鎌倉時代に 松浦市鷹島沖で沈没したと伝わる「元寇船」から、墨で文字が書かれた木製の板が発見されました。

約750年前に起きた「蒙古襲来」の歴史背景を読み解く、新たな手がかりとされています。

(松浦市 内野 義 文化財課長)

「鷹島3号沈没船の評価を高める、貴重な遺物であると言える」

鷹島沖では、鎌倉時代の1281年に旧モンゴル帝国のフビライ軍が日本に攻めてきた「元寇」で、数千隻の船が沈没したとされます。

松浦市などは2023年度の海底遺跡の調査で、3隻目の「元寇船」を確認。

翌2024年度の調査で見つかっていた木製の板について、保存処理や赤外線撮影を行い、文字情報の調査・分析を進めていました。

その結果、板の表面には1264年~1294年まで、旧モンゴル帝国で元号として使われていた「至元」の文字を確認。

このほか、船員の業務当番などを示す文字なども確認されたということです。

元寇の時代背景を、直接読み解く手がかりが浮かび上がったとしています。

(九州大学 佐伯 弘次 名誉教授)

「年号がはっきりしているのが一つ大きなポイント。文永の役に使われていた軍船が6年後の弘安の役に再利用されたという流れ」

鷹島沖の海底では、これまでに陶磁器や刀剣などが見つかっていますが、文字情報が確認された出土品は初めてです。

(広島大学 舩田 善之 準教授)

「これまで存在していない資料であり、今のところ 唯一無二の資料。

歴史学考古学において、重要な資料であると指摘できる」

「木板」は、4月28日から2週間、埋蔵文化財センターで実物展示。

松浦市は今後も発掘調査を進め、水中考古学の聖地として調査・研究のノウハウを全国に広げたいとしています。