『風、薫る』写真提供=NHK

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 ゆくゆくは看護師としてバディになるりん(見上愛)と直美(上坂樹里)。東京で出会ったものの、まだふたりの人生の選択肢には「看護師」はない。朝ドラことNHK連続テレビ小説第114作目『風、薫る』第3週「春の兆し」(演出:松本仁志)」では、りんは清水卯三郎(坂東彌十郎)の店・瑞穂屋で働き始め、直美は大山捨松(多部未華子)に頼って鹿鳴館でメイドとして働き始める。そして、それぞれ、ちょっと気になる男性と出会う。

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 りんが瑞穂屋で出会ったのは自分は何者でもないと言うシマケンこと島田健次郎(佐野晶哉)。英語もフランス語も話せる知性派だ。髪の毛はぼさぼさでメガネをかけた、いかにも見た目には気遣わないが勉強好きキャラ。ただ、りんはまだ明確に離婚していないし、地元にいる虎太郎(小林虎之介)との淡い関係にもはっきり答えは出ていない。だから、まだシマケンとの関係が恋愛になるのかはわからない。

 一方、直美は「結婚」の道を駆け足で進む。彼女が鹿鳴館で出会ったのは海軍軍人・小日向栄介(藤原季節)。きりっと折り目正しそうなさわやかな人だ。直美は素性を隠して小日向に接近し、トントン拍子にふたりきりで会って、交際を申し込まれるまでに至る。

 女性の“人生双六”の上がりが「奥様」(新双六では「淑女」)だけあってこの時代の女性は誰かの妻になることを人生の目標にしていた。りんは「奥様」に失敗したが、まだ縁談を探している。直美は捨て子でクリスチャンの自分はこのままでは幸せになれないと腹をくくって、素性を偽って手っ取り早く誰かと結婚しようと画策している。

 奥様になれさえすればーーと思い込んでいるりんと直美。ところが、ふたりが憧れている捨松はちょっと違った。彼女にとって結婚は自分の目標を叶えるための足がかりのようなものだった。会津で生まれ育った捨松は戊辰戦争で敵対関係にあった薩摩の大山巌(髙嶋政宏)と結婚し、とても仲睦まじくやっているように見える。鹿鳴館では華として羨望の目で見られている。だが、彼女の真意が第15話で語られた。

 9歳のとき戦争で焼け出され飢えていたとき、冷えたおにぎりで救われた。その経験をもとに、医療や慈善事業を日本に根付かせたい。大山と結婚し鹿鳴館で踊っていれば世間に注目され、自分の活動の後押しにもなるだろうと捨松は考えていた。

 捨松にとって結婚は上がりではない。その先があるのだ。彼女のこの考えがやがてりんと直美にも影響を与えることになるのだろう。

 女性の生き方の上がりが誰かの妻という考えからの脱却がこの物語の前提にあることはよくわかる。あくまで前提であって本題は看護師としての活動。そのため時代背景を足早に描いているわけだが、第3週までずっと全速力なので、それぞれのエピソードが心に刻み込まれることなくつるつると滑っていってしまう。そろそろ止まって、じっくりという部分も欲しいところだ。

 そんななかで、どうしても史実がたくさん残っている捨松に興味がいってしまう。「捨松」という名前にインパクトがあるし、故郷を捨てて米国に渡り、知識を得て戻ってきて活動していたという背景もドラマティックだ。

 こういう歴史的有名人を前半、主人公のメンター的に配置するのは、最近の大河ドラマの手法と似ている。現在の『豊臣兄弟!』は織田信長(小栗旬)、前作の『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』(2025年)は田沼意次(渡辺謙)、『光る君へ』(2024年)は藤原兼家(段田安則)が主人公に強い影響を与える人物として物語を牽引している。ちなみに『風、薫る』のチーフディレクター佐々木善春と第3週のディレクター松本仁志は『光る君へ』チームで、第2週のディレクター新田真三は『べらぼう』チームだった。さらにいえば、佐々木と新田は朝ドラで初の幕末はじまりだった『あさが来た』(2015年度後期)も担当している。幕末~明治を舞台にしたドラマに慣れているといえるだろう。『風、薫る』にうっすら流れる昭和の少女漫画風味を感じるのは、それゆえだろうか。

 2015年に放送され絶大な人気を得た『あさが来た』は『キャンディ・キャンディ』を意識して作られていた。それが主演の波瑠がインタビューで参考に『キャンディ・キャンディ』のDVDを観たと語っていたことだ(筆者が取材で参加した『白岡あさ・新次郎語録』)より)。あれから11年、今回もその成功体験に縛られているような印象がいまのところある。

 直美はキャンディと同じみなしご、りんの周囲には虎太郎、卯三郎、シマケンという協力的な人物が複数いる(キャンディも複数の男性キャラに入れ代わり立ち代わり助けてもらっていた)。そして、キャンディはゆくゆく看護の勉強をして従軍看護婦になる。その進路も共通である。

 ただ『キャンディ・キャンディ』は創作の参考になり得る名作といっても1970年代の作品であまりに古い。この記事を読んでいる人でも知らない人もいるかもしれない。この昭和の名作を最も平成に受け継いだ作品といえばーー1990年代に生まれ2000年代まで連載して、実写化もされた『花より男子』がある。貧しい家に生まれた主人公が富裕層の男性4人に囲まれ、雑草魂で生き抜き、やがて恋が生まれる恋愛ものだ。

 『キャンディ・キャンディ』のラストは初恋の人・丘の上の王子様と出会い、『花より男子』も実写ドラマ化されて映画のファイナルでは恋愛面におけるハッピーエンドでまとまっている。苦労だらけの主人公が素敵な男性に助けてもらって恋の力が生きる力になっているというドリーム。それが長らく王道だったが、ジェンダー平等の令和では変動が起きている。そこを『風、薫る』ではどう扱うか問われるからこそ、捨松のように結婚を「上がり」にしないでしたたかに社会(ドラマではソサイエティ)問題を解決するために生きる人物が魅力的に見える。

 男性キャラとの関わりだけではない。りんと直美が出会う東京の風景にも、長らく疑いなく王道とされてきたものがある。西洋化された風景だ。明治になって鹿鳴館では女性はドレスで着飾っている。りんが働く瑞穂屋は『不思議の国のアリス』を意識した西洋的な異空間。西洋の衣裳や調度品や雑貨の数々はなんとなくおしゃれな印象がする。美青年たちに囲まれる昭和の少女漫画ふうなパッケージと並び、西洋化された世界観も観る者の憧れをくすぐる魔法のひとつ。西洋化が必ずしもよかったわけではなく歴史的に様々な問題が横たわっているという現実もあって、そういう側面から見ると美青年も西洋化した風景も虚像でしかない(そのへんを前作『ばけばけ』が古き日本を愛する作家の視点で書いている)。だからこそ、これまでの王道部分を主にせず、そこはさくさくと風のように通り過ぎていこうとしているとすれば、朝ドラ史、あるいはドラマ史において『風、薫る』はなかなか興味深い位置にいるといえるだろう。(文=木俣冬)