世界初の快挙を重ねながら、ウイルスの極秘研究が命取りに…北陸の山奥にいまも眠る「謎の廃研究所」の正体
北陸の山奥に、知る人ぞ知る曰く付きの生物科学研究所、通称「バイオハザード研究所」が存在したのをご存じだろうか。
国への届け出なしに遺伝子操作実験を行い、2度の経営破綻と複数の法令違反を重ねた、「シゲタ動物薬品工業」。その前身であるブルー十字動物血液センターは、犬猫専用の血液製剤の開発という世界初の快挙を成し遂げながらも、資金難から虚偽書類の作成という犯罪に手を染めて倒産した。そこで残された440匹の犬と猫たちはボランティアたちの奮闘によって救われたが、創業者である西尾義行氏はその後も諦めなかった。
後編では、刑期を終えた西尾氏が新会社を立ち上げ、再び世界初の成果を生み出しながらも、またしても法の一線を越えていく経緯と、廃研究所が現在に至るまでの顛末を追っていこう。
前編記事『犬猫440匹を放置し、新種ウイルスを極秘研究…富山の山奥に実在したリアル「バイオハザード研究所」の全貌』より続く。
新会社で復活後は、世界初の快挙を連発
刑期を終えた西尾氏は大人しくなるかと思いきや、1999年に岐阜のゼネコンの支援を受け、富山県小矢部市にブルー十字の後継ともいえる「シゲタ動物薬品工業」を復活させた。
事業が本格稼働していないのにもかかわらず、積極投資により資金繰りに行き詰まり、犯罪に手を染めて会社を倒産させてしまった西尾氏だったが、その技術力は本物だった。復活後は再び、世界初の成果や事業を立て続けに生み出していく。
まず、道半ばで終わっていた犬猫用血液型判定キットの改良版の開発に成功。ブルー十字時代は7割にとどまっていた判定精度をほぼ100%にまで引き上げるという、世界初の快挙を成し遂げた。
2004年には京都府を中心に大流行した鳥インフルエンザ「H5N1型」のワクチン開発に世界で初めて成功し、富山県とインドネシアを中心に大規模な量産態勢の構築に乗り出した。
▲北日本新聞 2006/3/10 P8 シゲタ動物薬品工業 鶏用鳥インフルエンザワクチン世界初製造販売を認可
さらに2007年には生ゴミや汚泥、家畜の排泄物などを高温で分解する機械を開発。同年、ミートホープ、石屋製菓、赤福餅、船場吉兆と食品偽装問題が相次いでいた社会情勢に着目し、日本トップクラスの鑑定技術を活かしてスーパーの食材をDNA鑑定で保証するサービスも立ち上げた。
世界を舞台にバイオビジネスを次々と展開した西尾氏。しかしその野心が、やがて事業を「バイオハザード研究所」へと変貌させることになる。
極秘裏に進められた危険な研究
ブルー十字の汚名を払拭するかのような、怒涛の開発ラッシュを見せたシゲタ動物薬品工業。しかし、人はそうそう変わらないものだ。輝かしい成果の裏で、問題行動が再び顔をのぞかせていた。
2004年から2005年にかけて、同社は文部科学省への届け出なしに、ワクチン開発のため、遺伝子組み換えによる新種の鳥インフルエンザの研究を密かに進めていたのだ。
たしかに鳥インフルエンザワクチンといった医薬品の開発には、こうした生物実験は避けられない側面もある。しかし一歩誤れば、新型コロナウイルスのような世界的なパンデミック、いやバイオハザードを引き起こしかねない危険性をはらんでいる。だからこそ、こうした研究を行う際には事前に文部科学省への届け出が義務付けられている。ところがシゲタ動物薬品工業はそれを怠ったのだ。
▲文部科学省 3機関における遺伝子組換え生物等の不適切な使用等の具体的内容より引用
一線を越えた同社の行為に、文部科学省は現地に乗り込んで徹底的な調査を実施。厳重注意のうえ、該当するサンプルの即時廃棄または冷凍保存を命じた。
なお、黒い話はこの程度にとどまらない。シゲタ動物薬品工業は、鳥インフルエンザやQ熱(日本脳炎や狂犬病と同等レベルとされる危険な感染症)をめぐって、多くの養鶏場や関係団体と激しい対立を繰り広げていた。その対立はあまりに深刻で、内閣府が管轄する食品安全委員会までが介入し、正式な報告書を作成するほどの事態にまで発展していたのだ。
2度目の倒産、そして廃墟へ
そして最終的に、シゲタ動物薬品工業もブルー十字と同じ道を歩むことになる。
無断での鳥インフルの研究だけにとどまらず、農水省の承認を得る前に血液型判定キットを販売していたことが2005年に発覚。当局から注意を受けたにもかかわらず、違法販売を継続していたのだ。
2008年には西尾社長以下5名の役員が逮捕され、薬事法違反の罪で役員1名に執行猶予付き懲役1年の判決が下った。西尾氏本人には執行猶予付きの懲役1年6か月と罰金100万円、会社にも罰金100万円という判決が言い渡された。
さらにこの捜査の過程で、無許可での輸血試験用具の販売も発覚する。別件でも起訴され、シゲタ動物薬品工業にはついに業務停止命令が出た。
▲読売新聞 2008/7/12 薬事法違反 シゲタ動物薬品に業務停止処分
しかし業務停止命令が出る前に、社長をはじめ役員が相次いで逮捕されたことで会社は事実上の営業停止状態に陥り、2度の資金ショートを起こした末、判決が出る前にすでに経営は破綻、倒産状態となっていた。
最低限の危険物などは処分されたうえで会社は閉鎖されたが、今も多くの薬品や備品が残されたままだ。そして西尾氏は、誰にも会社跡を相続させないまま世を去った。
その結果、旧シゲタ動物薬品工業は所有者も管理者も不在のまま、法律上は事実上誰でも立ち入れる廃研究所となり果てている。
2021年には放火事件まで発生し、大きな問題となった。しかし行政が代わりに解体するとなれば数億円もの税金が必要になる。建物自体は頑丈で崩壊の危険性も低く、何より人里離れた無人地帯に建っているため、放置していても直ちに周囲の迷惑になるわけでもない。こうした事情から、小矢部市は処分の判断を下せないまま、今も廃研究所はひっそりと山奥に佇んでいる。
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