(※写真はイメージです/PIXTA)

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「現役時代は人並みに働き、平均的な年金も受け取っている。それなのになぜ、これほど生活が苦しいのか」。そう嘆く70代男性。かつて「中流」と呼ばれた世帯が、定年後の平穏な日常を維持することさえ困難になり、日々のささやかな楽しみに対してさえ罪悪感を抱いてしまう――。現代の高齢者が直面している「ゆとりなき老後」の実態をみていきます。

「普通」という言葉の罠に嵌まった、元会社員夫婦の静かなる困窮

埼玉県内の築35年の分譲マンションで暮らす小林誠一さん(70歳・仮名)と妻の恵子さん(68歳・仮名)。現役時代を振り返り、「自分たちはごく中流だった」と語ります。誠一さんは中堅メーカーで60歳定年まで働き、恵子さんはパートを掛け持ちしながら2人の子どもを育てました。

現在、夫婦が受給している年金は、合計で月約24万円。厚生労働省が公表する夫婦2人分の老齢基礎年金を含む標準的な年金額(令和8年度:237,279円)に近い金額です。「これだけあれば食べていくのに困ることはないだろう」。退職した当初、誠一さんはそう楽観的に考えていたといいます。

しかし現実は想像以上にシビアで、ここ数年はその困窮度が増しているのが実情です。

「原因は明らかに物価高です。光熱費もさらに値上がりすると聞いていますし……」

築年数の経過とともに跳ね上がるマンションの管理費と修繕積立金。国民健康保険料や介護保険料の負担も少しずつ重くなっています。

「毎月、固定費だけで10万円近くが消えていきます。手元に残るお金で食費や光熱費をやりくりすると、月末には財布の中身が数百円になることも珍しくありません」

そんな生活のなか、誠一さんの楽しみは駅にある立ち食い蕎麦店の「かけ蕎麦1杯300円」。現役時代からの大好物で、「同じようで店ごとに全然味が違うんですよ」と饒舌に教えてくれました。

しかし物価高が続くなか、そんなささやかな幸せでさえ贅沢だと感じるのだとか。

「妻はできるだけ見切り品を買って、少しでも食費を抑えようとしてくれています。蕎麦も家で茹でれば1杯100円以下ですから、随分と贅沢なことをしていると、罪悪感でいっぱいになります」

さらに最近、2人にとって負担が大きかったのが孫の七五三でした。神社への初穂料や衣装・写真撮影、食事会などで、トータル10万円ほどかかったといいます。

「孫のことでケチ臭いことは言えない。生活が苦しいと言ってしまえば、子どもたちにも心配をかけてしまう」

かつての同僚たちのなかには、ゴルフや旅行に興じるなど、セカンドライフを満喫している人たちもいます。

「何が違ったんでしょうか。同じように真面目に働いて、平均的な年金をもらっているのに――」

「平均的な年金」という安全神話の崩壊…統計が示す「ゆとりなき老後」の正体

小林さん夫婦が直面している状況は、個別の家計管理の問題というより、今の社会の仕組みそのものが抱える限界が露呈したものといえます。

内閣府『令和6年度 高齢者の経済生活に関する調査』によると、日々の生活について「家計にゆとりがあり、まったく心配ない」と回答した人はわずか11.6%。これに対し、約半数に近い47.3%の高齢者が「家計にゆとりがなく、心配である」と回答しています。厚生労働省が示す標準的な年金額を受給していても、その額が実際の生活維持コストに対して十分ではない実態が浮き彫りになっています。

さらに「経済的な不安を感じる理由」として最も多く挙げられたのは「物価の上昇(82.8%)」、次いで「医療費・介護費の負担(52.4%)」でした。年金額の改定が物価変動に完全に連動しない「マクロ経済スライド」等の仕組みにより、実質的な購買力が低下していることが、家計を圧迫する直接的な原因となっています。

小林さんを追い詰めた急な支出への対応力についても、不安な実態が数字に表れています。同調査で現在の貯蓄額を尋ねたところ、「100万円未満(貯蓄なしを含む)」と回答した世帯が25.0%にのぼりました。

日々の生活費で手一杯な世帯にとって、貯蓄額が100万円を切っている状況では、マンションの修繕積立金の急な値上げや、冠婚葬祭といった数万円単位の出費さえも、家計を破綻させる直接的な引き金になりかねません。

「平均的な年金」を受給していても、インフレや固定費の増大によって、生活の継続自体が困難になる――。これが現在の高齢社会の現実なのです。