記事のポイント
カシミヤの大衆化が進むなか、ラグジュアリーブランドは素材だけでなく体験や革新で価値を示している。
アニオナは素材開発と没入型リテールを軸にブランド再建を進め、国際市場での成長をめざしている。
イタリアの繊維産業は職人ネットワークに支えられ、ラグジュアリー生産の中心として存在感を保っている。


ミラノ・ファッションウィークで、アニオナ(Agnona)はシアリング、ウール、テクニカルカシミヤなどの触感素材を中心としたコレクションを発表した。

この発表はタイミングとしても象徴的だ。同ブランドは4月、ミラノに新たな旗艦店のオープンを控えており、次の成長フェーズに向けた重要な一手と位置づけている。

カシミヤの大衆化が進むなか、ブランドは「素材以上の価値」を提示できるか



「いまや、ユニクロで素晴らしいカシミヤのセーターが手に入る」と、アニオナのCEO兼クリエイティブディレクター、ステファノ・アイモーネ氏はプレゼンテーション後に語り、いかに幅広い価格帯で手に入るようになったかを指摘した。

アイモーネ氏は大手の小売業者を批判しているのではなく、かつてラグジュアリーの象徴だったカシミヤがいまやさまざまな価格帯で入手可能になった、市場全体の変化を反映したコメントだと述べた。

アイモーネ氏にとっての課題は、もはや優れたカシミヤをつくることだけではなく、製品イノベーションからより没入感のあるリテール体験まで、ブランドがカシミヤ以上の価値を提供していることを証明することにある。

ミラノ・ファッションウィークのプレゼンテーションで、アニオナは夜明けの英国庭園の雰囲気を再現し、霜に覆われた植物でコレクションを囲み、衣服の触感的な魅力を強調した。

ブランドの最近のコレクションでは、二重構造のカシミヤ、ブークレ生地、柔らかさと防水性を両立させた「レインウィーバー(RainWeaver)」カシミヤなど、ファブリックの革新に取り組んでいる。

ビエッラ繊維産地が支える、イタリア高級ウール産業の歴史



イタリアのピエモンテ州のボルゴセージアで1953年に創業したアニオナは、クリスチャン・ディオール(Christian Dior)、ジバンシィ(Givenchy)、イヴ・サンローラン(Yves Saint Laurent)、バレンシアガ(Balenciaga)、シャネル(Chanel)などのクチュールメゾン向けに製品を提供。

後に、カシミヤ、ビキューナ、アルパカなどの素材に注力しながらプレタポルテにも事業を拡大した。

これらの素材は、アニオナ、ゼニア、ロロ・ピアーナ(Loro Piana)などの企業が高級ウールとカシミヤ生産で世界的な名声を築いた北イタリアの製造拠点、ビエッラ繊維産地のアイデンティティの中核をなすものである。

ロイター通信(Reuters)のデータによれば、イタリアは世界のラグジュアリーグッズの約50〜55%を生産しており、小規模な専門メーカーの緊密なネットワークに支えられている。

ゼニアからの独立と5年間の再建



数十年にわたり、アニオナはゼニア(Zegna)のエコシステムと密接に結びついていた。エルメネジルド・ゼニア・グループは1999年、テキスタイル生産からラグジュアリーファッションへの事業拡大戦略の一環としてアニオナを買収した。

2020年、ステファノ・アイモーネ氏と父のロベルト・アイモーネ氏がゼニアから同社の株式の70%を取得し、新たな章がはじまった。

ゼニア創業者エルメネジルド・ゼニアの曾孫にあたるアイモーネ氏はCEO兼クリエイティブディレクターに就任。アニオナを引き継ぐ以前、同氏はヨーロッパ各地のファッションハウスやテキスタイルグループでキャリアを積んでいた。

「メンズウエアでずっと働いてきた。ドルチェ&ガッバーナ(Dolce & Gabbana)からアントワープ(Antwerp)、スイスのヴァニティ・フェア・グループ(Vanity Fair Group)、そしてゼニアまで」と同氏は語った。

買収によって同氏は方向転換できるようになった。「ウィメンズウエアを探求してキャリアを完成させたかった」とアイモーネ氏は述べた。

「あの世界はずっとクリエイティブで、ずっとチャレンジングだ」。

5年前にアイモーネ氏が経営を引き継いだとき、焦点はビエッラ繊維産地でのコレクション、チーム、生産基盤の再建にあった。

「再建の年月があった」とアイモーネ氏は語った。

「必ずしもすぐに売上を伸ばしたいとは思わなかった。しっかりしたプロダクトなしに市場に出れば、めざしているすべてを台無しにするリスクがあるからだ」。

控えめな成長をめざす国際展開戦略



今後の成長は、これまでブランドの存在感が限られていた中国、中東、ラテンアメリカ、広域アジア太平洋地域のような市場への参入にかかっている。

アニオナの売上の90%以上は海外で、主要市場には韓国、米国、英国が含まれ、ドイツ、オーストリア、スイスも重要な欧州市場である。

AFPの報道によれば、現在アニオナの年間売上は1500万ユーロ弱(約24億円)で、今後3年以内に国際展開とともに2000万ユーロ(約33億円)に到達する計画だ。

この規模はカテゴリー最大手の企業に遠く及ばない。高級繊維製品のグローバルリーダーと広く知られるロロ・ピアーナは、推定で年間20億ユーロ(約3450億円)以上を売り上げている。

「ロロ・ピアーナほど大きくなりたいとは思わない」とアイモーネ氏は語った。「彼らは素晴らしい品質を提供している。しかし、我々は小さくあり続けたい」。

素材へのこだわりと競合ブランドの動向



ブランドはいまもすべてイタリアで生産しており、同国のテキスタイルクラフツマンシップへの長年のこだわりを反映している。

「アニオナでは、すべては素材からはじまる」とアイモーネ氏は語った。

カシミヤが中核であり続ける一方、コレクションにはビキューナ、アルパカ、ウール、シルクなどの高級繊維も取り入れられており、専門的なグローバルサプライチェーンを通じて調達されている。

ビキューナは主にペルー産で、世界でもっとも希少な天然繊維のひとつだとアイモーネ氏は述べた。最高級カシミヤはモンゴルおよび内モンゴルから調達している。

高級繊維のラグジュアリーブランドとして世界的に広く知られるロロ・ピアーナは、ビキューナやベビーカシミヤなどの希少素材を重視する一方、原毛調達の直接管理に投資してきた。

ブルネロ・クチネリ(Brunello Cucinelli)も同様に、カシミヤだけにこだわるのではなく「人間味のある職人技」の価値を強調し、イタリアのクラフツマンシップと職人による生産をブランドの核にしてきた。

アニオナの旧オーナーであるゼニアも、トレーサブルな繊維調達と垂直統合型生産に焦点を当てたオアジ・カシミヤ(Oasi Cashmere)などの取り組みをとおして、素材のストーリーテリングに一段と力を入れている。

価格帯は、アニオナがイタリアの高級ブランドのなかでも上位に位置している。カシミヤニットウエアは通常800〜1500ドル(約12万〜22万5000円)だが、アウターウエアやダブルフェイスカシミヤコートは素材構成や仕立てに応じて4000ドル(約60万円)を超えることもある。

流通は依然として主に卸売りで、アニオナはハロッズ(Harrods)などのパートナーや、ファーフェッチ(Farfetch)、エッセンス(SSENSE)などのオンラインラグジュアリープラットフォームを通じて販売するほか、自社ECも展開している。

ミラノ旗艦店で消費者との直接的な関係構築へ



ブランドの次のフェーズは直販に重点を置く。4月にオープンするミラノの新旗艦店は、消費者とのより緊密な関係構築に向けた第一歩となるだろう。

この店舗は従来のブティックではなく、体感できる没入型の空間としてデザインされていると、アイモーネ氏は語った。

ミラノの本社スペースにはショールーム、アーカイブ、アトリエが統合されており、来訪者は完成したコレクションと並んでファブリックブック、スケッチ、プロトタイプを見ることができる。

「足を踏み入れた瞬間、本当に我々の世界に入ることができる」とアイモーネ氏は語り、ゲストがアトリエでテーラーの作業を見学できることを付け加えた。

本社にはグリーンハウス型のルーフトップスペースがあり、手編みからプラントベースのクラフトセッションまで、ワークショップや小規模なコミュニティイベントを開催している。

「プロダクトを見せるだけではない。ブランドの文化や価値観を共有することでもある」。

アニオナの顧客はロゴよりもさりげなさを重視し、クラフツマンシップに関心を持っていると、アイモーネ氏は述べた。

「彼らは品質と伝統を評価する。衣服がどのようにつくられ、どこから来たのかを研究している」。

業界全体のデザイナーたちも、顧客が素材の品質を直感的に認識するようになっていると語る。

「本当によい品質のものを買うと、すぐにわかる」と、ウクライナのブランド、ロクセラーナ(Roksalana)の創業者であるオレクサンドラ・リャフ氏は、プレミアムウールとカシミヤに関する別のインタビューで語った。

イタリア製造業の課題とスローグロースの哲学



小規模なラグジュアリーハウスを経営することは、イタリアの製造エコシステム内で高まる圧力をかいくぐることをも意味する。

パンデミック以降、サプライヤーの統合が加速しており、より少ない工場やワークショップがグローバルなラグジュアリーグループからの増大する需要に対応しているとアイモーネ氏は語った。

こうした監視は、イタリアのラグジュアリー製造システムが法的・規制的な圧力の高まりに直面するなかで起きている。

2025年、ミラノの裁判所はLVMH傘下のカシミヤブランド、ロロ・ピアーナに対し、調査員がサプライチェーン内の下請け工場での労働虐待を発見したことを受けて司法管理下に置いた。

これはディオール、アルマーニ(Armani)、ヴァレンティノ(Valentino)などのブランドを含む一連の調査の一環である。

アニオナにとって、こうした圧力は長期的な哲学を強化するものとなっている。

規模を追い求めるのではなく、アイモーネ氏はテキスタイルの専門知識に根差したスローグロースにブランドの未来を見いだしている。

「アニオナの本質は素材にある。プレシャスで、包み込むような、触感的なものだ」。

[原文:Luxury Briefing: As cashmere spreads downmarket, luxury brands update their approach]

Zofia Zwieglinska(翻訳、編集:藏西隆介)