた言葉が添えられていると心にグッとくる。または、パソコンで書いた手紙でも、その片隅に手書きでお礼の言葉が添えられているだけでも、映えるじゃないですか。

――AIの時代だからこそ、人間だからこそできることが際立つわけですね。

伊藤:そして、人間と人間のコミュニケーションがある以上、共通言語になる最低限の教養がないといけないのです。英語でAppleがリンゴを意味するとか、織田信長はどんな人だとか、エジソンって何をしたのか……といった教養がないと、話が盛り上がらない。相手が心を閉ざしてしまうと思います。

 そういった最低ラインの知識を揃えるうえで、大学入試は最適だし、無意味ではないといえるでしょう。教養というと、なんだか難しいもののように感じられるかもしれませんが、共通言語の一つ、と捉えるとわかりやすいかもしれません。話を広げるため、円滑なコミュニケーションをとるためのツールなのです。

教養を高める重要な機会

――大学入試のあり方が、今後変わるのではないかという意見があります。

伊藤:あり方というか、世間の認識も“たかが大学受験”となるかもしれませんね。でも、今後も大学という存在があり続ける以上は、大学受験は消えることはないし、必須であり続けると思います。先ほどもお話ししたように、AIの時代だからこそ基礎教養が重視されるようになり、大学受験の意義が強調されると思います。

 日本史でいえば、織田信長や卑弥呼はアニメキャラクターのような存在だと思う。歴史好きの人と会ったときに、最低限どんな人物であるかを知っているだけで、会話が弾むでしょう。そして、そういった会話を通じて得られる喜びや快楽は、人間にしか味わえないものだと思うのです。

――世界を広げるためには教養があったほうがいい。短期間で一気に様々な教養を得ることができる受験は、その最適な機会といえますね。

伊藤:そもそも、好きではないものなんて、受験じゃないとやろうとしないでしょ(笑)。僕は法政大学を卒業し、社会人になってから早稲田大学を受験して卒業していますが、現在も理系の大学受験に挑んでいるのはそのためです。

 だいたい、数学の参考書なんて、ほとんどの人は受験がなければ開こうとしないでしょう。受験は未知の世界を知る機会になるし、嫌いだと思っていたものが学んでみたら実は興味深かった、ということもあるはずです。

5教科に絞り込まれたのには意味がある

――しかし、5教科のなかには今の時代に合っていない科目も多いのでは、という意見もあります。

伊藤:人間の営みをナメてはいけないと思います。長い人間の歴史があって、最終的に国語、数学、英語、理科、社会の5教科に絞り込まれたのです。削りに削って5教科を残し、それがアップデートされ、新たに6教科目として情報が追加されることになったといえます。

 受験科目にはないけれど、学校で学ぶ体育や美術も、削りに削って残ったもの。こんなものを勉強して何になるんだと、疑問に思うことも多いかもしれませんが、必要なことをやっているんだと思って前向きに取り組むべきでしょう。受験は決して無駄ではないということは、強調しておきたいですね。

――社会人になってから「あのとき、勉強しておいてよかった」と感じることも、意外とありますよね。

伊藤:英語だって、今時、別にできなくてもいいと思うでしょ。だって、手元にあるスマホに日本語を入れたら、翻訳できてしまうわけですから。でも、そんな時代だからこそ、ちょっとでも英語を話せたら魅力的だと思いませんか。

 先日、僕は外国人に道を聞かれました。困ったことに英語は決して得意ではないので、スマホの翻訳機能に頼ったんだけれど、「Welcome to JAPAN!」と、自分の口からちょっとした言葉を伝えることができました。相手は凄く喜んでくれて、ああ、英語を少しでも勉強していて良かったと思いましたよ。

――素敵なエピソードですね。

伊藤:僕はいつも思うのですが、そういう小さな喜びの積み重ねが、人生に潤いを与えてくれるのではないでしょうか。受験についても同様です。常に前向きに考えるだけで人生が豊かになりますし、AIにはむしろ使いこなすつもりで向き合うべき。過度に恐れる必要はないと考えています。

ライター・山内貴範

デイリー新潮編集部