以前と変わらず口数は多くなかったが、落ち着いた様子で仕事をしているその姿が印象に残ったという。

◆「想像以上に大きな不安だったのかもしれない」

 当時の藤田さんは「もう辞めてしまったのか」と驚いただけだったが、今振り返ると、あの出来事の意味が少し違って見えてくると言う。

「入社直後に、住む場所や生活が大きく変わる可能性を示されることは、社会に出たばかりの若者にとって、想像以上に大きな不安だったのかもしれません」

 とはいえ、転勤の可能性は、多くの会社員にとってごく一般的な話題だ。しかしそれが「入社直後の新入社員」に対して語られるとき、その言葉の重さはまったく異なるものになるだろう。地元で育ち、地元で働くことを前提に就職した若者にとって、「別の土地に行ってもらうこともある」という言葉は、自分が描いていた未来像を根底から揺るがすものになりうるのだ。その男性は、今も地元のカラオケ店で静かに働いている。悪い結末でも、逃げたわけでもない。ただ、自分に合った場所を、誰よりも早く選び取っただけだったのかもしれない。

<構成/藤山ムツキ>

―[すぐに辞めた新入社員]―

【藤山ムツキ】
編集者・ライター・旅行作家。取材や執筆、原稿整理、コンビニへの買い出しから芸能人のゴーストライターまで、メディアまわりの超“何でも屋”です。著書に『海外アングラ旅行』『実録!いかがわしい経験をしまくってみました』『10ドルの夜景』など。執筆協力に『旅の賢人たちがつくった海外旅行最強ナビ』シリーズほか多数。X(旧Twitter):@gold_gogogo