『ばけばけ』「雨清水トキ」はダジャレが出発点? “名前”にまつわる朝ドラ制作陣の葛藤
髙石あかりがヒロインを務めるNHK連続テレビ小説『ばけばけ』が現在放送中。松江の没落士族の娘・小泉セツとラフカディオ・ハーン(小泉八雲)をモデルに、西洋化で急速に時代が移り変わっていく明治日本の中で埋もれていった人々を描く。「怪談」を愛し、外国人の夫と共に、何気ない日常の日々を歩んでいく夫婦の物語。
参考:『ばけばけ』北川景子&板垣李光人が体現した“葛藤” 雨清水家がトキに与えた影響とは?
第23週では、名前にまつわるエピソードが数多く登場。トキ(髙石あかり)夫妻は長男に勘太と名付け、トキは松野から雨清水へと改姓。ヘブン(トミー・バストウ)は八雲という日本名を得た。
ドラマ放送開始時よりSNSで話題となったのが、トキの姓が変わると雨清水トキ……すなわち「丑三つ時」となる、というもの。
いよいよその予想が現実となったが、制作統括の橋爪國臣は「最初に名前を付ける時に、『丑三つ時になったらいいよね』というところから始めたんです。ダジャレでしかないですが(笑)、プロットを書く段階でみんなでアイデアを出し合いました」と秘話を明かす。
「『丑三つ時』に聞こえる苗字で、しかも“水”で小泉と通じるところがある。さらには高貴なイメージを付けたかったので、『雨清水ならその雰囲気があるかもね』と。最初は牛と水に分けて考えていたんですが、より由緒正しい武家の名前らしさがあるとして雨清水にしました」
実は、そんな雨清水姓よりも先に決まっていたのが、トキという名前。そこには「丑三つ時と聞こえるようにしたい」という遊び心と同時に、制作陣のある思いが込められていた。
「『今の時を大切にする』『その時、その時を生きる』といった意味合いを込めました。ハーンさんやセツさんも、実はこの“トキ”という言葉をとても大切にしていて。英語でいう1回、2回の“time”を“トキ”として、『1トキ、2トキ』と言っていたりもしたんです。ハーンさんの孫、つまりは小泉凡さんのお父様のお名前も時(トキ)さんですし、小泉家にとって“トキ”は特別な言葉。それをヒロインの名前にしたいなと思いました」
一方、劇中における名前の由来は別にあるといい、「ドラマ内では、赤子をもらい受けて雨清水家を出た際に、幸福を運ぶ朱鷺(トキ)が一羽とまっていた。それを見た勘右衛門(小日向文世)がトキと名付けた、という裏設定があります」と語った。
第111話では、ヘブンが長男の名を勘太と公表。この名前について、橋爪は「すんなり決まりました」と話し、こう続ける。
「ラフカディオ・ハーンは、カディオをもじって長男の名前をカズオ(一雄)にしているんです。ドラマではレフカダ・ヘブンなので、レフカダ、カダ、カンタ。さらにカンという漢字には、勘右衛門の勘も使えるねと。脚本のふじき(みつ彦)さんのアイデアです」
第114話では、雨清水家の籍に入ることになったヘブンに、「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を」(素戔嗚尊/すさのおのみこと)の和歌に由来して、勘右衛門が八雲と名付けた。
朝ドラにおいて、実在する人物名を役名として使用した例はそれほど多くないが、橋爪は「八雲は和歌が主題になっているので、なかなか変えにくいところもあり、今回はそのままにしました」とし、モデルとなる人物がいる作品ならではの苦悩を明かす。
「本当のことを言うと、僕は全部本名でやってもいいと思っているんです。とはいえ、朝ドラは近現代を描くことが多く、遺族や権利者もいらっしゃるので、すべての方に合意を取るのが難しい。さらには、史実や原作をどこまで改変するのか、それは改変なのか演出なのか、という難しさもありますよね。人によって許容度や考え方も違うし、何が正解かはわからない。そういった歴史があり、朝ドラでは一応フィクションの名前を使うことになっています」
たとえば大河ドラマのように、モデルとなる人物の実名を用いる作品も多くある。橋爪は「その線引きはすごく難しいですよね。朝ドラをやる時には本当に毎回、議題に上がるんですよ。なぜ、名前を変えなければいけないのかと。いつも終わらない議論から始まるので、みんな迷っているんだと思います」と、朝ドラならではの葛藤を吐露した。
なお、トキとヘブンは雨清水家の籍に入ることになるが、その一因となったのは、トキの元夫・銀二郎が未だに松野家の籍に残っていたこと。果たしてこれは、史実をもとにした設定なのか。
橋爪によると、明治期の戸籍制度は非常に複雑で、“婿養子になるためには、まずその家の養子となり、そのうえで結婚する”という二段階の手続きを踏むのが一般的。そのため夫婦が離縁しても、養子縁組が自動的に解消されるわけではなかったという。
さらには帰化制度も整っておらず、外国人が日本人になることも困難で、「ハーンは日本人女性の家に入婿した、初めての外国人だとされています。この方法であれば、結婚もして、日本人にもなれる。ある意味“裏技”のような方法だったんです。他にも、複雑な制度が絡み合っていて、そこをドラマですべて説明することはできないので、今回は“銀二郎が松野家の籍に残っていたから”という形で表現しました」と制作の背景を明かした。
正式に夫婦となり、新たな人生のスタートを切ったトキと八雲。それでも筆が進まずもがく八雲だが、2人の歩みを最後まで見届けたい。(文=nakamura omame)

