上田桃子(写真は2022年撮影)【写真:AP/アフロ】

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王貞治氏に一本足打法を教えた名伯楽との出会い

 日米女子ゴルフツアー通算17勝の上田桃子は、2024年シーズン限りで第一線を退いて昨年10月31日には第1子となる男児出産を報告した。だが、ゴルフへの情熱は冷めることはない。2026年国内ツアーの開幕戦(5日初日、ダイキンオーキッドレディス)が近づいた今、THE ANSWERはそんな上田に低迷から復活を遂げる選手が多くなった理由と、27歳で米ツアーに挑む原英莉花への思いを聞いた。(取材・文=柳田 通斉)

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 国内ツアーは昨今、ベテラン、中堅、若手の垣根がなくなっている。互いをリスペクトし、プライベートでも交流。昨年11月16日の伊藤園レディス最終日には、クラブハウス前で世代を超えた多くの選手たちが、初優勝を飾った脇元華をハグで祝福した。ツアーの現状を示す象徴的なシーンだった。上田は実感を込めて言った。

「そこが今のJLPGAツアーの魅力です。先輩たちは若い子のアグレッシブな姿を見て『忘れていたもの』を思い出し、若い子たちは先輩からマネジメントを学んでいます。ギスギス感がなく、相乗効果になっています」

 だからこそ、ツアー全体がレベルアップし、ギャラリーや視聴者もその「いい雰囲気」を楽しめている。だが、好調を長く維持できる選手は皆無で、「調子の悪さ」と向き合う日々は多い。それが長くなり、ランキングを落とすケースもある。2008年から米ツアーに挑戦し、13年限りで主戦場を日本に戻した上田もそうだった。

「当時は、自分の足らないところしか見えていなかったですね」

 13年シーズンは米ツアーでの翌年シード権は獲得できなかったが、国内ツアーでは最終戦の大王製紙エリエールレディスで3位に入り、賞金ランキング48位でシード権をゲット。バッグを担いでくれた旧知のプロコーチ・辻村明志氏のサポートも大きかった。だが、上田は14年シーズン序盤に低迷。地元熊本県で開催の試合にも予選落ちした。その際、泣いている姿を目にした辻村氏から「左右に体重をゆするスイングになっているから、体の正面で球をとらえられていない」とアドバイスされ、それでショットが修正された。

「ドライバーの飛距離が一気に30ヤード落ちたりしましたが、辻村さんのアドバイスを信じてやっていくうちに徐々に戻ってきました。その頃は目の前の成績よりも、そういう少しのプラスが喜びでした。『自分は1回死んだ』と言い聞かせ、『前はこれができていたのに』『あの時はこうだった』と思わないようにもしていました。昔と今とは体が違うし、感覚も変わってくる。いったん全部捨てて、一から作り直すことにフォーカスしました」

 そこから二人三脚で歩き出し、上田は同年に2勝して賞金ランク10位。15年に優勝はなかったが、賞金ランク7位で「完全復活」を印象付けた。しかし、16年になると深刻なスランプに陥った。

「辻村さんとのコミュニケーションにも頭打ちでしたし、あれもこれもダメで、やることがない状態でした。『もっとシンプルにやれば』『桃子の強みはここだから』と言われても、納得いきませんでした」

 辻村氏自身も悩み、2人で頼ったのが元プロ野球選手の荒川博さんだった。引退後はコーチ、監督を歴任して王貞治氏に一本足打法を教えた名伯楽で知られる。また、合気道6段でもあり、晩年は「気を湧き出させて打つ」の教えを基にゴルファーも指導していた。

「荒川先生は当時86歳なのに、ずっと立って一球一球に真剣に向き合っていただきました。悪いところを探す作業ではなく、『気を入れて打つ』ことを教えてくださいました。そして、私にワクワクする気持ちを思い出させてくださいました」

 2人が初めて訪れた日、荒川さんは上田に「構えてみなさい」と言うと、右の脇腹を軽くプッシュ。よろける上田を見ると、自身は野球の構えを披露し、辻村氏に体を押させたという。そして、ビクともしない荒川さんの「気の入った構え」を目の当たりにした。そして、時間を見つけて2人で荒川氏のもとを訪ねるようになった。

 荒川さんは同年12月4日に逝去した。辻村氏と上田が指導を受けた期間は、約6か月間。同年に結果は残せなかったが、翌17年には3年ぶりの優勝を含めて2勝を飾った。そして、19年以降に4勝を積み上げている。海外試合でも力を発揮し、20年の全英女子オープンでは日本勢最高の6位に入った。こうして上田は技術面で辻村氏、精神面で荒川さんに支えられ、蘇った。

諦めずに見つけた環境 木戸愛は30代後半で

 昨今の国内ツアーでは、上田と同様にトンネルから「脱出」する選手は少なくない。河本結は米ツアー撤退後、3季連続でシード圏外だったが、24年に年間ランキング7位に急浮上。昨季は2勝を飾って3位だった。堀琴音、柏原明日架、菅沼菜々は、森守洋コーチとの出会いをきっかけにカムバック。堀に関しては、高いトップから手元を低く下ろして打つスイングに改造し、パッティングではノールックストロークを駆使して昨季は日本女子オープンを制した。30代後半の木戸愛は、23年12月から尾崎将司さんに「とにかく振りなさい」と指導を受け、復活ロードを歩んで昨季は優勝争いも演じ、年間ランキング38位。6シーズンぶりにシード権を手にした。その背景には、テクノロジーの進化でスイングやストロークの解析が可能になった背景もあるが、上田は「何よりも諦めなかったことが大きい」と言った。

「木戸さんはいろんな人にも習って、ジャンボ(尾崎)さんにたどり着いた。堀さんには森コーチの指導を受けながら、相談に乗ってくれる先輩たちも多くいた。河本さんはパッティングコーチやメンタルトレーナーもつけるなどし、新しい環境を作ったことが大きいと思います。みんな、いいものを持っているからプロになれているわけです。だからこそ、いい環境と根性が掛け合わさった選手が復活している。そんな印象を持っています」

 人気がある女子プロゴルフの世界は華やかに映るが、こうした選手、関係者による試行錯誤が繰り返されている。国内ツアー5勝で27歳の原は、昨季は米下部のEPSONツアーでそれを続けていた。結果は年間ランキング5位。見事に今季米ツアーの出場権を獲得した。この形は先に馬場咲希が10代で経験しているが、国内で実績のあるプロでは初。だからこそ、上田は原を頼もしく思っている。

「彼女のツアーカード獲得はすごくうれしかったですね。力も人気もあるのに、自分をより厳しい環境に置こうとする彼女の根性が好きです。承認欲求や諸々を捨てて、自分のやりたいことを貫くことは簡単じゃありませんし、『ゴルフが好きで、戦いたい』という強い意志を感じました」

 昨年8月、原がワイルドホースレディスゴルフクラシックでEPSONツアー初優勝を飾った際、上田は祝福メッセージを送っていた。

「『ありがとうございます。見てもらえているんですね』といった返信がありました。今の時代、27歳からの米ツアーへのチャレンジは遅くないですし、彼女にとっては一番いいタイミングだったと思います。選手のピークは人によって違いますが、精神的なピークを持ってくることが大事です。あれだけ華がある選手はなかなかいないですし、日本での実績とEPSONツアーを戦い抜いた自信を胸にさらに輝いてほしいです」

 ツアープロとして栄光、挫折の双方を経験した上田の言葉は重い。母となり、一線を退いても、その情熱は次代ヒロインたちの背中を押し続けている。

■上田桃子(うえだ・ももこ)
 1986年(昭61)6月15日、熊本市生まれ。9歳から坂田塾でゴルフを始め、2005年プロテスト合格。07年に「ミズノクラシック」での米ツアー初制覇を含む年間5勝を挙げ、21歳で当時の史上最年少賞金女王に輝く。08年から米ツアーに本格参戦するも13年にシード喪失。14年の国内復帰後は辻村明志コーチらの指導で復活を遂げ、第一線で活躍を続けた。日米通算17勝。21年に結婚し、24年シーズン限りでツアー休養。25年10月に第1子男児を出産した。

(柳田 通斉 / Michinari Yanagida)