「この末脚…」岡田繁幸総帥が生前、「ユーバーレーベン」の走りを見て言った「ひと言」【総帥の死去から2ヶ月後にオークス制覇】

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今年のオークスでは、どんなドラマが生まれるのか。3歳牝馬たちが東京競馬場の長い直線にそれぞれの夢を懸け、数々の名勝負が生まれてきた舞台。今年もまた、新たなヒロイン誕生の瞬間に注目が集まっている。  

5年前、このレースを制したのはユーバーレーベン。ラフィアンにとって悲願のクラシック制覇だった。しかし、その栄冠を岡田繁幸総帥が見ることはなかった。総帥はオークスの約2か月前にこの世を去っていたのである。

岡田繁幸とユーバーレーベン――。そこには、知られざる物語があった。JRA賞馬事文化賞受賞作『相馬眼が見た夢 岡田繁幸がサンデーサイレンスに刃向かった日々』(河村清明著)より、その秘話を抜粋してお届けする。

父の遺影

――繁幸の葬儀から2ヵ月後、2021年5月23日の東京競馬場。

生演奏のファンファーレにファンの拍手が続いた。コロナ禍による前年からの無観客競馬はようやく終わっていた。春の東京開催では前週から、事前の指定席券購入者(4423席)に限り、ファンの入場が許可された。

ただ、引き続き観客はマスクを着用し、声援を控えなければならない。静かな場内で、出走する18頭にいれ込みは見られず、ゲート入りはスムーズに進んだ。

第82回オークスが始まろうとしていた。

ビッグレッドファームから応援に駆けつけた3名、牧場およびラフィアン代表の岡田紘和、マネージャーの蛯名聡、明和場長の長田基洋はスタンド7階の馬主フロアから馬場を見つめた。彼らの視線の先にはユーバーレーベンの姿があった。その父はゴールドシップ、母はマイネテレジア(その父・ロージズインメイ)だ。

入場門やパドック周辺に限らず、7階フロアにも人影はまばらだった。接触を避けなければならない3人は、ふたり掛けのシートの隣を空けて、ひとりずつ縦3列に並んで座った。

紘和の前に、実家から預かってきた父の遺影が置かれていた。白いフレームの中に繁幸が微笑んでいる。紘和はその笑顔を馬場へ向けた。この日に至るまでの紆余曲折が思い出された。

ユーバーレーベンの配合を決めたのは自分だ。全姉のバトーブラン同様、好馬体に出た。一年前、6月の新馬戦(東京、芝1800メートル)で牡馬を蹴散らした姿を見て、期待が膨らんだ。

続く札幌2歳ステークスでは、勝ったソダシをクビ差まで追い詰めたものの、2着に敗れた。3戦目のアルテミスステークス(G掘砲任蓮▲瓮鵐海魍阿靴燭海箸裏目に出てしまい、9着に惨敗した。迎えた4戦目、暮れの阪神ジュベナイルフィリーズ(G機砲任肋紊り最速の末脚を繰り出して、ソダシの3着に追い込んだ。このときミルコ・デムーロを鞍上に迎えていた。

「この末脚……ダービーに出ても頑張るんじゃないか」

繁幸がレース後に言った。距離が延びてこそ、と紘和も感じており、2歳10月、3歳1月のクラシック登録(3歳5大競走に出走するための特別登録)では、対象を桜花賞、オークスに限定せず、牡馬相手のダービーを含めた。

だがユーバーレーベンは、そこから足踏みを続けた。

3月、予定していた桜花賞トライアル・チューリップ賞(G供砲鯀阿磨幼砲妨舞われた。2週後のフラワーカップに目標を切り替えたが、鞍上のデムーロが騎乗停止処分を受けた。馬の調子も戻っておらず、フラワーカップ(1番人気)は3着に敗れた。この段階で桜花賞は諦めざるを得ず、春の目標をオークスに絞った。

4月25日、2着以内でオークスの優先出走権を得られるフローラステークス(G供砲任蓮△泙燭眈紊り最速の末脚を繰り出しながら“1馬身+ハナ”差の3着に終わった。

善戦を繰り返しながら、いずれのレースでもあと一歩及ばない……オークスへの出走が危ぶまれた。

だがここで、札幌2歳ステークスで加算した収得賞金が活きた。賞金順でかろうじて、ユーバーレーベンはオークスのゲートにたどり着いたのだった。

「状態は間違いなく上がっています」

同馬を管理する調教師・手塚貴久(美浦)は自らの自信を紘和に伝えてきた。

462キロ……オークスの発走を待つ場内に馬体重が発表された。

マイナス14キロで阪神ジュベナイルフィリーズを走ったあと、マイナス6キロ、マイナス10キロと馬体は減り続けていただけに、手塚の言う「状態の向上」をプラス8キロの増加が裏付けていた。

ここまで5戦5勝のソダシが単勝1・9倍の1番人気、ユーバーレーベンは単勝8・9倍の3番人気だった。

天への報告

好スタートを決めたものの、鞍上のデムーロは、1コーナーを前に込みあう馬群に入ろうとしなかった。ユーバーレーベンは向こう正面で後方4〜5番手を進んだ。周囲に馬がおらず、ストレスの少ないポジションが選ばれていた。

前半1000メートルは59秒9で通過した。

前方への進出は、残り4ハロンの地点から開始した。4コーナーを回ろうとする先団馬群が馬場内のターフビジョンに大映しになったとき、ユーバーレーベンの姿は大外にあった。

1発、2発……デムーロは直線で励ましの右ムチを入れた。

二冠を目指すソダシの外をユーバーレーベンは勢いよく伸びると、坂上で先頭に立った。それまでのエンジンのかかりの遅い印象から一転、鮮やかな加速を見せていた。

蛯名と長田は、制限されていた声援の代わりに目の前のテーブルを叩き続けた。紘和は、早め先頭の姿を見て、ゴール前で垂れないだろうか……と一瞬、不安を覚えた。

馬群の内を通り、ディープインパクト産駒のアカイトリノムスメ(2番人気)が伸びてきた。

紘和の心配は杞憂に終わった。

ゴールへ突き進むユーバーレーベンは、アカイトリノムスメに馬体を並べさせなかった。1馬身差を維持したまま、歓喜のゴールに飛び込んだのだ。

ようやく……ようやく勝てた!

勝利が決まった瞬間、長く悲願だったクラシックレースでの1着に、ビッグレッドファームの3人は同じ思いを抱いた。

格別の感慨に身を委ねながらも、紘和の目に涙はなかった。向こう正面を流して進むユーバーレーベンの姿をじっと追い続けた。

馬を止めながらデムーロは、ユーバーレーベンの首すじを撫でたあと、その左手に唇に当てて、天に掲げた。

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