”お伊勢さん”参りから94歳海女さんを訪ねて「伊勢志摩国立公園」を縦断!【後編】

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「伊勢志摩国立公園に取材に行ってみませんか?」

環境省の方からこう声をかけられ(国立公園は環境省が管理している)、ふたつ返事で三重県に向かった私。2022年3月に同省の全面協力のもと、『FRaU S-TRIP MOOK ゆっくり、冒険。ニッポンの「国立公園」』を刊行し(いまも絶賛、発売中!)、出版界イチの国立公園ツウを自認するFRaUとしては、この環境省主催のプレスツアーは絶対に逃せないからです。というわけで後編は、世界中から参拝者が詰めかける伊勢神宮と、いまも海女(あま)で生計を立てる女性たちの“小屋”を訪れます。

朝焼けを愛でつつ、またまた伊勢エビ!

昨日、今回のツアーの案内役、「海島遊民くらぶ」代表取締役であり、「旅館海月」の女将でもあり、伊勢志摩国立公園エコツーリズム推進協議会の会長でもあり、そして海女(あま)さんでもある江崎貴久(えざき・きく)さんが言っていた。

「夜明け直前、扇芳閣の部屋の窓から見える鳥羽の空の色は最高にキレイです。絶対に見逃さないでください!」

はい、見ました! 目覚ましなしでもスッキリ早起きして。鳥羽市の東に浮かぶ小さな島・坂手島や、その先の大きな管島のてっぺんあたりの空が赤く染まっていき、やがてだんだん明るく、オレンジ色から黄色になって……たしかにキレイだ。鳥羽のまちも徐々に太陽に照らされクッキリ姿を見せ始める。この景色もすべて伊勢志摩国立公園のなか。民有地が96%以上を占めるこの国立公園ならではの、自然と人びとの暮らしが一体になった風景がここにある。

さて、今度は風景を愛でながら朝食といこう。この宿、扇芳閣の朝は「ダイニング潮騒」でのブッフェ形式。伊勢・志摩の名産コーナーもあって気持ちがアガるが、いくつかセルフサービスではなく、宿のスタッフがつくって手渡してくれる料理がある。それが「鯛茶漬け」と「伊勢エビとアオサの味噌汁」だ(ほかにフレンチトースト等もあるが)。またまた、しかも朝から真っ赤な伊勢エビが登場! さらに気分が爆アガりする。

当たり前だが伊勢エビ汁は出汁(だし)がよく出ていて、とっても旨い。伊勢うどん、鳥羽産の海藻「あかもく」や「ブリ大根」「イカのねばねば野菜和え」まで取ってしまって、これ、昼ご飯食べられるのかな〜っていうくらい満腹だ。

ちなみに扇芳閣は、2003年にはいち早くユニバーサルルームを設けていたバリアフリー旅館の先駆け。2020年のコロナ禍以降は、「世界中の子育て家族から最も愛される旅館」を打ち出し奮闘もしている。そんなハートフルな扇芳閣の皆さんには、赤いハンカチを振って見送ってもらい、向かったのは今回のメイン(?)、伊勢神宮の内宮(ないくう)だ。

2000年前からここにある!“お伊勢さん”伊勢神宮へ

ひと口に“お伊勢さん”、伊勢神宮といっても、内宮や外宮(げくう)含めて125もの神社から成り立っていて、伊勢神宮が管理している山林(宮域林と呼ぶらしい)の広さは約5500ヘクタール。三重県の中央部にある志摩半島とその周辺に広がる伊勢志摩国立公園の10%近くを占める。つまり同国立公園は、伊勢神宮とその森がある緑濃き内陸部と、前編でも紹介した、無数の小さな岬や入江が点在するリアス海岸の海のエリア、2つの顔を持っているのだ。

そして内宮の入り口、大鳥居前に立つ。ここでプレスツアー一行に合流したのが、ガイドの高橋千典(たかはし・ちふみ)さん。埼玉県出身で教育旅行専門の旅行会社に勤めていたが、人生3度目の伊勢神宮参りでこの地に魅せられ移住、伊勢市の地域おこし協力隊を経て、いまは「神楽サロン」所属のガイドさんだ。

「伊勢神宮には内宮と外宮(げくう)があります。この内宮、正式には皇大(こうたい)神宮といいますが、どんな神様をお祀(まつ)りしているのでしょうか? はい、そうです。天照大御神(あまてらすおおみかみ)ですね。ちなみに、外宮の正式名称は豊受大神宮(とようけだいじんぐう)です」

伊勢神宮内125の宮社すべてを回ったという高橋さんは、こんなふうに、ときおりクイズ形式で案内してくれて、人の気をそらさない。

大鳥居をくぐって、五十鈴川(いすずがわ)に架かる101.8mの宇治橋をわたる。内宮は右側通行だ(外宮は左側通行、真ん中は神様の通り道)。

「(五十鈴川の)上流側に、宇治橋に沿って柱のようなものがポツポツ建っていますね(上写真)。これは嵐などで川が増水し、山のほうから流木などが押し寄せてきても、宇治橋が壊れたりしないように、ここでせき止めるためのものなんですね」(高橋さん)

2つめの鳥居をくぐり、キレイな芝生と松の庭「神苑(しんえん)」を経て、よく神社で見かける手を洗う場所「手水舎」が右手に見えてきた。が、ここで高橋さんが言う。

「せっかくですから、伊勢神宮ならではの、手の清め方を経験してみましょう」

手水舎を通り過ぎて、参道右脇のスロープを降りていく高橋さん。後をついていくと……おお! 目の前には、ゆったり流れる清らかな五十鈴川が。

「伊勢神宮は自然の川そのものが御手洗場になっています。滑らないように気をつけながら、石畳の階段にしゃがんで手を清めてみましょう。ちなみに、たくさんのコインが川に投げ込まれているのが見えると思いますが、神様の川を汚すことになりますので、これはやめてくださいね」(高橋さん)

さあ次は、2000年前から天照大御神が祀られているという正宮(しょうぐう)だ。

車イスOK! “誰も取り残さない”お伊勢さん

「正宮前の階段下からは撮影可能ですが、一歩階段を上がったら、以降はいっさい撮影禁止です」と高橋さん。気のせいかもしれないが、ここはいちだんと空気が凜(りん)と張りつめているようだ。参拝客には外国人らしき人も多いが、皆マナーよく階段を上がっていく。動画撮影などをする不届き者はいない。

ちなみに、伊勢神宮は誰もが参拝できる場所として、参道片道800mはバリアフリー。玉砂利の参道でも進みやすいように、利用者自身が操作する、タイヤが太い電動車イスの無料貸し出しもしている(当日受付のみ、台数に限りあり)。また、有償ボランティア「伊勢おもてなしヘルパー」に1週間前までに申し込みをしておけば(当日受付不可)、特別なタイヤを備えた貸し出し電動車イス「WHILL(ウィル)」の利用も可能。正宮前の階段の昇降も、すべてヘルパーがアシストしてくれるので(上写真)、車イスでも安心してお伊勢さん参りができる。

正宮にお参りした後は、宇治橋と正宮の中間あたりにある神楽殿(上写真)まで戻って、お祓いやご祈祷を受け、雅楽と舞の神楽を見た。

さて、内宮大鳥居の目の前から北の猿田彦神社まで伸びる約800mの通り「おはらい町(まち)」は、両脇に切妻屋根の古い建物(飲食店、土産物店や旅館)が並び、江戸時代・伊勢街道のおもかげを残す石畳の道。いつも観光客でごった返しているが、参拝後ののんびり食べ歩きや買い物は、やっぱり楽しい。

そして、おはらい町の中ほど、「赤福」本店があるあたりの西側に広がるのが、おかげ横町。「お伊勢さんのおかげ」という感謝の気持ちが名前の由来で、江戸時代から明治初期にかけての、伊勢路の建物が移築、または再現されているテーマパークのような商業エリアだ。伊勢志摩国立公園のド真ん中(の東岸エリア)、的矢(まとや)湾でとれた名物・的矢ガキや松阪牛、伊勢うどんや団子などのグルメを楽しめる。

94歳のキュートな“海女ちゃん”

さて、その的矢湾まで、伊勢神宮から車で約30分、南東方向に下ってきた。目的地は、これまた全館バリアフリーというサステナブルな「海女小屋はちまんかまど・あさり浜」(鳥羽市相差町)だ。ここのwebサイトの説明では、「海女小屋とは、漁場に近い海女たちの前線基地。そのまわりの海は海女漁の漁場です。小屋の仲間は漁獲量を競うよきライバルであり、いざというときは命を助け合う運命共同体なのです」とのこと。そんな現役の海女さんたちが、獲った魚介類や海藻をその場で調理、提供してくれる海女小屋体験施設がこの、はちまんかまどなのだ。

まず出迎えてくれたのは、上写真のチャーミングな野村禮子(のむら・れいこ)さんだ。

「私がここの最年長で、94(歳)の禮子です。80(歳)までは(現役として)海に潜ってました。私の母親も、おばあちゃんも海女で、私で6代目。この海女小屋を始めたんも私で、この3月3日で22年になりますです。昔はこの在所(地域)では、『海が苦手な女は嫁のもらい手がない』とひどいこと言われたくらい、みな若いときから海女をしよりました。(白頭巾に描かれた星形のマークを指しながら)これは昔からの海女のお守り。海女は2000年前からこの地におりましたよって」

この星形は平安時代の陰陽師(おんみょうじ)、安倍晴明(あべのせいめい)に由来する「セイマン」と呼ばれる、おまじないの印だという。

「この星形はひと筆書きになっとるでしょ? 元いたところに、また戻ってこられるように、潜っても、無事に海の上に戻ってこられるようにという意味がこめられとるんです」(禮子さん)

そんな禮子さんの息子が、この海女小屋を経営する一弘さん(上写真)だ。店前で的矢湾をバックに、開設の経緯を語ってくれる。

「もともと海女小屋は、たとえ海女さんの夫であっても、男性は近づかない場所だったんです。海女さんが着替えたり、昼寝や休憩したりするところでしたから。それが2003年ごろ、鳥羽市から人を介して、『これから1年間、外国からの団体客に海女小屋のことを教えてくれへんか』と頼まれまして。母はアメリカにいとこが10人もおる珍しい海女さんでしてね。ほんなら、やってみようかとなったんです」

以後1年間で、700人ものアメリカ人観光客を受け入れたという。

「あるとき、アメリカの元高校教師の集団が来られました。みなさんリタイアされた方々で、脚の悪い人もおられて、『港からここまで歩いてきて大変だった』と。ところが、出迎えたのが、自分らよりひとまわり以上年上の海女たちで、しかも沖合1000mの島のとこまで泳いでいって、そこで水深10mまで潜ってるという話を聞いて、みなさん度肝を抜かれまして。『感動した!』と全員でハグして、写真撮って。そのときのガイドさんらから、『1年といわず、ぜひ続けてくれ』と言われて、海女小屋体験施設を始めたんです」

それから22年。のべ21万人の観光客がここを訪れ、うち8万人以上が外国からの客だという。足が不自由な人たちの受け入れも考え、車イス用昇降リフトつきのマイクロバス「海女ばす」(上写真)も導入した。

「ウチはバリアフリーで、近鉄鳥羽駅もバリアフリー化が進んでます。けど、それを結ぶ交通手段がまだまだ足りない。それやったら、もう自前で用意してしまえと、正直高かったですけど、バス買(こ)うてしまいました」

と笑う一弘さん。彼も“誰もが楽しめる伊勢志摩国立公園”のために、大いに奮闘しているのだ。

海女さんが獲ったサザエやアワビを炭火で焼いて

さて、海女小屋の中に入ってみよう。すでに海女さんたちが、石づくりのかまどで海鮮を焼く準備を進めていた。これを取り囲むように長机とベンチの客席があり、それぞれお盆やコップがセットされている。

まずはサザエ。焼ける端から、海女さんがテンポよく客ひとりひとりのお盆にポンポン載せていく。「ものすっごく熱いですよ〜」と“警告”も忘れない。身がデカく、プリップリで旨い。肝の苦みもいい。取材じゃなければ、お酒飲みたい。

続くイカもさらにデッカくて、弾力があって、でもプチッと噛み切れて。おいしい!

さて、次に出てきたのは高級海鮮の代名詞、アワビ! こんなに分厚いものを、こんな豪快な炭火焼きで食べるのは、もちろん初めて。かぶりつくと、まずは海の香りを感じて、やがてアワビ独特の濃厚スッキリな旨みが口いっぱいに広がる。至福のときだ。

カマスとアジの干物でけっこうお腹いっぱいになり、最後はご飯に目の前の海で採れた名産アオサ入り伊勢エビ汁、ヒジキの煮物で本当に満腹! 地元で獲れたものを新鮮なうちにいただく。それを獲ってきた人の顔も、シンプルに調理してくれた人の顔も目の前で見られるから、それが旨さを倍増させてくれる。まさに、自然と人の暮らしが混然一体となった伊勢志摩国立公園ならではの味わいなのだ。

さて、はちまんかまどは、海女さんの衣装の貸し出しもしている。特大から子ども用までサイズも豊富だから、ぜひトライしてみて! というわけで、最後は、たくましくて底抜けに明るい海女さんたちとツアー参加者(の一部、私はさすがに遠慮)で記念撮影(上写真)。伊勢志摩での、よき思い出となったのだった。

Text:舩川輝樹(FRaU編集長) Photo:環境省(伊勢神宮大鳥居、海女小屋集合写真)、舩川輝樹

【前編】「伊勢志摩国立公園」は、食べても眺めても漕いでも驚きと感動の嵐!