【五輪②】白馬村出身フリースタイルスキー近藤心音選手22歳 再びつかんだ五輪への切符 今度こそ…4年越しリベンジの舞台へ【長野】
ミラノ・コルティナオリンピック注目の県関係選手を紹介するシリーズ2日目はフリースタイルスキー、北安曇郡白馬村出身の近藤心音選手です。今回誓うのは“リベンジ”です。
レールや…。ジャンプ台など。障害物があるコースを滑る競技、フリースタイルスキースロープスタイル。
近藤心音選手
「1月の最後のワールドカップがスイスのラークスというところで行われたんですけど。今までの中でも一番体動いているし、全体的に状態は整っているかなというふうに思っています」
スロープスタイルは、全長およそ700メートルのコースに連続的に設置された人工アイテムを、演技をしながら滑り降りる競技。タイムではなく、技の難度や出来栄えを争う採点競技です。
元スキー選手だった両親の影響で3歳からスキーを始め、小学5年生で本格的にこの競技に打ち込みました。実績を重ね、国内トップクラスの選手へと成長。4年前の北京オリンピックでは若干18歳で初の代表の座をつかみました。2022。北京五輪開幕。迎えた、夢の舞台。期待が高まる中、公式練習の最終日でした。ラスト1本…。
風にあおられ、着地に失敗。
右足の前十字靱帯断裂と半月板を損傷し、本番の舞台に立つことができませんでした。
近藤心音選手
「転倒した直後はやっぱり痛みがすごすぎてすぐに次のこととかは考えることはできなかったんですけど。自分がもうオリンピックに出場できないと理解し始めたというか現実と向き合い始めて。あんまり人には会わずに部屋にずっとこもっていたかなって感じですね」
帰国後に手術をして、長期のリハビリ生活。これまでの競技生活で最大の挫折でした。自分と向き合う時間が増えた近藤選手。その時、感じたことがありました。
近藤心音選手
「自分が絶対このまま引退してしまったら後悔するっていうのは絶対的にあって。続けるのも引退するのもつらいんだったら、やらないで後悔するよりは全力でやり切ってみてその後のことはその時に考えればいいかなっていうふうに思ったので。ネガティブをポジティブに変換しようという気持ちで、変わっていったかと思う」
ようやく滑れるようになったのは10か月後。一から滑りを再構築し、もう一度、オリンピックの舞台を目指すことを決めました。家族やコーチの献身的なサポートもあり、昨シーズンのワールドカップでは自己最高4位。今シーズンもW杯で7位に入るなど復活を遂げ、再び、オリンピックの切符をつかみ取りました。
近藤心音選手
「リベンジだという気持ちはある。こういう逆境を受けながら頑張り続けなければいけないという私の人生は、ひとつの使命だと感じていて、使命だとしたら最後までやり切るしかない」
苦悩を乗り越えてつかんだリベンジの舞台。だから、今回は、楽しみながら自分を表現したい。4年越しのスタートラインがこのオリンピックにあります。
