「会社員って最高!」44歳男性、満員電車の中で漏れた心の叫び。資産7,000万円・FIREから2年で“夢の無職生活”から撤退したワケ【FPの助言】
「会社を辞めれば、すべてが自由になる」--そう信じてFIREを達成した増田陽一さん(42歳・仮名)。投資で資産を築き、夢にまで見た早期リタイア生活が始まりました。しかし待っていたのは、想像とはまったく違う現実でした。会社を辞めたのに、気づけば以前より身動きが取れなくなっている……。なぜ彼は「会社員最高!」と叫ぶことになったのでしょうか。本記事では、FIREの隠れた留意点とその対処法について、FPの青山創星氏が解説します。
「会社から解放されたい…」その一心で駆け抜けた日々
大手メーカーの営業職として18年間勤務していた増田さん。平日は、毎朝6時に起き、片道1時間半かけて通勤し、終電近くまで残業するという日々。休日も、接待や顧客対応に追われ、家族との時間はほとんどありません。
「こんな風に、俺は一生を終えるのか?」
仕事中心の人生に疑問を持つ日々でした。
そんな増田さんは、38歳で投資を始めて以降、インデックス投資を軸に資産形成を加速。42歳で金融資産7,000万円を突破しました。
なお、妻も正社員として働いていましたが、お財布の管理は基本別々。夫婦の家計は完全に一本化されていたわけではなく、生活費は一定額を出し合う形で、それぞれの資産は別々に管理していました。増田さんが築いた7,000万円も、あくまで自身の給与と投資で積み上げた“個人資産”でした。
「やった、これで会社を辞められるぞ!」
増田さんは歓喜しました。彼は、数年前から「7,000万円貯めたらFIREしよう」と心に決めていたといいます。その根拠となったのが、いわゆる「4%ルール」。資産の4%を毎年取り崩しても、残りを運用し続ければ資産は尽きないとされる考え方を当てはめれば、年280万円(月約23万円)の生活が可能な計算です。
ただし、このルールは、米国の株式・債券の過去データを検証した「トリニティ・スタディ」という研究に由来し、想定する退職後の期間は30年前後。42歳のFIREでは退職後が50年超におよぶ可能性があり、そのまま適用できるとは限りません。
しかし、推しYoutuberの勧める4%ルールを盲信していた当時の増田さんは、そのリスクに考えがおよばないまま、「もう会社に縛られなくていい」と退職届を提出しました。
「自由」の代償は、予想外の場所からやってきた
FIRE生活最初の数週間は充実していました。朝はゆっくり起き、投資の勉強。昼は散歩に出かけ、夜は家族と食卓を囲む。理想そのものです。
しかし、徐々に空気が変わります。
フルタイムで働く妻から「私は毎日仕事で疲れてるんだけど」の一言。退職前の夫婦での話し合いで、妻は「私は働いていたい。あなたが仕事を辞めるなら、家のことはやってね」と言われていました。
「もちろん家事は俺がやる」――そう宣言したものの、実際にやると家事は想像以上に大変でした。朝のゴミ出しから子どもの朝食、保育園の送迎、夕食づくり。一日があっという間に過ぎ、投資の勉強時間などどこにもありません。
「会社員時代は激務でも、仕事が終われば自分の時間がありました。でも家事に終わりはありません。会社を辞めたのに、自由な時間が一秒もないんです」
そしてふと気づいたことがありました。これまで18年間、妻はこれと同じことを仕事と並行してやっていたのです。文句ひとつ言わずに。
増田さんは当時を振り返り、「会社員の頃は、自分もそれなりに手伝っているつもりでした。でも実際に全部やってみたら、手伝うなんてレベルじゃなかった。妻に対して申し訳なくて、言葉が出ませんでした」と語ります。
ただ、その気づきが日々の救いになったかといえば別の話です。会社なら成果が評価され給与で報われますが、家事は「やって当たり前」。会社員時代は必死に働き、成果が出ればそれを認めてもらえました。しかし、FIREでその役割を手放したことで、増田さんは日々の張り合いや生きがいまで失われていったのです。
「働いてないなら、親の面倒みれるでしょ」
メリハリのない毎日を送るなかで、増田さんをまさかの事態が襲います。
実家の母親が軽い脳梗塞で倒れたのです。幸い後遺症は軽く済んだものの、一人暮らしは困難に。姉からの電話は単刀直入でした。
「あなた、今働いてないんでしょ? じゃあお母さんの面倒みてよ」
「投資って、家でパソコン見てるだけでしょ?」--反論できませんでした。結局、週2回の実家通い、病院の付き添いと母の買い物の手伝いが増田さんの日常に加わりました。
そして、FIRE開始から1年半。母親の介護に伴う自宅バリアフリー改修に約350万円、車の故障による買い替えに約300万円と、思わぬ出費が立て続けに発生しました。
会社員であればボーナスで補填することができますが、FIRE生活では資産を削らなければなりません。退職後に切り替わった国民健康保険料と国民年金保険料の負担も、家計に重くのしかかりました。
4%ルールなどというものは絵に描いた餅で、気づけば7,000万円あった増田さんの金融資産は、たった2年で約5,500万円に。インフレや突発的な出費を考えると、「あと5年で危険水準では」という焦燥が広がっていきました。
まさかの「保育園問題」に直面して
そんな最中、妻が第二子を妊娠。本来喜ばしいはずのニュースでしたが、ここでも思わぬ壁が立ちはだかります。
現在、保育園の入園審査は「保育の必要性」を点数化する仕組みで、片方が無職だと大幅に減点されるということがわかったのです。会社員ではない増田さんは、行政からは「家にいて子どもの面倒を見れる人」として扱われます。
実際、都内主要区の利用調整基準を見ると、両親フルタイム世帯と片方求職扱い世帯の基本指数差は、渋谷区と港区で18点、世田谷区に至っては40点にも達します。この点差は、入園激戦区では事実上の「入園不可能」を意味します。
[図表1]保育園入園選考の点数例(自治体別比較・基本指数のみ・調整指数は含まず) ※「令和8年度保育園入園のご案内 渋谷区」等より作成。直近の状況は各自治体HPでご確認ください。※自治体ごとに点数体系のスケールが異なるため、絶対値で区同士を比較はできません。同一自治体内の差に着目してください。
上の子まで保育園を追い出される可能性に直面した増田さんは、ついに決断しました。
「会社員に戻るよ」
FIREからわずか2年のことでした。
FIREで得られる「自由」の正体とは
増田さんの転職活動は順調に進み、幸運にも別の会社で営業職として再出発できました。かつてはあんなにうんざりとしていた満員電車に揺られながら、増田さんは「会社員って最高だな」と感じたといいます。
FIREの自由はあくまで「会社からの自由」。人生そのものから自由になれるわけではないのです。むしろ、家事や子育てを一人で抱え込まなくていい。介護も姉と分担できる。保育園も問題なく利用できる--。会社に縛られていると思っていたけど、実は社会の仕組みの中に守られていたんだと気づいたといいます。
ただ、増田さんは「FIREは失敗だった」とは言いませんでした。
「あの2年がなかったら、妻がどれだけのことをしてくれていたか、一生わからないままだったと思います」
再就職した日の夜、増田さんは妻に「18年間、ありがとう」と伝えました。妻は一瞬きょとんとして、それから笑ったそうです。以来、家事の分担を二人で自然に話し合えるようになり、以前よりずっと風通しのいい関係になったといいます。FIREの前と後で、家計の数字は元に戻りました。でも夫婦の関係だけは、良い意味で元には戻りませんでした。
増田さんの経験から学べる教訓をまとめます。
・FIREは「会社からの自由」であり、「人生からの自由」ではない。家事に終業時刻はなく、親族の期待も「働いていない人」に集中する。
・保育園など社会制度は「就労」前提で設計されており、FIRE後の投資家は行政の視点からはこどもの面倒を見れる人。
・突発出費は4%ルールの想定外であり、計画を一瞬で狂わせる。
・そもそも年280万円は税引前の概算に過ぎない。売却益課税(約20.315%)、国民健康保険・国民年金、住民税の「1年遅れ請求」、暴落時に備える生活防衛資金などを差し引けば、手取りは200万円前後まで落ち込む可能性が。子育て世帯には極めて厳しい水準である。
退職後の生活は、自由であると同時に新たな責任が生まれます。税・社会保険料を織り込んだ現実的な資金計画、家族との対話、社会制度の確認……。
そして何より、「本当に自分が望む生活とは何か」を見つめ直すことが、後悔しない選択につながるのです。
ファイナンシャルプランナー
青山創星
