「酒もタバコもやらないのに…」 心筋梗塞になった血管外科医が明かす「油断」 「毎日のように肉や甘い物を」
年間、約23万人の日本人が命を落とす心疾患。前触れなく起こることもあれば、予兆が現れるケースも多いという。しかしそのシグナルを見逃せば、すなわち生命の危機に直結する。死の淵から生還した医師が、自らの身に起きた心筋梗塞の苦い経験について語った。【畠山卓弥/医師】
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【写真を見る】油断が命取りに… 畠山氏は「毎日のように肉、甘い物を食べていた」
「医者の不養生」と「油断」――。5年前に私の身に起きたことを振り返ると、この言葉ほど骨身に染みるものはない。
休日の深夜3時。翌朝早くから医師仲間とのゴルフの予定があったため、その日は早めに床についていた。すると、突然、胃がうずき目を覚ました。元来、胃が強くない私は、当初「食べ過ぎたのか」と思い、常備してあった胃薬をとっさに口にした。再びベッドに横たわり、悶々としながらも体を休めた。

朝を迎えると胃の痛みは少し落ち着いていた。なんとも言えぬ不快な鈍痛を抱えながら、同行する仲間たちを車に乗せ、千葉県のゴルフ場へと向かった。しかし到着後、これではとてもプレーは不可能だと判断し、急いで一人で自分のクリニックへ引き返した。だが、帰路の途中、3回ほどサービスエリアで仮眠を取らなければ、運転を続けられなかった。「これまでの胃痛とは明らかに違う。心臓が原因かもしれない」。そんな考えが頭の中を過(よ)ぎる。クリニックがある東京へと車を走らせた。
見逃されやすい症状
〈こう振り返るのは、東京・江東区で亀戸畠山クリニックを運営し、血管外科医として心臓以外の血管手術に日々携わる畠山卓弥院長(69)だ。
狭心症や心筋梗塞、心筋症といった心疾患は、日本人の死因の2位で、年間約23万人が命を落としている。そのうち急性心筋梗塞は約2割を占め、心疾患で亡くなった人の実に5人に1人が心筋梗塞を直接の死因とする計算になる。なんの前触れもなく起こることもあるこの病だが、畠山医師の場合は確かな予兆があった。しかし、見逃してしまった。〉
心筋梗塞という言葉を耳にすると、胸の真ん中を押さえて倒れるイメージを持つ方も多いだろう。だが、心臓の血管が詰まる部位によって、痛む場所は異なる。私の場合、心臓の下部に問題があったため、みぞおち辺りに強い痛みが走った。冷や汗や吐き気を催すことや呼吸困難、肩や腕、首の痛みが伴うこともあれば、半数近くは無症状であるというデータもある。ややもすると「胃が痛い」「年のせいかもしれない」と見過ごしてしまいがちな症状が、実は心筋梗塞のサインであることは少なくないのだ。
リスクを抱えていたのに、ほったらかしに
あの日、深夜以降続いた不快な胃の鈍痛からさかのぼること1年。私はCTアンギオという検査で心臓の血管の石灰化を指摘されていた。これは造影剤の点滴だけで、冠動脈を描出できる検査だ。石灰化とは血管が老化で硬くなることを指す。動脈硬化が進んでいるサインであり、血管が詰まりやすくなる危険信号とされる。しかも心臓の筋肉に血液を送る冠動脈にそれが見つかった。
冠動脈が詰まると、心筋に酸素が届かなくなり、心臓が壊死する。それが心筋梗塞だ。石灰化はそのリスクを高めることになり、脳血管障害や脳卒中、脳梗塞を引き起こすこともある。脳血管に異常がある場合、MRAという血管を見る画像検査で分かる。心筋梗塞の場合、CTアンギオだけでは、石灰化がある血管の狭さが判断できないため、カテーテル検査を勧められていたが、検査には入院を要するため、恥ずかしながらほったらかしていた。
さらに30年以上前には、家族性高コレステロール血症との診断も受けていた。耳慣れないこの疾患は、生まれつきLDL(悪玉)コレステロールが高くなる遺伝性の脂質異常症を指す。健康な人と比べ、動脈硬化が進みやすく、心筋梗塞や狭心症のリスクも高い。30歳で初めて受けた血液検査で診断されていた。余談になるが、専門医に言わせると、家族性高コレステロール血症の患者さんのアキレス腱は太い傾向にあるそうだ。
心筋梗塞のリスクを高める要因は他にもある。高血圧、糖尿病、高脂血症、肥満、喫煙……。こうした生活習慣病と言われるリスクファクターが重なるほど、危険は増す。私の場合、心臓の冠動脈の石灰化と家族性高コレステロール血症という二つのリスクを抱えながら、1年もの間、なんの処置もしなかった。具体的な症状がなく、治療に重い腰が上がらなかったからだ。
「これは心臓かもしれない」
心筋梗塞をはじめ、脳血管障害や足の閉塞性動脈硬化症などの血管の病気には、運動療法が有効であるという医学的知見を持ち合わせていたのも大きい。ウォーキングなどの運動を続けることで、詰まった血管の代わりに側副血行路という迂回(うかい)路となる血管が発達する。だから手術をしなくても、運動さえしていればなんとかなる。そう高をくくっていた。血液をサラサラにするバイアスピリンも服用していた。これらが全く無意味だったわけではない。言い訳に聞こえるかもしれないが、ある程度側副血行路が育っていたおかげで、即、救急車で運ばれる事態を免れたと思っている。
しかし振り返れば、週に1度、ゴルフに行き、小走りで1万8000歩程度。毎日、クリニックへは車で通勤し、ほとんど歩かず、運動習慣がない日々だった。1日の歩数はスマートフォンで確認すると1000歩に満たない日もあった。週に1回まとめて運動しても、焼け石に水だったのだろう。ただし、酒もタバコもやらなかった。それも救いだったのかもしれない。
話を発症した日に戻すと、どうにかクリニックにたどり着いた時点で、「これは心臓かもしれない」という思いに襲われた。以前、心筋梗塞や狭心症の急性期にはバイアスピリンの量を増やすと効果があるとなにかで読んだことがあった。すぐさま数錠をかみ砕いて喉に流し込んだ。さらに、血管外科医という職業柄、クリニックには血液をサラサラにするヘパリンの注射薬が常備されている。それを自らに打った。一般の方にはできない対処だが、功を奏したのか、程なく痛みが和らいだ。その日は自宅に戻るまでに回復し、なんとかやり過ごした。
「即入院」と言われ……
翌日はなんの症状もなかった。念のため、クリニックのスタッフに心電図を取ってもらったが、幸いにも心筋梗塞を示す異常は見られなかった。安心したわけではないが、血液検査を行って、結果を待つこととなった。
2日後、血液検査の結果を見てがくぜんとした。心筋細胞が壊死・損傷した際に血液中に放出されるタンパク質のトロポニンTと、心筋への過度な負担で分泌されるホルモンのNT-proBNPが桁違いな異常値を示していたのだ。トロポニンTは心筋が壊れた目印であり、NT-proBNPは心臓の負担が大きくなっているサインとされる。この二つは、通常の健康診断ではまず測らないが、心不全が疑われるときに測る検査項目だ。
急いで知人の循環器の医師へ相談したところ、「即入院」と言われた。その日の夜に病院へ向かうと、すぐさまステント(筒状の網)とバルーンを使い、閉塞した冠動脈に再び血を流すためのカテーテル治療が行われた。カテーテル治療は、手首や足の血管から細いチューブを通し、詰まった部分を広げて血を流す方法である。
「治療される側」として手術台に
血管外科医として働く私は、これまで多くの血管内手術に携わってきた。しかしその日、初めて「治療される側」として手術台に横たわっていた。その様は、まさにまな板の上の鯉のようだった。「担当医にお任せするしかない」という感覚は、これまで経験したことのないものだった。
血管内手術には出血(血腫)、血管損傷、不整脈、急性閉塞、造影剤による腎障害、脳梗塞、感染といった合併症がつきものだ。どうか合併症だけは起こらないでほしい――ただそれだけを祈り続けた。ステントもバルーンも、留置する際には局所麻酔のみ、覚醒した状態で施術される。何度か血管が一時的に塞がれる瞬間があり、ゴルフ場の帰りに味わったあの痛みが戻ってきた。2時間ほどで手術は終了した。
水曜の夜に緊急で手術を行ったが、金曜日に退院し、土曜日には仕事を再開していた。わずか4日で復帰できたのは、症状が軽かったためである。また心臓を開胸するバイパス手術ではなく、カテーテル治療だったことも大きい。バイパス手術は、胸を大きく開くため、回復に1〜2週間。一方、カテーテル治療は体への負担が比較的少なく、早期復帰が可能だ。心筋のダメージが大きい場合は、心臓リハビリが必要になることもある。焦らず、担当医の指示に従うことが肝心だ。
毎日のように肉や甘い物
退院後、私は生活習慣を大きく変えた。担当医からLDLを低い値で保つよう指導を受けたためだ。正常値は119以下とされているが、ステントを留置しているため50以下という数値を保っている。飲み薬だけではその値まで下がらなかったため、現在は月に1〜2回、LDLを下げる注射薬を自分でお腹に打っている。一般の方も使えるタイプで、手技は比較的簡単だ。
また食生活も大幅に見直した。魚介類が豊富な宮城県の石巻で育ちながら、気が付けば毎日のように肉や甘い物を欲するようになっていた。LDLを含むコレステロールは、卵の黄身を使ったものに多く含まれる。シュークリームやカステラといった甘いものには卵がたっぷり使われている。甘い物に目がなかったが、それらを極力減らし、魚や脂身の少ない肉を多めに食べるよう心がけている。運動面では、なるべく歩く生活へとシフトした。発症から数カ月後には、週末のゴルフも再開することができた。
言葉に込める熱量に変化が
心筋梗塞は再発することもある疾患だ。そのため1年に1回、心臓の血管造影検査を受けている他、3カ月に1度、心電図と血液検査も行っている。心臓には冠動脈から枝分かれした無数の細い血管がある。気を抜くと、今回の場所とは別の場所が詰まりかねないため、常に細心の注意を払っている。
心筋梗塞になる前も、クリニックを訪れる患者さんには運動を勧めてきた。しかし、自らの心筋梗塞を経て、その言葉に込める熱量が変わった。自身の経験を直接話すことはほぼないが、来院のたびに「ウォーキングはやっていますか」と、以前よりも確認するようになった。
膝が痛くて歩けない方には、プールでのウォーキングを勧めるようにしている。水中では浮力があるため関節への負担が少なく、高齢の方でも続けやすい。ただし、気を付けなければならないのは、過剰な運動もまたよくない点だ。例えば、ウォーキングでいえば、心拍数を110くらいにキープしながら、歩幅を普段より広くして歩く中程度の運動が重要だ。「中程度」の運動とは、息は少し上がるが、会話ができるくらいの強度を意味する。
「気付くこと」と「動くこと」
自身の経験を自戒を込めて振り返ると、症状が現れず、なんの問題もないと心臓に自信を持ってしまっていたと思う。例えば、歯がよほど痛かったりしない限り、歯医者には行かない方も多いだろう。心臓も同じである。まずは健康診断を定期的にしっかりと受け、異常が見つかれば早めに病院で診てもらうことが肝心だ。特に、リスクファクターが重なっている方は、症状がなくても定期的に健康診断を必ず受けてほしい。
病院嫌いで、多少の不調では来院をちゅうちょされる方もいるかもしれない。しかし、不調を感じたらすぐに病院で診察を受ける方が軽く済む場合が多い。重度の場合、一刻を争うこともある。1時間、2時間と胸やみぞおちの痛みが続くようであれば、迷わず救急車を呼ぶか、救急安心センターに電話してほしい。治療が遅ければ予後が悪くなる場合もあるからだ。
数十年前と比べ、心筋梗塞による死亡率は8割以上も低下している。救急カテーテル治療や薬物療法の進歩がもたらした成果だ。つまり、心筋梗塞は「気付いて、すぐ動けば、治せる病気」になりつつある。問題は日々の生活習慣がいかに大事かに「気付くこと」と、検査で異常が見つかったり不調が出たらすぐに治療に向けて「動くこと」だ。心筋梗塞が本格的に増え始めるのは40代〜50代からで、男性では60代〜70代がピークである。本誌(「週刊新潮」)をお読みになる方の多くが、まさにその「危険ゾーン」にいると言っても過言ではない。
油断大敵――血管外科医である私自身への戒めとともに、この言葉を読者の皆さんにも贈りたい。
畠山卓弥(はたけやまたくや)
1957年宮城県生まれ。東京大学医学部卒業後、研修医として同大学医学部附属病院に勤務。心臓以外の血管手術を主に行う。日立総合病院、三楽病院勤務を経て、清湘会記念病院では院長に就任。2017年、透析シャントの検査や治療を専門とする亀戸畠山クリニックを開設した。
「週刊新潮」2026年4月23日号 掲載
