行列ゼロ、広告ゼロ、なのに年商1.5億円…東京郊外の「稼ぐ小さなケーキ店」が厨房で作っている意外なスイーツ

■行列がないのに年商1.5億円のケーキ店
ケーキ店の倒産件数が過去最多となるなか、行列もない。派手な広告もない。それでも年商1億5000万円を稼ぐ、異色のケーキ店がある。東京都大田区の閑静な住宅街にあるパティスリー「スイーツスタンダード」だ。
ガラス張りの明るい店内に足を踏み入れた瞬間、スイーツを焼く香ばしさと甘さの混じり合った香りがふわりと鼻をくすぐる。ちょうど居合わせたひとりの女性はショーケースを真剣な表情でのぞき込み、どのケーキを買うか悩んでいた。

見たところ、オシャレな“街のケーキ屋さん”。店頭で販売しているのはショートケーキやプリン、焼き菓子などごく普通の商品ばかりだが、売り上げ成長率も毎年160〜180%で右肩上がり。創業8年で年商は1億5000万円にのぼるという。
なによりも不思議なのは、行列がまったく見当たらないこと。
行列はない。商品も普通。なのに、なぜそれほど稼げるのかーー。
その答えは、厨房の奥にある“影の工場”にあった。

■秘密は厨房の奥にある「影の工場」
「店舗での売り上げは、1年で2000万円ほどです」
そう語るのは、スイーツスタンダードのオーナーでパティシエの小澤幹(もとき)さん(46)。取材にあたり年商1億5000万円との情報を得てきたのだが、2000万円? 残りの1億3000万円は、一体どこで売り上げているのだろうか。
「自社店舗以外にコンサル事業とOEM事業を運営しているんですよ。とくにOEM事業は売り上げの大きな柱になってます」
OEM(original equipment manufacturing)とは、他社ブランドの商品を裏側で製造する「影の工場」のような仕組みだ。たとえば大手洋菓子店に並ぶ焼き菓子や道の駅のテイクアウトスイーツが、実はこの小さなパティスリーの厨房でつくられている。

OEM事業の売り上げは、ひと月700万円から1000万円ほどで年商の約8割を占める。商品1個当たりの卸価格は200円前後。店頭には行列がなくても、厨房では毎日2000個前後の商品がつくられ、全国へと出荷されているのだ。
百貨店の食品売り場に並ぶスイーツも、実はこの厨房で生み出されたものが多い。「フロアを見渡すと、うちが手がけた商品でいっぱいになる時期もあります」という。
■きっかけとなった「焼きモンブランの土台」
ショーケースの奥にある厨房の広さは、約20坪。毎日5〜6人のスタッフが厨房に入り、1日で店舗分約100個、OEM分約2000個のケーキやクッキー、マドレーヌといったスイーツをつくり出している。
とはいえ限られたスペースと人員で、他社ブランドの商品を量産するのは骨が折れるだろうと考えていると、小澤さんは意外な言葉を口にした。
「OEMの商品に関しては、うちで丸ごと製造しているわけではないんです。たとえばシュークリームの皮だけをうちで大量につくり、納品先でクリームを詰めていただくケースもあります」

そのうちのひとつ、国産栗を使用した「焼きモンブラン」は、スイーツスタンダードで土台となるタルト生地だけを焼いて取引先に提供しているそうだ。
この柔軟な製造スタイルは、「小ロット対応」「部分工程のみの受託」「添加物不使用」など、大手が敬遠しがちなニーズに応えられる点で評価が高い。とくに素材にこだわるブランドや、大量生産ができない小規模メーカー、細かい作業の対応が難しい大手メーカーからの引き合いが多いという。
厨房では生産性向上のため、いかにまとめて作業するかを重視。効率的な1日の作業プランを組み立てることで、限られた人数でも大量生産が可能な体制を構築している。
「職人による手づくりだからこそできる、細やかな対応がうちの強み。他社では対応できないことにも積極的にチャレンジしています。この焼きモンブランの土台が、OEMの第1号なんですよ」

■コンサル業で起業、資金がみるみる減少
小澤さんは最初からOEMをはじめようと考えていたわけではなかった。起業したのはスイーツのコンサル事業をおこなうためだった。
「前職で和素材を用いた商品の開発に携わるうち、日本各地にある素材の魅力と、それを生かしきれていない地域の実情を知りました。パティシエとして培ってきた知識と技術を生かし、素材の魅力を多くの人に届けたいと思ってスイーツのコンサル業をはじめたんです」

多くのパティシエが抱く、自分のお店をもつという夢。小澤さんもその夢をかなえたように見えたが、目的がまったく違った。
「商品開発をするにはラボが必要です。だから以前パティスリーだった居抜き物件を借りて、コンサル業をおこなうための拠点にしました」
2018年3月、50万円の自己資金と300万円の助成金をもとに事業をはじめたが、資金はみるみる減少していく。しかし幸いにも借りた物件には厨房のほかショーケースも残っており、スイーツを製造・販売する環境が整っていた。
そうなれば、やることはひとつ。店頭でケーキを売り、コンサル事業の活動資金を得ることにしたのだ。
そのころ、事業のヒントを得るため参加していた地域特化型の創業プログラムで、転機が訪れる。高知県の地域商社「四万十ドラマ」の代表であり、創業プログラムのメンターでもある畦地履正(あぜちりしょう)さんとの出会いだ。半年間にわたるプログラムが終わるころ、畦地さんから声をかけられた。
「新しい工場の建設をサポートしてほしい」
小澤さんは「狙い通り。やっぱり声をかけてくれた」と心のなかでガッツポーズをした。実は小澤さんは以前から畦地さんの存在を知っており、四万十ドラマの仕事をサポートしたいと考え創業プログラムに参加したのだという。
「自信があったし、失敗するとは一切考えませんでしたね」と力強い声で当時を振り返る。

■念願の初仕事
四万十ドラマは、高知県四万十川流域の農産物を生かしたスイーツの商品開発や製造、販売をおこなっている企業。手づくりが主体だった既存の工場では生産が間に合わなくなり、新工場を建設して生産量および事業の拡大を目指していた。
畦地さんは、なぜ小澤さんに依頼したのだろうか。
「最初、パティシエはスイーツをつくる専門家というイメージが強かったんです。でも半年の間に、小澤さんは店舗経営や工場運営をビジネス視点で考えられる方なんだとわかりました。地域で新しい仕組みをつくろうとしている点にも共感して、サポートを頼んだんですよ」(畦地さん)
2018年10月、こうして念願のコンサルがスタート。初となるこの案件こそが、現在のスイーツスタンダードを形づくる原点となる。
小澤さんが最初に取りかかったのは、新工場で製造する商品を決めることだ。もともと四万十ドラマは、新工場建設にあたり地元の名産「しまんと地栗」を使った商品開発を希望していた。

しまんと地栗は一般的な栗よりも1.5〜2倍大きく、強い甘みが特徴だ。しかし山の傾斜地で育つため、生産者の高齢化や後継者不足により収穫量が激減していた。
それでは商品を開発したとしても、食材不足がボトルネックになり量産は難しい。そこで目をつけたのが、もうひとつの名産「にんじん芋」だった。さつまいもの一種で、断面がにんじんのようなオレンジ色をしており、ねっとりとした濃厚な甘みがある。
「四万十ドラマさんがつくっているスイーツのなかに、にんじん芋を原料にした『いも焼き菓子ひがしやま。』という商品があるんです。栗より芋のほうが収穫しやすいので、この商品の売り上げをもっと伸ばしましょうと提案しました」

■手づくりから機械化へ
しかし既存の工場では、芋を炊いてペーストにするのも、ペーストを混ぜ込んだクリームを絞るのもすべて手作業。体への負担が大きく「4人がかりで1日1000枚つくるのが精一杯」だという。
そこで小澤さんは製造体制と作業手順を見直し、生産性向上のため機械化を提案。500万円の機械を導入し「いも焼き菓子ひがしやま。」を1日1万枚生産できる体制に整えた。

その矢先の2020年、新型コロナウイルスが流行する。販売店の休業で売り上げが激減したものの、幸運にもテレビ番組で「いも焼き菓子ひがしやま。」が紹介されECサイトへの注文が殺到。わずか3カ月足らずで売り上げが例年の1.5倍に伸びた。
量産に向けて機械化を進めていたことが功を奏した。「小澤さんの提案がなければ、できなかったことですね」と畦地さんは当時を振り返る。
■焼きモンブランの誕生
時を前後して、しまんと地栗を用いた商品開発も進めた。先述したように、しまんと地栗は貴重な素材であるため、小澤さんはしまんと地栗を使う商品を限定することにした。
「四万十ドラマさんにはすでに、しまんと地栗を使用した商品がいくつかありました。そのため、これから開発する商品にはほかの地域から集めた栗を使うことにしたんです。しまんと地栗にこだわってしまうと売り上げを伸ばせないので」
そうして新たに開発したのが「焼きモンブラン」である。

高知産の天日塩を加えた香ばしいタルト生地に、国産栗のクリームをたっぷり絞って焼き上げた一品だ。最後に1回焼くことで、シンプルな味わいのなかにも濃厚な栗の風味を感じられるようにした。
最大の特徴は、常温保存できる焼き菓子であること。モンブランといえば冷蔵・冷凍保存するケーキが一般的だが、焼き菓子にしたのにも理由がある。
「当時、四万十ドラマさんの商品構成は冷凍の生菓子が売り上げの7〜8割を占めていて、販路拡大が難しい状態でした。常温流通できる商品の比率を6〜7割まで高める必要があると感じたので、いつでも気軽に食べられる焼き菓子にしたんです」
■「うちでつくりましょう」からOEMがはじまった
2021年5月、四万十川ドラマの新工場「しまんと地栗工場」が竣工し、「いも焼き菓子ひがしやま。」は1日1万枚、「焼きモンブラン」は1日5000個製造できる体制が整った。
依頼を受けた日から約9カ月。小澤さんはスイーツスタンダート初となるコンサル案件をやり遂げた。その後も「焼きモンブラン」は順調に売れ、量産体制を整えた新工場でも製造が追いつかなくなってきた。

「『それならうちで土台のタルト生地だけつくりましょうか』と提案したのが、OEM事業のはじまりです」と小澤さん。以降、コンサルからOEMにつながるこの流れは、スイーツスタンダードの売り上げの核になっていく。
■入金は9カ月後、資金繰りに奮闘する日々
追い風が吹きはじめたスイーツスタンダードだが、その裏で小澤さんは苦境に立たされていた。四万十ドラマは高知県の企業。課題の洗い出しや試作品の意見交換など、現地でないとおこなえない業務がたくさんあった。
「入金されたのはプロジェクトが終了した9カ月後。その間に発生した交通費や宿泊費、試作開発費はすべて自分の持ち出しだったんです。入金されるまで資金面が厳しくて、お店の売り上げで生計を立てていました」
当時は妻と2人で店舗を営業していたものの、ケーキをつくるのは小澤さんだったため出張するときは数日間お店を閉めなければならなかった。当然ながら売り上げが立たない。事業投資もしており、資金不足のなかで動かなければならない状況に頭を抱えた。
お店の売り上げで生活できていたこともあり「妻には事業の状況は説明していなかった」そうだ。しかし畦地さんの「あのころは事業が大変そうだったね……」という発言があるように、四万十ドラマからは入金までの間支払いを立て替えてもらうなどの援助を受けた時期もあったという。

業界特有の需要の変動も追い打ちをかけた。
「パティスリーは一般的に4月〜11月が閑散期、12月〜3月が繁忙期。夏場は甘いものが売れないんですよ。売り上げが少ない時期は借り入れできる金額も限られるので、まさに自転車操業でした。借り入れできる額を増やすために売り上げを伸ばさなきゃいけないという、よくない流れにもなりました。最初の2年間は本当にキツかったですね」
■販促に力を入れ直し店舗の売り上げが2倍に
2021年には、居抜きのままスタートした店舗を全面リニューアル。ところが、店舗の売り上げを伸ばすどころか半減する事態となった。
「リニューアルに合わせて、いわゆる街のケーキ屋さんの商品からカップケーキにすべて変えたんですよ。店舗を改装して再スタートを切ったのに、売り上げがガクンと下がってしまいました」
原因を問うと「自分の熱量が店舗に乗らなかったせいかな」と小澤さん。このころにはコンサル事業とOEM事業で年商4500万円を達成していたため、店舗には力を入れなくてもいいだろうと考えていた。その結果、店舗と商品のリニューアルについては業者に丸投げ状態。店舗の売り上げが下がっても、立て直そうという気持ちにならなかったという。
転機が訪れたのは2022年。スイーツスタンダードのさらなる成長を求め、小澤さんは自分の弱点であるセールスマーケティングのコンサルを受けることにした。担当者から「せっかくお店があるんだから、ちゃんと運営しましょうよ」とアドバイスされ、もう一度力を入れ直すことにした。
まずは商品をカップケーキから今までのケーキや焼き菓子に戻し、小澤さんが不在でも営業できるようにパティシエを採用した。さらにお客さんに来店してもらう機会を増やすため、プレゼント企画や新商品のお披露目会など毎月1回以上のペースでイベントを開催。
白砂糖と添加物を使用していない点のアピールや、LINE登録の促進、Instagramの投稿など「ほかのパティスリーが当たり前のようにおこなっている活動」を自店舗でも取り組んだ結果、半減した売り上げを戻しつつ、2023年には前年比2倍の1200万円に伸ばした。2025年度は2300万円で着地見込みだという。
「リピーターも増え、店舗の売り上げが増えてキャッシュフローもよくなっていきました。資金に余裕が生まれたおかげで、新たな投資をしながら事業拡大路線に移行できるようになりましたね」

■「つくって終わり」ではない
小澤さんはコンサルで素材の課題や販路の悩みを聞き出し、必要であればOEMで商品の製造を引き受けるという臨機応変なスタイルをとっている。
とくに地域の案件に関しては「最初から“つくって終わり”ではなく、“どうすれば売れるか”までを考えています。地域に雇用を生むというゴールに向けてお手伝いするのがうちのスタンス」というように、“伴走型OEM”が紹介で広がっている。
「社長ひとりや家族で経営しているような小規模なメーカーからのご相談が多いですね。最近は『ここの会社が困っているから手伝ってあげてくれないか』と、うちを紹介してくれるパターンがすごく増えてます」
現在では、お菓子のサブスクリプションサービスを提供するメーカーを筆頭に、大手製菓メーカーからも商品開発の依頼を受けるようになり、コンサル事業とOEM事業の売り上げは着実に伸びている。
コンサルで課題解決に向けた商品設計をおこない、OEMで量産に対応する――開発から製造まで“丸ごと任せられる”体制が、スイーツスタンダードの強みとなっているという。添加物や白砂糖をできるだけ使わない製菓理論に基づいた商品づくりが可能な点や、固定観念にとらわれない自由な発想の商品開発、少量多品種の製造体制も評価されていると小澤さんは考えている。
地域と関わる機会も増加。デザインやマーケティングの専門家とチームを組み、長野県小布施町の「小布施栗モンブラン」や宮城県気仙沼市の「さんまパイ」など、地域の素材を生かしたスイーツをトータルプロデュースしてきた。
素材はあっても加工技術や販路がない地域は多い。その機能を“丸ごと貸し出す”独自のビジネスモデルは、「素材をもつ地方企業」×「企画と製造の伴走」×「販路拡大の支援」の3点セットで、地方発のスイーツビジネスを支えている。
■「厨房の奥」からスイーツを変える
スイーツを通して地域の魅力を伝え、地域が抱えるさまざまな課題を解決したい。地域経済にインパクトを生みたいというのが、小澤さんがスイーツスタンダードを立ち上げたときの思いだ。
「たとえば最初にお手伝いした四万十ドラマさんでは、商品の大ヒットで原料の収穫が追いつかなくなり、今では会社で畑を借り上げて栗や芋を栽培しています。地域に雇用も生まれ、当初から思い描いていた“地域経済にインパクトをもたらすスイーツビジネス”を実現できました」
スイーツスタンダードが目指していたのは、“街のケーキ屋さん”ではなかった。地方に埋もれた素材を商品に変え、経済に変え、人の雇用に変えることだ。
「商品の付加価値を生み出せたら。『こんなOEM先があったらいいよね』という声に応えられるファクトリーにしていきたいです」
小さなパティスリーの奥では、今日も変わらず甘い香りが立ちのぼっている。

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山本 ヨウコ(やまもと・ようこ)
フリーライター
1978年生まれ、千葉県在住。人材業界での勤務を経て、2016年から地域情報誌の編集・ライターとして活動。2020年に独立。現在は生き方や働き方、キャリアに関するインタビュー記事を中心に、Webや雑誌、書籍、企業のオンドメディアなどで幅広く執筆中。誰かの行動のきっかけになるような記事を生み出すため、日々取材をおこなっている。
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(フリーライター 山本 ヨウコ)
