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 【ききみみ 音楽ハンター/杉本ラララ・第3回】活動15年で突如SNSから大ブレークした異色のシンガー・ソングライター、杉本ラララ。サイケデリックなメークで“死神”を名乗るが、MCは漫談家のようにユーモラスで自虐的。ショートMC動画の面白さに思わずフォローした人も多いだろう。

 トークで注目を集めたが、曲の魅力も語るべきである。死神なのに美声で、生きづらさを感じる人々への優しさにあふれた詞とメロディーがまた美しい。「実際に作ってるのはおぞましきデスメタルだが、優しい人間にはポップスに聞こえるらしい」と杉本。「ゆず」の岩沢厚治パートをカバーするうちに手に入れたという突き抜ける高音のクリスタルボイスにも耳を奪われるが、「Aメロのささやく甘い低音にも注目すべきだな」とのことだ。

 人間としては山口県下関市で生まれ育ち、現在の年齢は「一京と41歳」…いろいろと察してほしい。過去の音楽ルーツを深掘りすると、意外な話が続々出てきた。ライブMCではパパパ、マママの呼び名でおなじみの両親。「パパパとマママが本当に音楽好きで、歌がうまいんだ。だから歌うことは身近にあった」が、自身の音楽の成績は「ずっと5段階で2」だったという。

 転機は高校時代。音楽の授業で好きな曲を楽器か歌で一人ずつ披露する課題が出された。「私はパパパのギターをポロポロ弾けたから、ECHOESの『ZOO』を弾き語ったんだ。そしたらもうクラス中が“ウォーッ!杉本スゲェ!!”となった。…男子校だったから女子の黄色い声はなかったんだけど」と回想。先生も驚くうまさで、成績は「5」になった。

 称賛に気をよくし、曲作りを始めた。明治学院大では音楽系サークルに所属。大学は2年で中退したが、音楽活動は続けた。同級生が就職する中、「歌うことが自分の唯一の才能…そこを目指してみるかって22、23歳のときに路上ライブを始めた」。

 影響を受けたアーティストは「見た目から想像つくと思うけど、さだまさしさん」…いや、つかない。「さだ氏のライブに行く機会があって。ドッカンドッカンお客さんを笑わせた後に、感動的な曲を歌う姿にしびれてだな。私はこうなりたい!と思ったんだ」。ここで腑に落ちた。ビジュアルの方向性こそ違うがまさに今、彼はそれをやってのけている。歌が感動的だからこそ、MCの面白さが引き立ち、MCで笑った後だとより歌のスゴさが刺さる。緊張と緩和だ。

 ちなみに杉本はMC力を買われ、5月からJ-WAVE深夜の人気番組「SPARK」(月〜木曜深夜0・00)木曜ナビゲーターに就任。他曜日には秦基博らが並び、過去には尾崎世界観、いきものがかり・水野良樹らそうそうたる面々が務めてきた。「ドッキリかと思ったね」と話す。

 大役もゲットした話術はどこで磨かれたのか。「子供のころなんて静かに読書とドラクエしてたし、高校の初ステージではひと言もしゃべれす、主催の人に“バンド名ぐらいは名乗った方がいいよ”って言われたぐらいだ」と告白。だが、「さだ氏に出会って衝撃を受け、さだ氏のトークだけのCDをカバーして、YouTubeにあげたりした。それで何となく“間”とかを学んだのかもしれない。さだ氏は落研だったと聞いて、落語をひとネタ、ふたネタライブでやったりもしたな」。レジェンドから技術とマインドを学んだようだ。

 最近は、日常でも「これはMCのネタになるな、とかそんなことばっかり考えている。曲作りと同じくらいの負担!二刀流でやらせてもらってます」とアピールした。最終回は、新作に込めた思いや死神なのに歌で「生きることを推奨する」理由、唱え続けている野望に迫る。(萩原 可奈)